第十話 ある日の夕方にて――ムラジ

 ある日の夕方、歩いていると、少し離れた場所に人集ひとだかりができていた。そして、そこからは心底愉快そうな声が聞こえてくる。

 美声な癖にどこか馬鹿みたいに聞こえるこの笑い声は……十中八九、ローズだろう。

 そういえば、今度会ったら俺からも何かしら言っておくと、ローズの母さんと約束してたっけ。なら、ここは少し話しかけていくか。

 そう思い、俺は人集りの方に足を進めた。


「あははは……ふぅ。ホントにお腹がよじれるかと思ったわ。

 さて、遅くなってきたし、そろそろ帰ろうかしら。それと、明日は集まるのは無しにしましょう」


「わかりました」


 会話が終わったようだったので、俺はローズに話し掛ける。


「よぉ、ローズ」


 そう言うと、先に返答したのはローズではなく、その取り巻きの一人、カインズだった。


「ムラジ、ローズ様のことを呼び捨てとは何事だ! ローズ様の幼馴染だからって、調子に乗っているんじゃないぞ!」


 ローズの取り巻きの男連中は、基本的にローズのことを妄信している。その中でも、この男は別格だ。

 しかも、何故か俺と会う度、やたらと突っ掛かってくる。俺、何かこいつに悪いことした覚えはないのだが……

 まあでも、ローズの内面を知らず、偶像アイドルかの如くチヤホヤしているこいつらには、同情を禁じ得ない。

 将来、自分達がローズにただ利用されているだけだったと知れば、相当ショックを受けてしまうだろう。

 そうなる前にいっそ真実を告げておくべきか。


「いや、別に貴族でもないのに、なんで様付けで呼ばなくちゃいけないんだよ。

 大体なぁ、お前らローズにぞっこんみたいだけど、こいつお前らの前では猫被って……」


「ま、まあまあ二人とも、落ち着いて」


 自分の本性がバラされることを恐れたのか、ローズが俺とカインズの間に割り込んでくる。

 結果、カインズは渋々と退き、なし崩し的にそのまま帰ることとなった。

 俺とローズは家が隣同士であるため、必然的に途中から二人きりとなる。

 二人きりになった今がチャンスだと思い、俺はローズに話し掛けた。


「お前の母さん、お前のこと心配してたぞ。たまには親孝行してやれよ」


「ふん、ワタシは将来、勇者アレス様と結婚するのよ。これ以上ないほどの親孝行でしょ」


 確定事項かよ……

 アレスというのは上流貴族でありながら厳しい剣の鍛錬に励み、その力で民を助けてまわっている、まさに聖人君子のような人だ。

 人界の誰もが知っている、超有名人である。まあ、そういう人間に憧れるのはわかるが……

 しかし、何の接点もないアレスと結婚するなんて、さも当然の事のように言われてもなあ……。

 それはあまりに妄想が過ぎているんじゃないだろうか。

 そう思い、俺は溜息を吐いた。


「お前、昔っからそんなこと言ってたよな。ったく、そんな望み薄な夢ばっか語ってないで、もっと堅実にだな……」


「ワタシとアレス様が結ばれる未来は揺るがないわ。これ以上望み薄だなんて言うなら、殺すわよ」


 ローズは、鋭く俺を睨みつけて言った。

 その表情と、震える声で、俺はハッと気付いた。

 将来、勇者アレスと必ず結ばれる。こいつは、本気でそう信じているのだ。

 例え、それが他人から見ればありえないような夢物語だとしても、きっとそれが叶うと本気で信じている。

 それを、俺は咎めてしまった。


――流石に言い過ぎたかな……


 いくら悪意から出た言葉でなかったとはいえ、こいつを傷付けてしまったかもしれない。


「ぅ……悪かったよ。俺はどうにもデリカシーに欠けた発言をしちまう。ごめんな」


「ふふっ」


 俺の謝罪を受け、ローズは笑い声を漏らした。


「わ、笑うなよ。こっちは真剣に謝ってるんだから」


「あははっ、真剣すぎるから笑ってるのよ。ああ、でも別にあなたへの怒りが消えたわけじゃあないから、そこは勘違いしないでほしいわ」


「そういうとこ、ほんとお前らしいな」


 本当に、可愛くない奴である。いや、見た目だけは可愛いのだが。

 しかし、ローズは本当に楽しそうに笑う。

 基本的にローズのことをあまり良く思っていない俺ではあるが、こいつのそういうところは好きだったりする。

 やはり楽しそうな人を見ていると、自分も楽しくなるものだ。


「まあでも、家の手伝いくらい、ちょっとはしてやれよ。明日はあいつらと集まらないんだろう」


「嫌よ。明日は行くところがあるの」


「またいつもの場所か……」


 こいつが一人でいるとき、いつもどこかへ行っていたので、いったいどこに行っているのかと尋ねたところ、教えてもらったスポットだ。

 人通りのあまりない場所で、特に何の変哲もない場所。

 基本的に、ローズは他人を、利用する為の存在としか見ていない。故に、他人に本心を見せず、まるで操るように接することが多いのだ。

 ある種、常に張り詰めたような気持ちでいるのかもしれない。時折大笑いするのも、その反動か……。

 そう考えると、ローズも一人で落ち着いて過ごしたい日があるのだろう。あれは多分、その為の場所なのだ。


「はぁ、人の心って難しいな……」


「アナタみたいな単純なヒトから見れば、そりゃあ複雑でしょうよ」


「く……っ、反論できん」


 本当に自分勝手な女だ。まあでも、長い付き合いで、この毒舌にも正直慣れた。もはや日常と言ってもいいかもしれない。

 日常、か。こんな平穏な日常が送れて、俺は本当に毎日が楽しい。

――ああ、この平和がいつまでも続きますように。


 俺は、そんなふうに思ったのだった。

 その翌日、平穏が音を立てて崩れるなんてことは知らずに――

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