第十八話 ローズの策略――アレス
今日は、人界王との謁見のアポをとってある。
あれからというもの、俺は鍛錬や人助けの合間に、魔族――ひいては魔王打倒の為の策を色々と考えた。
その中で一つ良い案を思いついたので、王にそれを進言しようと思い、作中に記述のないフリーの日である今日、王との謁見を行う事にしたのだ。
あと、いつもは忙しくてなかなか屋敷に帰れないが、今日は久しぶりに帰る。なので、帰りに隣の、リーネの屋敷に寄ろうと思っているのだ。
あの告白以降、リーネとは全然会っていない。見かけたらきっぱり振ろうと思っていたのだが、なかなかその機会がなかったのだ。
お互い上流貴族な事もあって、今までは見かける機会は多かったのだが……何故こういう大事な話がある時に限って会えないのだろう。
もしかしたら、俺を避けているのかもしれない。理由は二つ考えられる。
一つ目は、俺の不甲斐ない返答に呆れかえり、俺を嫌うようになってしまった可能性だ。
まあ、これは妥当だろう。あの時の俺は、自分で思い出してもちょっとどうかと思うしな。
もう一つは、大胆な告白をしてしまったため、俺と会うのが気まずくなってしまった可能性。
物語の描写とは違い、何故かこちらのリーネは恥ずかしがり屋なので、十分あり得る話だ。
前者であれば、こちらとしても気が楽だ。悪役令嬢であるリーネが俺を諦めてくれれば、ローズとの恋愛も非常にやりやすい。
しかし、後者であった場合、かなり心苦しいものがある。ここまで返事を待ってもらった挙句、結局振るなど、かなり最低な行為である。
故に、これ以上返事を先延ばしにする事は出来ない。だから、この謁見が終わったら、リーネに会いに行くのだ。
そんな風に考えている間に、玉座のある広間に着いた。
「何用だ? アレス」
王の、威厳のある声が響く。
「実は、折り入って大切な話がありまして。それと、その前に人払いをお願いします」
「相わかった。皆の者、すまぬが下がっていてほしい」
王の言葉を受け、広間は俺と王の二人きりとなった。
それを確認し、俺は単刀直入に話を切り出す。
「魔族の和平勧告を、受け入れましょう」
「どういう事だ? そなたは罠の可能性を指摘していたが……」
「はい。その疑念は今も変わっていません。ですが、何も黙殺するだけが罠への対処ではありません」
「と、いうと?」
「奴らの罠を利用して、奴らを罠に嵌めるのです」
俺は、魔族打倒の為の策を話す。
「和平締結の為、魔王は使節を派遣して来るでしょう。おそらく、奴らの狙いはそこにある。
人界の内部で暴れる為か、あるいはスパイを紛れ込ませる為か……
いずれにせよその使節は、作戦遂行能力の高い魔族で構成されている、もしくは、そういった魔族が紛れ込んでいると見るべきだ。
ならば、それを叩く事で、魔族側の戦力を削る事が出来る筈です。具体的には、使節の進路に兵を配置し、奇襲させるのです」
「なるほど……。だが、その策、上手くいくかどうか……」
「勝算はあります。俺自ら指揮をとりましょう」
そう。勝算は、ある。
魔族側が用意しているはずの切り札。あれの場所を、ホーリーブレイヴの作中の描写から割り出せば、確実に魔族軍の裏をかけるはずだ。
「人界最強の、そなた自ら出るか」
「はい。一般兵では手に負えない魔族は、俺が直接叩きます」
「……そなたの提案、そして覚悟、確と受け取った。
しかし、これは重大な問題。余一人の独断では決められぬ。重役と話し合う必要がある故、暫し時間がいる。
返答は後日で良いだろうか」
「もちろん、それで構いません」
こうして、その日の謁見は終わった。
どうなるか分からないが、もし駄目ならまた別の策を考えるまで。
さて、それじゃあリーネの屋敷に行こうか。
そう思い、王宮を出ようとした時だった。
出口付近で
「アレス様と最近仲良くしている、ローズとかいう村娘がいるでしょう? 彼女、リーネ様に嫌がらせを受けているらしいですよ」
「あ~、リーネ様は、アレス様にご執心ですものねえ。しかし、たかが村娘一人に嫉妬とは、あまりに大人げない」
思考が、空白になった。
リーネが、ローズに嫌がらせをしている?
それが本当だとしたら――
「その話、詳しく聞かせてもらえるか!」
俺は焦り、彼等に尋ねる。
彼らは話に夢中で、俺が近くにいた事に気付いていなかったようだ。俺を見て一瞬で青い顔になり、しどろもどろに話し始める。
「ア、アレス様……! これはですね……」
「もういい!」
埒が明かないと思った俺は、王宮を飛び出した。
俺が甘かった。
この世界のリーネは、物語の彼女とは別物だ。展開が違うからそういう事もあるのだろうと思い、そう信じかけていたのに。
その結果がこれだ。やはりリーネは作中と同じく、腐った性根を持っていた。
俺は、自分の甘さを後悔しながら、ローズの元へと走る。
王都は建物が多いため、遮蔽物が多く、遠見の魔術も意味をなさない。その事にもどかしさを覚えながら。
走って、走って、走って、走って……。
そして、ようやく見た光景は――
「まさか、本当に……」
リーネの護衛騎士であるシフォンが、ローズに対して声を荒げている姿だった。
こちらに気付いたのか、シフォンが何かを言おうとしたが、
「アレス様、違うんです、これは……「アレス様!」
それを遮るようににローズが駆け寄って、俺に抱きついて来た。
こちらも思わず抱き留めて、そこで気付いた。ローズの身体は震えていたのだ。これは、よっぽどのことだ。やはりローズは、何かされたのだろう。
いや、何か、ではない。ホーリーブレイヴの物語を思い出せ。
「ローズ、一体何があった?」
「黙っていてごめんなさい。ワタシ、ここ最近、嫌がらせを受けていて……」
その声に、ガツンと頭を殴られた気になった。
物語の筋書きを知っていた俺なら、救えたはずだ。ローズに、こんな思いをさせなくて済んだはずだ。
それなのに、中途半端な気持ちでリーネを信じてしまった。これは、あまりにも罪深い。
「その女の言っていることは嘘です! 私はただ……っ!」
弁明しようとしたシフォンを睨み、黙らせる。
「……ここは往来だ。一先ず屋敷で話そう。リーネも交えてな」
努めて冷静に、俺はシフォンに言った。だが、胸の内にある自身への怒りは漏れ出てしまっていたかもしれない。
ともかく、後悔している場合ではない。今は、事態の解決に努めるのみ。
そう思い、俺はローズとシフォンを連れて、屋敷へと歩を進めた。
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