第四話 パーティー会場にて――リーネ/人界王
わたしは今、貴族の間で行われている社交パーティーに参加している。
正直、こういった場はあまり得意ではないので気乗りしないのだが、しかし、いつもはあちこちに人助けに出かけていて忙しいアレスとゆっくり話ができる数少ない機会であるため、参加しないわけにはいかない。
それに、今夜こそはアレスに告白すると、覚悟を決めたのだ。ここは、気合いを入れていかないと。
そんなふうに思っていると、アレスが会場に入ってくるのが見えた。
緊張により、バクバクと心臓が高鳴る。
やっぱりまた今度にしようと
「こ、こんばんは、アレス」
少し声が上擦ってしまう。
うぅ、駄目だ。こんなんじゃ、ちゃんと想いを伝えられる気がしないよ~。
「こんばんは、リーネ」
やっぱりどこか作ったような笑顔だ。多分、あまり良い印象を持たれていないんだろうなぁ、わたし。
そんなふうに思い、尻込みしそうになるが、なんとか頑張って会話を続ける。
「あの……アレスは今日も、人助けをしていたの?」
「人助けだなんて、そんな大層なものじゃない。
ある程度剣術の心得があるから、それを活かせることがあるのなら、活かそうと思っているだけだ」
「やっぱりすごいね、アレスは……」
「いや、そんなことはないよ」
こうして会話をしているだけで、天にも昇るような気持ちになる。
ああ、やっぱりわたしは、アレスが好きだ。決して報われないとわかっていても、この気持ちに嘘はつけない。だから――今こそ、この想いを伝えよう。
「あの、その……アレスに、伝えたいことがあって……」
勇気を振り絞って告白しようとしたそのとき、
「アレス、リーネ。少しいいか?」
威厳のある声が、わたしとアレスにかけられた。
この声の主は、人界の王様である。
なんというタイミングの悪い。空気読んでよ、王様……。
「はい。どうされました? 陛下」
わたしが茫然としている間に、アレスと王様が話を進める。
「実は極秘の話があってな。ここではなんだ。場所を変えよう」
「わかりました。リーネ、すまないが、話はまた後で」
「……あ、うん、そうだね……」
がっかりしつつも何とかそう答え、王様とアレスの後について歩く。
そのまま、わたしたちは人気のない場所に辿り着いた。
周囲に人がいないのを入念に確認してから、王様は口を開く。
「魔王のことで、相談があるのだ。
……実は先日、魔族から恒久的な和平の誘いが来てな。どう対応しようか迷っておる」
「なん、ですって……っ!?」
アレスが驚きの声をあげる。
驚いているのはわたしも同じだった。何せ、魔王から和平の誘いが来るなど、ホーリーブレイヴの作中にはなかった展開だ。
一体、何がどうなっているのか。
わけがわからない中、アレスが王様に答える。
「お、おそらく、罠……でしょう。魔族は人を襲うことしか考えていない、野蛮な連中。本気で和平しようなどと考えるはずがない。この誘いに乗っては彼らの思う壺だ」
「ふむ、たしかにそうだな……。リーネ、そなたはどう思う?」
「……え!? わ、わたしですか!?」
「……そなた以外に誰がいると言うのだ」
困惑しているところに話をふられ、わたしはたじろいでしまう。
ただでさえ、こういう偉い人との会話は苦手だというのに、今は、頭の整理が追い付いていない状態。碌に話せるわけがない。
それでも、とにかく答えなきゃと思い、わたしは無理矢理言葉を絞り出す。
「あ……そ、そうですよね、ごめんなさい。少し、驚いてしまいまして。
えっと、その、和平の誘い、ですよね……。やっぱり、戦いを避けられるのなら、それに越したことはないと思うので、受けてみても……」
そこまで言って、これじゃあまるでアレスの話を全く聞いてないみたいだと気付き、急いで話の方向性を修正しようとする。
「あ……あの、でも、その、アレスの言っていた通り、罠とかの可能性もあるんですよね……。
やっぱりそういうことに詳しい人に意見を訊いて、慎重に判断した方が、いいと思います。
す、すみません、なんだか支離滅裂になってしまって」
自分でも何を言っているかわからない。一度動揺してしまうと冷静になるまでに時間がかかるのだ、わたしは……。
「余の前だからといって、そう緊張する必要はない。そなたとて上流貴族。堂々としておればよいのだ」
「は、はい。善処します」
王様が寛容な人で本当によかった。
でも、何故魔族は、ホーリーブレイヴの物語と違う行動に出たのだろうか……。そんな疑問が、わたしの頭の中をグルグルと回っていた。
◇◇◇
結局、わたしの頭では、どう考えてもわからなかった。
溜息を吐きながら、わたしは王宮の外へ出る。すると、傍らのシフォンが声をかけてきた。
「なんだか元気がないですね。何か嫌なことでもあったのですか?」
「ううん、ちょっと考えこんじゃって疲れただけ」
「そうですか。まあ、こういう集まりは疲れますからね。
基本年がら年中剣を振るってばかりの私みたいな脳筋から見れば、ああいう場は本当に大変そうに見えます。マナーだったり言葉だったり、いろいろと気を付けないといけないことが多いでしょうし……」
予想外の出来事があったせいで、ドッと疲れてしまったわたしは、家に帰ると、すぐにベッドにダイブした。
ああ、そういえば、結局アレスに告白できなかったな。
まさか、わたしが告白すると物語が大きく変わってしまうから、世界の修正力が働いたとか……
ないない。わたしにそんな影響力なんて皆無だろうし。
そんなことを思いながら、わたしはいつしか眠っていた。
◇◇◇
――同時刻。王宮にて。
「さて、どうしたものか……」
余は、自室に向かって歩きながら考えていた。
魔族から来た、恒久的和平の誘いをどう見るか。
アレスとリーネの他、信用できる人物にのみ、話をし、意見を訊いてまわったが、その答えは千差万別。なかなか決断に困る。
しかし、魔族からの和平勧告など前代未聞の事。ここは、慎重かつ迅速に決めねばならないだろう。
――と、そんな事を考えている間に、余は自室へと着いた。
ここには、王族しか入れないような
「何者だ、貴様」
「僕かい? 僕はカオス。この世界を創った者だ。
いや、創ったというのは語弊があるかな。創ったのは
「何を言っている? この世界を創っただと……?」
わけがわからず聞き返すと、カオスと名乗る男は軽い口調で答える。
「わからなくていいよ。ただ、僕は現に、厳重な結界に覆われたこの部屋に入って来たんだ。
僕が只者じゃあないってことは、それだけで証明できていると思うんだけど?」
「……」
たしかに、この部屋の
ここに侵入するなど、最高位の魔術師ですら不可能だろう。
何せ、結界を編んだ本人でさえ入れないという厳重さだ。いやまあ、それはそれでどうなのかとも思うが。
ともあれ、このカオスという男が只者でないことは確かだ。慎重に行動せねばなるまい。
「早速提案だけど、王様、僕の下に着く気はない?」
「何?」
「これから先、僕に絶対服従ってこと。そうすれば殺さないであげるよ」
……それは、あまりに強気な提案だった。しかし、この男の実力は未知数。余を殺す事など容易いだろう。
ならば、ここは素直に頷くのが賢明なのかもしれない。しかし――
「断る。余はこの人界の王だ。貴様のような得体の知れない者の傀儡になれば、王の権威を悪用し、何をするか分からん。
故に、斯様な提案は撥ね退けさせてもらおう」
余は国を預かる身だ。たとえここで殺されるとしても、どこの馬の骨とも分からぬ奴に国を売るなど、言語道断だ。このような脅しに、首を縦に振るわけにはいかない。
「僕に勝てないっていうのは、肌で感じ取っている癖に。自分の命よりも、国家の安定を望むか。
いいだろう、ならこちらにも考えがある」
瞬間、余の脳が何かに侵食されはじめた。
「……! これは……?」
「君を操らせてもらおう。君が快諾せずとも、君が傀儡になる運命は変わらないのさ。
ああ、でも安心してほしい。この魔術は君にしか使わないよ。
僕は、人々が自分の意志で、世界の崩壊へと突き進んでいくところが見たいだけだからね。皆の方向性を変えることができればいいわけだ。
そして、それは国王である君を操ればそれで済む」
「世界の崩壊……? それが貴様の望みか、カオス」
脳を侵食する魔力に必死に抗いながら、カオスを睨む。
「ああ、そうさ。世界を混沌へと還し、崩壊させる。それが僕の理想であり、唯一の目的だ」
「解せないな……。世界を創ったなどと宣う貴様が、何故世界を崩壊させようとする?」
「それは逆だよ、王様。世界を崩壊させたいから、世界を創ったんだ」
あまりに錯誤的な言葉に、つぶやきが口をついてでた。
「……狂っている」
「はは、まさか。僕は至って正気だ」
「ならば尚更
「はは、何を言うかと思えば。もう君の脳の殆どは占拠した。すぐに君は、僕の傀儡に……」
「違う。舐めるなというのはな――」
渾身の敵意をカオスに向け、余は告げた。
「この世界を、だ。さもなくば貴様は、貴様自身が創ったこの世界によって、痛い目を見ることになるぞ」
「――なるほどね。ご忠告どうも」
そんな、どこ吹く風なカオスの言葉を聞きながら、余の思考は、完全に侵食された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます