第八話 ある日の夕方にて――ローズ

 ある日の夕方。

 ワタシはいつもの通り、ワタシのファンクラブ(仮)に囲まれていた。


「ああ、本当にローズ様はお美しいですね」


 そう言った男の名前はカインズ。

 ワタシのことを褒めるばかりで、特に有能なわけでもない男だが、一応ワタシの下僕第一号であるため、自分が一番ワタシに気に入られていると勘違いしている痛い奴だ。

 ワタシはアレス様以外の人間など正直どうでもいいため、お気に入りも何もないのだが……

 まあでも、こういう馬鹿の方が扱いやすい。こういう輩は、適当に褒めておけば簡単に騙せるのだ。


「ふふ、ありがとう。カインズもカッコイイわね」


「勿体なきお言葉、ありがとうございます!

 ローズ様にそう言っていただけるとは、本当に感激です!

 俺は、ローズ様に一生ついていきます!」


 とまあ、このようにワタシへの忠誠心を勝手に燃え上がらせてくれるわけだ。

 まあでも、コイツの話はワタシへの賛辞だけで退屈なので、他の男に話題を振るとしよう。


「ところで、退屈凌ぎに、ダレか面白い話をしてくれない?」


 そう言うと、我先にと、男どもが手を挙げる。

 こんな無茶振りされたら手を挙げようなんて思わないのが普通だろうに、本当、こいつらの忠誠が妄信的すぎて心配になってくる。

 まあ、妄信してくれるのは都合が良いし、何よりもこいつらがワタシを妄信しているのは、そうなるようにワタシが仕向けたからなんだけど。


「じゃあ、ブロウ、お願い」


「はい!」


 指名すると、ブロウは嬉しそうな表情で立ち上がり、しかしすぐに神妙な顔をつくって話し始めた。


「実は僕、昨日の夜中に目が覚めてしまいまして。

 その後目が冴えて全然眠れそうになかったんで、ちょっと夜風に当たろうと思って外に出たんですよ。

 月も出ていない夜で真っ暗だったんで、光魔法で前を照らしながらね。

 まあでも、知っての通り僕の魔力なんて微々たるものなんで、本当に薄明りで、かろうじて一、二歩先が見える程度でした。

 そして、少し歩いていたら、見えたんですよ。少し前の地面に、恐ろしい形相の霊が、ぼやけて……」


「ひ……っ!」


 ワタシは思わず声をあげてしまった。

 っていうか、ワタシ面白い話って言ったわよね!?

 これコワイ話じゃない!? ワタシ、ホラー系無理なんだけど!!

 そんなワタシの怯えた態度を意にも介さず、ブロウは話を続ける。


「そして僕は、その霊をよぉ~く見てみたんですよ。そうしたらそいつは霊なんかじゃなくて……水溜まりに映った、僕の顔だったんですよ!」


 その言葉で、ホラー展開を覚悟していたワタシの緊張が解ける。

 同時に、宵闇の中、ブロウの顔が水溜まりに映った光景を想像すると――


「っ……ふふ……」


 駄目だ。抑えきれない。

 その場面を想像しただけで、笑いが込み上げてくる。


「っ、あはっ、はははははは……、ブロウの顔が、ははっ、水溜まりに映って、たら……そりゃあ幽霊と勘違いしちゃうわよ……っ、ふふっ、あははは……!」


「……ローズ様、何気に失礼なこと言ってません?」


「だ、だって……ふふっ……」


「あーローズ様、笑い出すと止まらないからなぁ。こりゃあしばらくこのまんまだぞ」


「っていうか、ブロウの話、そんなに面白かったか?」


「お前は新入りだから知らんだろうが、ローズ様は笑いの沸点が滅茶苦茶低いから、基本何でも笑うぞ」


 ワタシの取り巻きたちの、そんな話を聞いている内に、なんとか笑いも収まってきた。


「あははは……ふぅ。ホントにお腹がよじれるかと思ったわ。

 さて、遅くなってきたし、そろそろ帰ろうかしら。それと、明日は集まるのは無しにしましょう」


「わかりました」


 ワタシは、ほぼ毎日この男たちを集めているが、しかし時々一人になれる日をつくっている。

 それもすべて明日の為。

 そう。明日は、物語の中でアレス様とローズが出会う、運命の日。

 龍に襲われているローズを、ギリギリのところでアレス様が助ける場面(シーン)がある。当然、そのときは一人でないといけないため、明日は一人で行動する必要があるのだ。

 ただ、いつも誰かといるのに、明日だけ一人で過ごすというのも変な話。故に今まで、一人で過ごす日を定期的に設けていたのだ。

 まあ、そんなわけで、明日からいよいよ、ワタシとアレス様とのロマンスが始まるのだ。

 ああ、楽しみだわ……ッ!

 そんなふうに思っていると、


「よお、ローズ」


 ワタシの取り巻きではない、男の声がした。

 うげ……コイツに会っちゃったか……めんどくさいなあ……。

 どう返答しようか迷っていると、代わりにカインズが返答した。


「ムラジ、ローズ様のことを呼び捨てとは何事だ! ローズ様の幼馴染だからって、調子に乗っているんじゃないぞ!」


「いや、別に貴族様でもないのに、なんで様付けで呼ばなくちゃいけないんだよ。

 大体なぁ、お前らローズにぞっこんみたいだけど、こいつ多分お前らの前では猫被って……」


「ま、まあまあ二人とも、落ち着いて」


 慌ててワタシはムラジの発言を止めた。

 ワタシの本性を、こいつらの前で暴露されたら困る。

 だから厄介なのだ、このムラジという男は。

 カインズの言う通り、この世界におけるワタシとムラジは、家が隣同士の幼馴染である。

 さすがにここまで近い間柄だと、ワタシの本性を隠しきることなどできない。故に、コイツにはワタシの性格がバレバレなのだ。

 だから、ワタシが周りの男たちに一切好意がなく、ただ下僕として付き従えている、というコトも何となく察しているようだ。

 そんなわけで、ワタシの取り巻きとムラジを接触させてはまずい。どんどんとワタシのメッキがはがされていってしまう。

 そんなわけで、ワタシはカインズをなだめて取り巻きたちと離れ、ムラジとともに帰り道を歩き始めた。


「お前の母さん、お前のこと心配してたぞ。たまには親孝行してやれよ」


 ムラジはぶっきらぼうに言う。


「ふん、ワタシは将来、勇者アレス様と結婚するのよ。これ以上ないほどの親孝行でしょ」


「お前、昔っからそんなこと言ってたよな。ったく、そんな望み薄な夢ばっか語ってないで、もっと堅実にだな……」


「ワタシとアレス様が結ばれる未来は揺るがないわ。これ以上望み薄だなんて言うなら、殺すわよ」


 怒りを籠めて、ワタシはムラジを睨んだ。


「ぅ……悪かったよ。俺はどうにもデリカシーに欠けた発言をしちまう。ごめんな」


「ふふっ」


 謝ったムラジの顔が余りにも神妙すぎたもので、ワタシは思わず笑ってしまった。


「わ、笑うなよ。こっちは真剣に謝ってるんだから」


「あははっ、真剣すぎるから笑ってるのよ。ああ、でも別にあなたへの怒りが消えたわけじゃあないから、そこは勘違いしないでほしいわ」


「そういうとこ、ほんとお前らしいな」


 アレスは、呆れ声でそう言った後、


「まあでも、家の手伝いくらい、ちょっとはしてやれよ。明日はあいつらと集まらないんだろう」


 と、面倒なコトを言ってきた。


「嫌よ。明日は行くところがあるの」


「またいつもの場所か……」


 ムラジのその推測は正解だ。

 物語の中において、アレス様とローズが出会った場所。

 一人でいる時、ワタシはよくそこへ行く。

 そして、空想するのだ。ワタシとアレス様が出会う瞬間を。そうしている時が、ワタシにとっては一番の、至高の時間だった。

 だが、明日からは、空想する必要などないのだ。

 だって、ワタシとアレス様の出会いは、明日遂に現実となるんだから。

 そう思ったら、もうワクワクが止まらない。

 ああ、本当に楽しみ。もうすぐよ、アレス様!

 ワタシの、運命の人――――!

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