第二十三話 絶体絶命――ジョーカー/カオス

「何とか、なったか……」


 人界軍を大方昏倒させたところで、俺は大きく息を吐いた。

 ただでさえダメージの癒えていない体で、軍隊相手に一人で戦ったのだ。いくらタフネスが売りの俺とて、ちょっと今回は無茶しすぎたか……。

 まあでも、もう戦闘は終わりだ。こいつらが目を覚ます頃には、魔族たちもここから上手く撤退できているだろう。

 とはいえ、守り切れなかった魔族も多くいる。むしろ、生き残った魔族より死んでいった魔族の方が多いだろう。

 そのことを考えると、胸が痛む。

 そんなふうに思っていたとき。


「そんな状態で、これだけの数の敵を相手に戦うとはね。しかも、殺すのではなく、昏倒させるとは。

 普通に殺していれば、君がそこまで消耗することはなかったんじゃないかなあ?

 その甘さは復讐にとって不要なものだろうに」


――あまりにも耳障りな。

 俺が最も憎む男の声が聞こえた。

 俺はその声の方を睨み、告げる。


「甘いとかそういう話じゃねえ。こいつらは全員、お前の被害者だ。お前が裏で糸を引いて、対立構造をつくっているだけ。

 ならば、同じくお前の被害者である俺がこいつらを殺すのは筋違いだ。俺が、お前の世界の住人を殺さない理由は、それ以外にない」


「そうかい。まあでも、その下らない矜持が、今の君の体たらくを生んでいるわけだ。

 僕との戦いのダメージを回復しきれないまま、こんな無謀な戦闘に縛りプレイで臨んで……結果、そこを僕に見つかり、絶体絶命になっている。今の気分、どんなだい?」


 軽い調子で、カオスは尋ねる。

 下らない。そんな質問、答えなんて決まっている――ッ!


「言うまでもない。お前を見ているときは、いつも最低な気分だよ」


「そうかい。なら……それが最後の言葉ってことでいいのかな?」


「言ってろ……ッ!」


 そう返し、俺はカオスに飛び掛かった。

 戦う力など残っていない。

 けれども。こいつをみてしまったのなら、もう選択肢はない。

 俺は、こいつを殺す為だけに生きているのだから。


「じゃあ、さよなら、ジョーカー」


 全霊を懸けて迫る俺に対して、カオスは余裕な態度を崩さなかった。

 いつもの如くゆるりと構えて、回避も防御も不可能な大魔術を、ポンポン射出してきやがる。

 必死の思いでこちらも魔術を放つが、しかしそれでも追い付かず、相殺しきれなかったカオスの魔術が俺の身体を叩く。

 いつも以上に一方的な戦いはそのまま続き、そして――



◇◇◇



 戦闘開始から、はや数分。


「はあ、はあ……」


 今にも絶えそうになる生を必死に繋ぎ止めながら、ジョーカーがこちらを睨んでいた。

 この状態ならすぐに殺せると高を括っていたが……ボロボロの癖に、よくここまで僕の猛攻に耐え切ったものだ。

 だけど、これ以上は無理だろう。まったく、本当にしぶとい男だったが……それでも、僕を殺すには至らない。

 何故こんな事を思うのかわからないが――僕は、残念でならなかった。


「いやはや。まさかあんな絶体絶命の状態からここまで持ち堪えるとはね。やっぱり君は面白いよ。まあでも、これで詰みだ。次の一撃で、君は死に絶える」


「黙れ……ッ! 俺は死なねえよ……カオス、お前を殺すまではな」


「うんうん、それでこそ君だ。本当に最期まで……僕を楽しませてくれてありがとうね」


 心から礼を言って、僕はジョーカーにとどめの一撃を飛ばした。

 ジョーカーはそれを避けたが、構わない。

 この攻撃の真価は、技そのものではなく、その余波にある。

 地面に着弾した魔術は、周囲を巻き込み大爆発を起こした。


「今度こそ終わったか。ジョーカー、君との戦いあそびは、本当に楽しかったよ。最期は呆気なかったけど、まあ、人生そんなもんさ……ん?」


 そこには、何もなかった。

 たしかに普通の相手なら肉片も残らないような威力の攻撃をしたけど……あのとにかく頑丈な男のことだ。死体くらいは残っていなければおかしい。

 なのに、肉片もなければ、骨の一本すら見当たらない。

 一体何が……?

 そう思い、僕は注意深く周囲を観察する。

 すると、見えた。

 ジョーカーがいた場所に刻まれている、魔族式の魔法陣が。


「ああ、そういえば。あったなこんなものが」


 魔族側が秘密裏に人界側に刻んでおいた、空間転移用の魔法陣。

 戦っている間に、僕とジョーカーはこんなところまで来てしまっていたのか。

 だとするなら、この魔法陣が繋がっている先は――


「なるほど、なるほど。これは面白いことになりそうだ」


 もちろん、僕の腕なら、この魔法陣を逆に辿り、ジョーカーにとどめを刺しに行くことも可能だろうが……

 この展開はこの展開で面白い。ここは、あえて見逃してやるとしよう。

 そう思い、僕は踵を返した。



◇◇◇



「ここは……?」


 微睡みから覚め、辺りを見回すと、そこは室内だった。大量の本があるところを見ると、おそらく書庫か何かだろう。

 しかし、ただの書庫ではない。この独特の魔力の流れは、十中八九、魔術工房だ。そして、その主は……


「目……覚めた?」


 そうやってこちらに話しかけてくる、魔族の少女だろう。


「ああ。状況から察するに、助けてくれたのか?」


 そう聞くと、少女はこくりと頷いた。


「しかし、あの状況からどうやって……ああ、そうか。人界攻略の為、空間転移の魔方陣を人界側に設置してあったんだな。

 俺はカオスと戦いながら、偶然そこに辿り着いた。故に魔方陣が発動して俺は転移させられた。そんなところか?」


 少女はまたも無言で頷く。

 うん、何というか……無口な少女だ。必要以上に言葉を発さない。

 それに、表情も全然変わらない。どこかボーッとしたような表情だ。

 いや違うか。この表情はどちらかというと――

 まあ、そこは問うまい。今はまず、自己紹介と、助けてくれた礼を言うのが先だ。


「俺はジョーカーと言う。お前の名は?」


「……ショコ」


「そうか。ショコ、助けてくれてありがとうな。

 それと、重ねて悪いんだが、俺はしばらく回復に努めたい。しばらくここに置いてくれないか?」


 すると、ショコの無表情が、一瞬曇ったような気がした。


「……嘘。回復も何も、その体じゃ、もう……」


「お前……気付いたのか……」


 そこで、俺もショコも口を噤んでしまった。

 まあ、たしかに、俺の今の状態を知ったら、そりゃあ誰だって黙るか。

 こんな時、俺は何と言えばいいのだろう。

 そんな風に考えても言葉は出てこず、暫しの間書庫の中は静寂に包まれる。

 しかし、意外にもその沈黙を破ったのはショコだった。


「その……教えてほしい。ジョーカーが戦っていたあの巨大な魔力反応……それに、ジョーカー自身のことも……」


 ふむ。無表情ながらも、こいつの感情が読めるようになってきたぞ。

 今のは、意を決して尋ねた、といった風だ。直前まで、訊くのを躊躇っていたことも見て取れる。

 なら、ここで答えないのは酷だろう。


「……わかった。助けてもらった礼だ。お前には、包み隠さず話そう。それに、お前に隠し事は無理そうだしな」


 そう言って、俺は話す。自分のこと、そして、我が宿敵カオスのことを。

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