第七話 転生――ローズ

 ワタシは、可愛い。

 この世のものとは思えないほどに。

 ならば、ワタシと結ばれるべき運命の人も、ワタシと同じくらい――否、ワタシ以上に美形であるはずだ。

 ううん、それだけじゃ足りない。何かと至らないワタシを守ってくれる、心強い存在じゃないと駄目だ。


 かっこよくて、強くて、賢い。けれども謙虚さを忘れず、誠実で。

 もしワタシが何かいけないことをやらかしてしまっても笑って許してくれるような寛大さを持ち。

 ワタシが落ち込んでいるときには静かに慰めてくれるような優しさもある。

 そんな完璧な人こそ、ワタシの伴侶には相応しいだろう。

 そう、まさに昔読んだ物語、ホーリーブレイヴの主人公、勇者アレス様のような理想の人物が。


 だというのに。

 アレス様のような人物は、一向にワタシの前に現われない。

 結局、この世界にいるのは皆、ゴミ屑のように下らない人間ばかり。本当に嫌になる。

 運命の人は、一体いつになったらワタシの前に現われるのかしら。

 ああ、早く来て、ワタシの運命の人。そして、早くこの退屈な人生から解き放ってよ――!

 いつものようにそう考えていると、不意に、こちらに向けて言葉が発せられた。


「君の頭の中は、完全にお花畑だね。もっとも、その花には棘があるようだけど」


 声のした方を見ると、そこには見知らぬ男が立っていた。


「アナタ、だあれ?」


 ワタシがそう訊くと、男は軽い調子でワタシに問うてきた。


「カオスという者だよ。もっとも、僕のことなんてどうでもいい。今は君の話だ。

 単刀直入に言おう。『ホーリーブレイヴ』のヒロイン、ローズとして転生してみる気はないか?」


 その問いに、ワタシは即答した。迷う必要など皆無。こんな天から舞い降りてきたような幸運を、逃すなどあり得ない。


「本当? 是非お願いするわ」


「やっぱり信じてくれないか。なら――って、ええ!? ほんとに今ので納得しちゃうの!?

 いや、ちょっとは疑うところでしょ、普通。おっかしいな~。今までの人達みたく、ちょっとは渋るもんだと思っていたけど……」


 カオスとかいう男は何やら驚いているが、しかし、そのとぼけたノリは、あまりにも――


「……うざい」


「へ?」


「ワタシを、ローズにしてくれるんでしょ? なら、さっさとしなさいよ」


 待ちきれなかった。

 運命の人、アレス様と会える。それを考えるだけで、ワタシは心臓がはち切れんばかりにドキドキしていた。


「は、はは。君みたいな人は初めてだよ。まさか――」


「これ以上焦らしたら、殺すわよ」


 そう言って微笑みかけると、カオスは引き攣ったを浮かべて後退った。


「わ、わかったよ。じゃあ、今から転生の儀式をするね」


 その言葉が終わると同時、カオスの手には、アレス様の聖剣が握られていた。

 それを見た瞬間、ワタシは思わず叫んでいた。


「その聖剣は、アレス様のみが持つことを許された剣! アナタ如きが手にしていい物じゃないわ!」


「ひ、ひえー。ごめんよ。じゃあ、こっちにしよう」


 すると、聖剣が消え、今度は魔王が持っていた魔剣が現れた。


「それでいいわ。アナタのような最低の屑が持つには相応しい剣ね」


「手厳しいね……」


「当たり前でしょ。アナタはあろうことか、アレス様の聖剣を穢した。本来なら万死に値する最悪の行為よ。

 でも、ワタシをホーリーブレイヴの世界に転生させてくれるっていうから、仕方なく生かしておいてあげてるの。その立場、ちゃんと分かっているのかしら」


「あ、ああ……。わかったよ。じゃあ、これから君を転生させるね」


 そう言って、カオスは魔剣をワタシに突き刺した。


「ひぃ……ぎ……ッ!」


 あまりの痛みに、ワタシは思わず呻き声をあげる。


「い、痛い……! こ、これは一体、何のまねよ……っ!」


 痛みにより、涙がとめどなく流れる瞳で、ワタシはカオスを睨み付ける。

 対して、カオスは当然のように答えた。


「何のまねかって? 僕は言ったじゃないか。君を転生させると。

 ならばこの世界での器は放棄してしかるべきだ。つまり、君は一度死ぬ必要があるんだよ」


 そのカオスの言葉を聞いて――ワタシは、すぐに納得した。

 そうか。たしかに死ななくては生まれ変われない。

 痛いのは嫌だけれど……アレス様と出会うために必要な工程ならば仕方がない。

 そう。これはいわば試練なのだ。運命の人と結ばれるための、恋の試練。

 そう思えば、こんな痛みなど何するものぞ。痛いけど、痛くない。むしろ嬉しいぐらいに思わないと、この試練を乗り切れない。

 ならば笑え。痛みも涙も抑え込み、ただただ喜悦に抱かれて笑うのだ。


「アハッ、痛い、嬉しい、イタイ、ウレシイ、イタイイタイウレシイウレシイウレシイウレシイ、あはは、アハハハハハハハハハハ……ッ!」


 徐々に遠退いていく意識の中、ワタシは喜びを叫び続ける。


「アハハハッ、今から行くわ。待っててね、勇者アレス様……ッ! ワタシの、運命の人――――ッ!」


 そんな愛の言葉を最期に、ワタシの生涯は一旦の幕引きとなった。

 そして、そこから新たなる、そして本命の人生――ホーリーブレイヴのヒロイン、ローズとしての日々が始まる。

 ローズとして生まれ変わったワタシは、すぐにでもアレス様に会いに行きたかったが、それは我慢した。

 やはり、アレス様とワタシは、物語通りの運命的な出会いをすべきだと思うのだ。

 龍に襲われているところを助けられる。あの出会いあってこそ、恋は盛り上がるはず。

 だからそのときまで待たなくてはならないのだが……しかし、問題はそれまでの間、何をして過ごすかということだ。


 ローズは、勇者と出会う前は、ただのしがない村娘でしかない。

 そしてこんな辺鄙な村に、娯楽の類などがあるはずもない。せいぜい祭などがあるくらいだ。そういう日以外は、基本的に村の人は働いてばかり。

 子供とて、ある程度の年齢になったら家事や村の仕事の手伝いに駆り出される。ワタシ的には、そういう面倒なコトはしたくない。


 そこで、ワタシは早くから手を打った。

 ローズの容姿は、ホーリーブレイヴのメインヒロインなだけあって、とても良い。故に、これを利用しない手はなかった。

 つまり、色目を使うのだ。

 可愛い女の子にちょっと優しくされただけでコロッと落ちてしまうような、女子に耐性のない童貞野郎。

 そんな男を誘惑してしまえば、すぐに下僕ができあがる。

 こういう輩は本当に便利だ。従順で、完全にワタシの手足として動いてくれる。

 騙しやすそうな男を見つけては、そうやって下僕にしていたため、現在では、ワタシはかなり大規模な逆ハーレムを築き上げていた。

 いや、どちらかというと、ワタシのファンクラブみたいなものか。


 まあ、ファンクラブ(仮)には、多くの人物がおり、もはや一大組織と化している。

 大半は無能であるが、しかし有能な人物も、少数ながら存在する。

 地位を持っている者、金を持っている者、力が強い者、魔術を扱える者、面白い芸が出来る者……中には、秘密裏に魔族と繋がっている者まで。

 故にワタシは、ただの村娘でありながら巨大な勢力を保有していた。

 それに、無能な人間にも使い道はある。数が多ければ、それだけ情報を得やすいということだ。

 情報と言っても、ワタシがほしいのはもちろんアレス様の動向についてのものである。


 現状、やはりアレス様は、ホーリーブレイヴの物語と全く同じ行動をとっているようだ。

 これなら、ワタシは物語の通り、アレス様と運命的な出会いを果たせるだろう。

 魔族側では、物語の筋とは異なる動きが起こっているようだが……そんなことはどうでもいい。ワタシはただアレス様と結ばれればそれでいいのだ。

 とまあ、こんな感じで、多くの男たちを下僕とし、アレス様の情報も手に入り、ワタシは順風満帆な生活を送っているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る