第十六話 復讐の拳――ジョーカー/カオス
世界が壊れる瞬間を、見た事があるか。
俺はある。その光景は、本当に酷いものだった。
死しか存在しない――否、死さえも混沌に融けて消えていく。そんな、地獄すら霞む光景の中心に、
ただ、嬉しそうに笑う男がいた。
世界を創り、世界を壊す。そこに愉しみを覚える、神よりも傲慢で、悪魔よりも残酷で、人間よりも不合理な存在。彼は、自らをこう名乗った。
混沌の申し子――カオス、と。
本当に、おぞましい。
あの光景を思い出す度、俺の頭も、体も、心も、魂も、全てが憎悪一色で染まる。
俺の生まれた世界は、カオスによって壊された。
比喩ではなく本当に、世界そのものが崩壊したのである。
天地開闢以前に逆行するように、全ての存在が無――否、混沌に帰した。
生き残ったのは俺だけだった。生まれ故郷を世界ごと失った俺は、ただ時空を揺蕩い、数多の異世界を巡る。
その目的はただ一つ。カオスに――復讐する事だ。
カオスは、自ら世界を創り、壊す事を繰り返している。
カオスへの復讐を遂げる為に、俺は奴の創り出した世界に何度も介入した。
しかし、カオスはあまりにも強く、倒せなかった。最初の内はカオスと接触する事すら難しく、カオスによる世界の崩壊を、止めることが出来なかった。
その度に、俺は世界の崩壊を目の当たりにさせられたのだ。
何度も、何度も、何度も何度も何度も……ッ!
その度に、俺のカオスに対する憎悪は膨れあがっていった。
そして今、俺はカオスを目の前に、激昂していた。
「カァァァオォォォォォスゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!」
怒りに任せ、俺は数多の魔術をカオスに向けて放つ。
しかし、無駄。
カオスも複数の魔術を同時に操り、俺の魔術を相殺したのだ。
「ははっ! いいねぇ……その殺気、その怒り!
そいつはすべて、僕が受け止めてあげよう!」
「……ッ!! 言ってろ……ッ!!!」
自分で言うのもなんだが、俺の魔術はあらゆる異世界の中でも最高峰に位置する類のものだ。
それを相殺しながらも、こいつは気持ちの悪い笑みを全く崩さない。
その、余裕振った態度が気にくわない。いや、余裕振っているのではなく、事実、余裕なのだろう。
こいつは、世界を幾つも創造できるような規格外の存在。
そんな奴相手に、普通の魔術戦を挑んだところで、勝ち目などあるはずもない。だからと言って、諦めるつもりなど毛頭ないが。
普通に戦って勝てないなら、普通に戦わなければいい。全力の攻撃が通らないのならば、全力以上の攻撃を通すまでだ。
「そうら、今度はこっちの番だよ!」
そう言って、カオスはこちらに凄まじい量と質の魔術を放ってくる。
ならば、こちらも魔術を放って相殺するのが最も賢明だ。
しかし、俺はそうしなかった。
「な……っ!」
カオスが驚いた声をあげる。
当然だろう。
俺はカオスの魔術を、相殺はおろか、防御することも、回避することも、どころか、後ろに下がることすらしなかったのだから。
俺はただ、前へ出た。最高峰の魔術の嵐。その中に、自ら飛び込んだのだ。
「く……っ!」
その苦痛は凄まじかった。
最大限の治癒魔術を自身にかける事により何とか死を免れているものの、カオスの魔術を真っ向から受けるのは流石に堪える。
何せ、刹那の内に、幾度も肉体の破壊と再生を繰り返しているのだ。
しかしだからと言って、ここで立ち止まってしまったらそれこそ意味がない。
それに、この程度の苦痛、世界を丸ごと潰された時の心の痛みに比べれば、何てことはない。
この凄まじい苦痛すら
そのまま俺は詠唱し、最大限に高めた魔力を右拳に集約する。
「是は燃え盛る焔。或いは吹き荒ぶ憤怒の嵐」
並の相手に使えば
この技はただ、カオスを殺す為にのみ磨き上げた一撃。それ以外の用途などない。
故に、この技の名は――
「我が怒りを知れ、
カオスの懐に潜り込んで、渾身の一撃を叩きこむ。
「ガ、は……ッ!」
その衝撃で、カオスは地平線の彼方まで吹っ飛んだ。
「はぁ、はぁ……」
俺は、息を整えながら、カオスの飛んでいった方向を睨む。
しかし、今の手ごたえからして、あいつは死んでいない。
奴の治癒魔術では対処しきれない量の蓄積ダメージを与えるには、これでも足りなかったようだ。
やはり、刹那の内に、無限に等しい回数、破壊と再生を繰り返させるレベルのダメージ量でなければ殺しきれないか。
本当は飛ばされたカオスの元へ走り、さらに追撃を加えたいところだ。
しかし、これほどのダメージを負い、さらに魔力も使い果たしている現状で、それは困難だ。
それに、
無念極まるが、ここは一時撤退して、回復に努める他ないだろう。しかし――
「ああくそ、無茶しすぎちまったか……」
正直、今回俺の身体に残った蓄積ダメージは、あまりに多すぎる。やはりあいつの攻撃に真正面から突っ込むのは自殺行為だったか。
それに、これまで時空を渡り歩いてきた事による体への負担も、かなり蓄積してきている。
「今回ばかりは、やばいかもしれねーな」
もしかしたら、次はないかもしれない。
ならば、何としてでもこの世界で
◇◇◇
撤退していくジョーカーを遠目に見ながら、僕は起き上がった。
「は、はは……流石だよ、ジョーカー。これほどまでのダメージを、この僕に叩きこむとは。
まあでも、そちらも相当な無理をしたようだ。今回は痛み分け、というところかな」
お互い、回復には時間がかかる。この戦いの決着は、次に会う時までとっておこう。
それにしても――
ジョーカーは、会う度に強くなっている。これからもどんどん強くなってくると思うと、再び戦うのが今から待ち遠しい。
思わず口元が歪む。
僕を殺したくてたまらない一人の復讐鬼。
ジョーカーが次はどうやって僕を殺しに来るのか、心底楽しみだ。
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