第十二話 告白――アレス
今日は、運命の日。
ホーリーブレイヴの物語において、アレスとローズが出会う日だ。
アレスがいつものように、屋敷の庭で剣術の鍛錬をしていると、近隣の村が龍に襲われているという知らせが入ってくる。
それを聞くや否や、アレスは飛び出し、全速力でそこに向かい――
向かった先で、龍に襲われているヒロインのローズを、ギリギリのところで助ける。そういう
俺はいつも通り、筋書き通りの行動を行うべく、庭で鍛錬をしていたのだが……
「こ……こんにちは、アレス」
突然、リーネが話し掛けてきた。
何故、ここでリーネが来る? この間の魔族からの和平勧告といい、この世界はホーリーブレイヴの物語から、少しずつずれてきている。一体どうしてだ?
だが、和平勧告に比べれば、ここでリーネが話し掛けてくるのは、大幅な変化ではないような気がする。龍が村を襲う情報が入ってくるまでの間、リーネと話すか鍛錬するかの違いだけだ。
だから大丈夫。普段通りにしていればいい。そう自分に必死に言い聞かせ、動揺を沈めた。
「こんにちは、リーネ」
「その……毎日、鍛錬を続けていて凄いね……。子供の頃からずっとでしょ?
わたしは、何でも長続きがしない方だから、アレスのそういうとこ、すごく憧れてた……」
やはり、物語におけるリーネとはどこか違うな。
単刀直入に物を言う向こうとは違い、この世界でのリーネは、いつも他愛のない世間話から話し始める。
そういう部分は、むしろ作中でのリーネを見習ってほしいものだ。なかなか話が進まなくて、こちらとしては困る。
しかし……本当に、どうしてこの世界は物語から、だんだんと展開がずれていっているのだろう。
俺は、物語からずれた行動などしていないつもりなのだが……本当に、何か嫌な予感がする。
「まあ、剣術の鍛錬は好きな事だしな……。
昨日の自分より、ほんの少しでも成長しているっていう実感だったり、あるいは、理想の自分にだんだん近づいていく感覚があるからかもしれないな。
――いや、違うか。結局は、夢に向かって努力している自分自身が好きなだけなのかもしれない」
努力が報われる事が保証されていればの話だが、と、俺は心の中で付け足した。
いつもならば、作中になかったシーンは、アレスが言いそうな言葉を自分なりに考えて話しているが、今回に限っては、少し俺自身の思いが入ってしまったかもしれない。
鍛錬が好きだというのは、作中でのアレスの思いであると同時に、俺の本音でもある。
やはり根本の部分で、俺は目標に向けて努力したり、何かに打ち込んだりするのが基本的に好きだ。
前世で努力が報われなかった記憶がある故に、努力というものに対して複雑な思いがあるのは事実だし、努力というものを過度に神聖視するスポ根精神なども、当然今は持ち合わせていない。
けれど、頑張る事に喜びを見出す気持ち自体は、まだ何処かに残っていたのだろう。
故に、物語の通りに歩んで行けば報われると確定しているこの世界に来てから、その気持ちが再燃したのかもしれない。
ただ、正直、その保証も最近では崩れ始めている。
この世界が物語から外れてきている以上、もしかしたら俺にも何らかのしわ寄せがくるのではないかと心配になる。
今はまだ、俺の人生を揺るがすような変化は起きていないからいいが……。
そんな不安によって、尚更俺は、アレスとしての役割を演じる事に躍起になっていた。
「アレス……その、伝えたい事が、あるの……」
リーネが言った。
やはり変だ。いつも以上に違和感がある。
「な、なんだ……?」
「わたし、アレスの事が……」
「アレス様、大変です! 近隣の村に、龍が現れました!」
屋敷の窓から、使用人がこちらに向けて告げた。
そうだ。これからローズを助けにいかなくてはならないのだ。
「何やら緊急事態のようだ。すまないが今日はこれで……」
俺はそう告げて、この場を去ろうと、リーネに背を向けた。
しかし、その歩みはピタリと止められる。
「いかない、で……」
俺の服の裾を、リーネが弱弱しくつまんでいた。
一体、どう言う事だ。
俺は引き留められているのか?
いや、そもそもこの状況。これはまさか――
知識としては知っている。だが、経験した事は、前世でも現世でも、一度としてなかったもの。
「おねがい、だから……いかないで……っ!」
「リーネ、何を……」
あまりの動揺で声が出せない中、なんとか言葉を絞り出す。
しかし、次のリーネの発言によって、俺は完全に言葉を失った。
「すき……なの。アレス、あなたの事が」
時間が、止まった。
告白。
リーネは、真正面から俺に告白してきたのだ。
わかっている。リーネが裏ではどんな人間かという事は知っている筈なのに、それでも、この告白にドキドキしてしまっている自分がいた。
このまま、告白を受けてしまってもいいのではないか。そんな誘惑が、俺を襲う。
作中でリーネが本性を現すのは、あくまでアレスとローズの仲が急接近し、それに嫉妬するからだ。
つまり、俺がローズと結ばれなかった場合、リーネは本性を出さず、このままの性格でいるかもしれない。
いや、ありえない。俺には、確実に幸せになれる道があるのだ。
わざわざそこから外れ、どうなるか分からない将来に向けて歩むなど、愚の骨頂。ここはちゃんと断って……
……っ! まずい!
作中で、アレスがローズを助けたのはギリギリのタイミングだった。
今、逡巡して時間をロスしてしまったら、ローズは……
「ご、ごめん。俺、行かないと!」
俺は焦ってリーネの手を振り払ってしまった。
もっとも中途半端な選択をしてしまったと、自覚する余裕すらないまま――
俺は、焦燥に駆られて走り出したのだった。
そして――
◇◇◇
間に合え、間に合ってくれ……ッ!
俺は全速力で村へと急ぐ。
ある程度村が近くなってきたので、俺は走りながら遠見の魔術を発動した。これで少しは、村の様子がわかるはずだ。
そこには、既に龍に襲われそうになっているローズが映っている。
駄目だ、さすがに間に合わない――ッ!
そう思ったのだが――
しかし、龍の攻撃がローズにあたりそうになる直前、何者かが現れた。彼は――
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