第九話 転生――ムラジ

――はぁ、今日も災難だった……


 溜息を吐きながら、俺は夕暮れの道を歩く。

 巻き込まれ体質、とでも言うのだろうか。俺はとにかく、トラブルに巻き込まれやすい。

 今日も何件かのトラブルに巻き込まれ、こうして疲れ果てているところだ。

 しかし、長年トラブルに巻き込まれ続けてきた事により研ぎ澄まされた俺の勘が、「今日はもう一つ大きなトラブルに巻き込まれるぞ」と告げている。

 その勘が当たらないように念じながら、俺はいつもと同じ事を考えていた。


――ああ、もっと平穏な日々を送りたいなぁ……


 願うことはそれだけ。

 刺激などなくていい。贅沢なんかにも興味はない。

 ただただ平穏に、普通に生きていきたいというのが俺の望みだ。

 それだけ叶えられれば、後は何もいらない。そんなふうに考えていると……


「麗奈――――ッ!」


 悲鳴が聞こえた。

 この叫び声は尋常じゃない。間違いなく、何かがあったのだ。叫び声がした方に向かえば、またトラブルに巻き込まれてしまうだろう。

 しかし、この切迫した悲鳴を聞いた限り、そうも言ってられない状況なのは明白。そう判断した俺は、急いで声のした方向へと走った。

 そこに広がっていたのは、予想以上に凄惨な光景だった。


 そこにいたのは三人。

 一人は血に染まった剣を持ち、笑みを浮かべた男。

 一人は、血みどろになって倒れている女性。

 そして、もう一人は、あまりの状況にガタガタと震えている女性。


「これで四人、と。うん、四人と言うのもキリが悪いし、もう一人転生させておこうか」


 男はそう言って、怯えている女性に向けて剣を振り上げた。

 倒れている女性はこの男に刺されたのだろう。

 そして、男は意味不明な事を言って、もう一人の女性に向けて剣を振り下ろそうとしている。

 ならば、次に起こることは簡単に予想できる。つまり――


 もう一人の女性も、殺されてしまう。


「やめろおおおおおぉぉぉぉぉ――――ッ!」


 俺は、弾かれるようにして男に向かって走り出した。

 警察に電話していたら、その間にこの女性は殺される。殺しなんて止めろと説得しようにも、この男はどう見ても話を聞くタイプには見えない。

 ならば、俺にできるのは、この男を怯ませて、女性が逃げる時間を稼ぐことだけ。

 倒れている女性の方に関しては……申し訳ないが、出血量から見ても、もう助からないだろう。でも、だからこそこれ以上の被害は防がなければならない。


「へぇ、この状況で挑みかかって来るんだ、面白いね、君」


 男はそう言って、女性に向けていた剣を俺に向けて振るった。

 素早い横薙ぎの一閃。しかし、日頃からトラブルに巻き込まれて回避能力だけは鍛えられている俺は、何とかそれを避けることができた。


「……ッ!?」


 避けられるとは思っていなかったのか、驚いた表情を浮かべて硬直している男に向って、俺は思いっきり拳を突き上げた。


「ぐは……っ!」


 それにより、男はそのまま地面に倒れた。

 その隙に、俺は怯えている女性に言葉をかける。


「大丈夫ですか?」


「あ……、で、でも、麗奈が……っ!」


 狼狽している彼女を落ち着けるため、俺は努めて冷静に言葉を紡ぐ。


「落ち着いてください。今はまず何よりも、ここから離れて、警察に電話してください」


「でも……っ!」


 そんな会話をしていると、ムクリ、と男が立ち上がった。

 まずい、このままだと、俺達二人ともやられる……!


「この場は俺が何とかします。だから、早く……!」


 焦りながらも、俺は何とかそう告げた。

 女性は少し逡巡したが、しかしコクリと頷いてから、走ってこの場を離れていった。

 それを見ながら、男が笑う。


「はは……っ、超越者たるこの僕に、普通の人間が一撃を叩きこむとは。面白い。本当に面白いよ。

 君を転生させたら、さぞ物語をかき乱してくれるだろうなあ……っ!」


「うるせえよ」


 思わず、俺は言った。

 先程も言った通り、俺はトラブルに巻き込まれやすい。

 だからこそ恨めしい。こういう、意図的にトラブルを起こし、人に理不尽を押し付ける輩が。

 故に俺は、人を殺すなんて言う最も理不尽な行為を行ったこの男を赦さない。


「なんでこんな理不尽なことをする」


 俺がそう言うと、男は嬉しそうに語った。


「ふ~ん、君はトラブルや理不尽なことが嫌いなんだね。勿体ない。

 トラブルも理不尽も、皆素晴らしいじゃあないか。世界に混沌を齎す、とても刺激的なものだ。それを楽しめないなんて――」


「もういい。お前みたいな奴に、そんなことを訊いたのが間違いだった」


 俺はそう言って――再び、男に殴りかかった。

 男も、迎撃する為に再び剣を振るう。

 先程とは違う剣筋だったが、それも何とか避けることができた。

 しかし。


「……ッ!?」


 凄まじい衝撃が、背中に奔った。

 それにより、俺はそのまま地面に倒れる。


「なんだ、これ……」


 理解が追い付かず、呻く俺。

 対して、男は余裕の表情を浮かべて言った。


「魔術だよ。知らなかった?」


 倒れている状態から、何とか顔を上げると、頭上には、数多くの光弾が浮遊していた。


「魔術、だって……?」


「そうだよ。知らないのなら、これからたっぷりとその身に教えてあげるよ」


 男がそう言い終わるや否や。

 頭上の光弾が、一斉に俺を襲った。


「が、ああ……ッ!」


 その衝撃に耐え切れず――

 俺はその場で、一生を終えた。

 だが、その後も俺の記憶は続いている。

 結論から言うと。

 俺は記憶を持ったまま転生したのである。しかも、もといた世界とは全く別の世界に。

 ファンタジー世界とでもいうのだろうか。聖剣や魔法、魔物や魔族など、どちらかといえばオカルト寄りのものが力を持つ世界だ。


 とはいえ、俺にとってはそんな超常的な力や生物など全くの無関係だ。何故なら、俺が転生したのは、ごく普通の農村の、ただの村人なのだから。

 自然あふれる村落で暮らす、まさに平穏を絵に描いたような生活。

 もちろん、大変なことや不便な事も多々あるが、しかし前世でのトラブル続きの生活に比べれば幾分マシだ。

 生まれ変わることによって、ついに俺は平穏な人生を手に入れたのだ。そんなわけで俺は現在、新たなる人生を謳歌しているのである。


 さて、こうして、今までのことを振り返っている間に仕事が終わった。

 仕事、と言っても、家業の方は今日の分をきっちり終わらせてあるので、今やっていた仕事は隣の家の手伝いである。


「いつもありがとう、ムラジ君。本当にあなたは働き者ね~。

 うちの娘にも見習わせたいわ。ローズったら、今日も村の男連中をぞろぞろ引き連れて遊び歩いているんだから、本当に困りものだわ」


「働くのは、好きでやってることですから、礼には及びません。

 まあでも、ローズさんは美人ですから、彼女に付いてまわる奴らの気持ちも分からなくはありませんけどね」


 俺とローズは、家が隣同士で年齢も同じの幼馴染みである。

 彼女を一言で表すとしたら、絶世の美女と言う他ないだろう。それくらい見目麗しい女だが、しかし中身の方はかなり地雷である。


「そこなのよね~。周りからチヤホヤされて甘やかされるから、勝手気ままな性格に育っちゃって……ホントどうしたらいいか……」


「今度会ったら、俺からも何かしら言っておきますよ」


「そうしてくれると助かるわ」


「はは。では、このあたりで失礼させていただきます。

 お手伝いできることがあれば、また来ますので、何かあったら気軽に呼んでください」


 そう言って、俺は隣の家を後にした。

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