第六話 四天王――シュヴァルツ
今までのことを振り返っている間に、僕は魔王城まで戻って来た。
魔王である僕は、当然、人助け――否、
やはり本職は国家運営であり、そこを疎かにしてしまえば魔界が立ち行かなくなり、本末転倒だ。
現場に触れて直接的に魔族を助けること。政治によって間接的に魔族を助けること。
僕の理想のためには、そのどちらをも両立させなくてはならない。
そして今日は、魔王である僕と、四天王と呼ばれている魔族の四大幹部との間に話し合いの席を設けてある。
そこで僕は、ある大きな提案をしなくてはならない。十中八九、非難を浴びせられるだろうが、しかし幸せな世界をつくるためには、成し遂げねばならないことだ。
そう思い、深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、僕は会議室の扉を開いた。
既に到着していた四天王の視線がこちらに注がれる。
その中の一人――剣術と魔術をバランスよく極めた男、デルタが口を開く。
「本日も国民のために奔走しておられたとのこと。誠にお疲れ様でございます。
下々の民にまで余さず行き届く魔王様の、その深き御慈悲に、私めのような若輩者はただただ感服致すばかりで……」
その話を遮るように、真っ黒な大鎌を持っている男、ヴァサゴが口を挟む。
「はっ、そんなもん、魔王自らやるような仕事じゃねえだろ、シュヴァルツ。
大体よぉ、オマエの言う国民の中には、奴隷だって入ってんだろ?
奴隷ってのは、すなわち道具でしかない。そんな奴らまで国民と認めちまうのは、魔族の文化を守るべき魔王としてはよろしくねえよなぁ?」
「ヴァサゴ殿、魔王様のことを呼び捨てにするなど、不敬ですぞ!
大体、奴隷解放は魔王様自ら着手した政策。
元奴隷を国民と認めぬ貴殿のその発言は、魔王様の方針そのものに対する反逆と見なされても仕方ありますまい!」
「それがどうしたよ。実際、その政策に不満を持ってる奴は山ほどいる。あくまで俺は、そいつらの意見を代弁しただけだ」
そんなふうに口論を始めるデルタとヴァサゴを、凄まじい怪力を持つ女剣士、レッカが、絶対零度の視線で睨み付けて言った。
「デルタ、ヴァサゴ。お前らの口喧嘩は聞き飽きた。早く本題に入るぞ。魔王様、何か話があるのでしょう?」
その言葉に、魔術に秀でた少女、ショコも同意する。
「早く……帰り……たい。とっとと……話……進めて」
何と言うか、四天王全員、考えていることがバラバラすぎる。
まあでも、多様な意見があった方がいいから、これはこれで良いのかもしれない。
そんなことを思いつつ、僕は口を開いた。
「ああ。これまで改革をやって来て、少しずつだけど、民の暮らしは良くなってきていると思う。
だけど、それでも国民の間には、未だ大きな不安が残っている。それは、戦争に対する恐怖だ」
この世界にも、人間という種族は存在している。そして、彼等と魔族は対立関係にあるのだ。
現在は、あくまで停戦中。そう。停戦であって、終戦ではないのだ。つまり、いつまた戦争が始まるかわからない。
それどころか、魔界と人界の界境では、ちょっとしたことによる小競り合いが、今でも度々起きている。
場合によっては死者も出る始末であり、こんな状態が長く続くのは間違っていると思う。
それに何より、こんな状況では、民は真に幸せを享受することなどできない。それは魔族にとってだけでなく、人間にとってもそのはずだ。
そんな状況を打開するための方法は一つ。
「その不安を払拭するために、僕は人間側に、永久和平を申し込みたいと思う」
そう言い終わるや否や、ダン、という音が会議室中に響いた。
やっぱりか、と思いながら、僕はレッカの方を見る。
彼女は、その怪力によって、頑丈な筈の机を木端微塵に砕いていた。
「魔王様、あなたの政策には、たしかに目を見張る部分も多い。ですが、やはり少々軟弱にすぎるのではないかと思います。
永久和平など、人間側が受け入れるはずがない。そしてそれは、我々魔族とて同じだ。
彼らが魔族を認めないように、我々も人間を認めない。魔族と人間は、永遠に分かりあうことなど出来ないのですよ」
「いや、僕は魔族と人間が手を取り合うこともきっとできると――」
そう反論しようとしたが、レッカはそれを遮った。
「これ以上そんな妄言を聞かされるのは時間の無駄です。私はここで失礼させていただきます」
それだけ言って、レッカは僕に背を向ける。
しかし、そこでハッと思い出したように、ポツリと言葉を足した。
「あと、机壊してしまってごめんなさい。後でちゃんと弁償します」
そう言って、レッカは壁を突き破り、会議室から出て行った。
机壊したことを悪いと思っているんなら、その移動方法もやめてほしいのだが……そんなふうに思っていると、
「はっ、レッカが机をぶっ壊したくなる気持ちもわかるぜ。
人間は永久に魔族の敵だ。そんな奴らと和平だなんて死んでもごめんだね。俺も帰らせてもらうわ。
ま、和平交渉でも何でも、一人で勝手にやってれば? どうせ人間側だって、そんなもん受け入れねえだろうしよぉ」
そう言って、ヴァサゴも出て行った。
さらに、気付けばショコもいつの間にかもいなくなっている。
部屋に残っているのは、僕とデルタの二人だけだった。
「気を落とされないでいただきたい。あの二人はああ言っていましたが、私めは魔王様の御判断は、素晴らしいものだと思っております。
やはり何よりも平和が一番。いやはや、魔王様の平和を愛する心は誠に……」
そんな風に慰めてくれたデルタだったが、僕の胸中には暗雲が立ち込めていた。こんな調子で、本当に皆を幸せにできるのか。
世界の皆を幸せにしたいなどと宣っている癖に、僕は直属の部下である四天王でさえ、上手くまとめることができていない。
四天王と言っても、皆が同じ方向を向いているわけではなく、それぞれが違う思想を持ち、それぞれが違う場所を目指している。
それ自体はとてもいい事だ。幹部だからと言って無理に意志を統一させ、多様性を奪う事はしたくない。
ただ、やはりもう少しまとまりを持ってほしいいとは思う。ここまでバラバラだと、やっぱり国が安定しなくなってしまう。
いや、それは責任転嫁というものだ。そこを安定させるのが、王としての僕の役割か。
多分僕には、強い個性を持つ者達を一つにまとめ上げるようなカリスマはないのだろう。
だけど、それでも僕は諦めない。なんとしても、理想の世界をつくってみせる。
その為の第一歩が、人界との和平交渉だ。これが成されれば、大きな問題の種が一つ減る。
だから、まずはそれに向けて頑張っていこう。僕は、静かに決意したのであった。
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