承 それぞれの想い

第十一話 混沌の始まり――カオス

 ああ、混沌カオス混沌カオス混沌カオス……ッ!


 君は、この世界が生まれる前の姿を知っているだろうか。

 多くの神話が語る原初の世界は、混沌であったという。

 それから天と地にわかれて世界ができたとか、あるいは神が7日間で創造したとか、いろんな説があるだろう。それでも、共通することはたった一つ。

 混沌に秩序がもたらされた瞬間、世界は生まれる。


 では、その逆はどうなのだろうか。

 世界が極限まで混沌となれば、世界が生まれる前の、原初の海へと戻る――つまり、世界そのものが崩壊するのではないか?

 そして事実、その通りになった事例を、僕はいくつも見てきた。というか、僕がそうなるように仕向けてきた。


 最初は偶然の産物だった。いろいろあって、僕の住んでいた世界は混沌へと還り、崩壊したのである。

 僕はそれに魅入られた。世界が崩壊し、世界以前の混沌へと戻っていく様に。

 故に、僕はそれを再現することにした。

 いろんなシチュエーションで世界を創り、いろんなやり方でその世界を混沌とさせる。そして、世界が崩壊する様を楽しむのだ。


 世界というのは星の数以上に存在する。故に、当然それを生み出した神も、数多く存在している。

 だが、そんな神々と比べてさえも、僕以上に多くの世界を創り出した者は存在しないだろう。

 もちろん、僕以上に世界を壊してきた者も存在しないのだが。


 まあ、そんなわけで、僕は世界を創り続け、そして壊し続けてきた。

 さて、次はどんな世界を創ろうか。そしてどんなふうに壊そうか。

 そんな事を考えながら、僕はとある世界の、日本という国を観光していた。

 今来ているこの世界は、なかなか面白い。何せ、さまざまな異世界が寄り集まってできているのだ。


 世界というのは、一つの神話体系によって創られている。しかし、この世界は無数の神話体系に彩られていた。

 セム系一神教、ヒンドゥー教、ゾロアスター教、ギリシャ神話、北欧神話……とにかく、数多く存在する。

 特に、仏教と神道。神をも超える力を持つこの僕から見ても、この二つの信仰が形作る世界観は、未知数である。


 ともかく、いかなる天変地異が起こったのかはわからないが、ここでは複数の異世界の境界が繋がり、地続きの世界となった。

 しかもそんな特異な現象が、数多ある宇宙の中の一つ。

 さらにその中の地球という小さな天体のみで起こっているのだから、本当に如何なる因果にてこんな奇跡が起こったのかと言わざるを得ない。


 その中でも最も神秘に満ち溢れる地、日本。如何にこの僕と言えど、さすがにここで大きな動きはとりづらい。まあでも、数人の魂の転生先を変える程度ならばできるはずだ。


 そんなことを思いながら、ふと目に付いた本を手に取ってみた。

 何となくその本――『ホーリーブレイヴ』を読んでみる。そして、読んでいる内に、ふと面白いことを思いついた。

 この本を模倣して、また新たな世界を創造しよう。そして、この本を知っている人間と、知らない人間をそれぞれ数人ずつ、その世界に転生させるのだ。


 そうだな。知っている人間を三人、知らない人間を二人くらいが丁度良いか。

 それ以上転生者を送り込むと、最初から物語が別物に変わってしまい、いつ物語が崩れるのかというワクワク感がなくなってしまう。

 役回りはそうだな。物語を知る者を勇者アレス、知らない者を魔王シュヴァルツに転生させようか。その二人を起点に、世界に混沌をもたらそう。

 他の三人の役回りは転生者の性格に応じて――いや、反して決めるとして……ああ、ワクワクしてきた。

 さあ、新世界の創造、そして破壊をはじめよう――!


 そして、僕は転生させる人間の選定を始めた。

 まず目をつけたのは、理想を抱く男だった。

 こういう純粋な理想を抱く輩は、その潔癖な人格故に、きっかけがあれば反転し、大きな災厄を撒き散らす者と化す。

 こいつを魔王シュヴァルツとして転生させれば、必ずや世界を混沌へと変える契機となるだろう。


 次のターゲットは、努力が報われず、芯が折れてしまった男。

 努力が報われないことを極端に恐れている彼は、確実に幸せになれると確定している道があるのなら、そこから一歩でもズレた行動をせず、ただひたすらに固執するだろう。

 その執着故に、その道が崩れた瞬間、彼という人間も壊れる。

 既に消え去った道を探して、まるで逆方向へと邁進する――破滅への道へ、自ら足を踏み入れることとなるだろう。


 さて、あとは勇者アレスを惑わす役として、ヒロインのローズと悪役令嬢のリーネだ。

 まず、ローズ役として選んだ女だが、この女は一言で言って計り知れない。

 先程も言った通り、僕は神をも超える存在だ。にも関わらず、彼女には何度か恐怖を覚えた。

 神をも超える力を持つ僕が、あろうことかビビらされ、思わず後退ってしまったのだ。

 超越存在たるこの僕を、まるでゴミ屑か何かのように眺める、あの見下した視線。あれを思い出すだけでゾクゾクする。

 彼女はあくまでただの人間。一般人の中でも、どちらかといえば非力な部類だろう。

 にも関わらず僕は恐怖心を抱いてしまった。彼女は、本当に特殊だと言っていいだろう。


 そして、リーネ役としては、アレスに疑心を抱かせるため、物語の中のリーネとは正反対の、煮え切らない性格の女を選んだ。

 四人だときりが悪いし、近くにいた、彼女の友人であろう女性もついでに転生させようとしたのだが……そこに、一人の男が割り込んできた。

 なんとそいつは、僕に一撃を叩き込んだのである。油断していたとはいえ、この僕を殴り飛ばすなんて、実に素晴らしい。

 殴られた感覚は、とても心地よかった。

 こんな意外な相手が僕という超越存在に、拳を叩き込むなんて最高だ。まさに、その時の僕の気持ちは絶頂と言っていいだろう。

 普通の人間である癖に、否、違う。この男の強さは、むしろ普通の人間であるからこそ映える類のものだ。

 ならば、彼はただの村人として転生させよう。本来モブキャラである彼が、如何に展開を掻き乱してくれるものか、楽しみで仕方がない。


 まあ、こんなわけで、僕は舞台と人員を、思うがままに整えた。

 今のところ、大きな変化はないが、しかし、このすぐ後、勇者アレスがヒロインのローズを救うシーンがある。

 間違いなく、これから物語がガラッと変わるだろう。つまり――

 ここが、混沌へと至る起点だ。

 さあ、僕に見せてくれ。この世界が、どんな風に壊れていくのか――!

 そう、僕の心が昂っていた時だった。


 ぐにゃり、と。一瞬だけ、この世界の空間が歪曲した。

 僕じゃないと気付かないくらいの、小さな変化。

 だが、明確にわかる。誰かが、空間に穴をあけ、異世界からこの世界に侵入した。

 そして、それが誰かも、僕には手に取るようにわかる。

 だって、彼とは長い付き合いなのだから。こんな言い方をすると、彼は怒るだろうけど。

 何せ、僕は彼にとって、復讐の対象でしかない。

 それでも、これだけは言わせてもらおう。

 ああ――本当に君はいつも、素晴らしいタイミングで現れてくれる……っ!

 僕に迫る力を持ち、常に僕の最大の障壁となる男。鬼になりきれない復讐鬼。

 うんうん、来ると思っていたよ……ジョーカ――――ッ!

 さあ、今度こそ君は……僕を殺すことができるかな?


 斯くして盤上には、すべての駒が揃った。

 土台となる物語は既に崩壊し、今、世界は混沌へと動き出す。

 さあ、さあ、さあ! 此より始まるは、あまりにカオスな群像劇。

 未来は破滅か、絶望か。

 すべてが僕の手のひらの上。そんなものはつまらない。

 各々、僕の予想など遙かに飛び越え、最ッッッ高の混沌カオスを僕に見せてくれッッッッッ!

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