第三話 転生――リーネ
「また駄目だったよ~」
東京都内のとあるカフェの中。
わたしは、テーブルの上にぐでーっと突っ伏した。
「そっか、残念だったわね。ドンマーイ」
いつも通りの平坦な口調で言う親友のサキちゃんに、わたしは口をとがらせて抗議する。
「サキちゃん淡泊すぎるよ。もっと慰めて~」
「よしよし、つらかったねー。だから早めに就活始めた方がいいってあんなに言ったのに」
「慰めが途中から説教に変わってるよ……」
しかし、サキちゃんの説教は止まらない。
「大体さぁ、麗奈。アンタはいつも行動が遅すぎるのよ。いっつもギリギリまで問題を先送りにして、いざって時にパニクって失敗するんだから」
「やろうやろうとは思ってるんだけどね……。でも、いざ行動に移そうとなると、どうしようか分からなくて足踏みしちゃうっていうか……」
「麗奈は積極性ないものね。でもやっぱり何事も、行動に移す事は大事だから……そうね――」
サキちゃんは少しの間考えてから言った。
「やるべきだと思ったら、何も考えずに、とにかくやってみるくらいの気概があった方がいいかもね、麗奈の場合」
「それが難しいんだよ~」
そんなわたしの情けない返答に溜息を吐きつつも、サキちゃんは親身になって返答してくれた。
「そっか……。まあとりあえず、分からない事があったら何でも訊きなさい。私でよければ、アドバイスくらいならしてあげられると思うわ」
「ありがと~。早速だけど、自己PRって何話せばいいの?」
「一番大事なとこじゃないの……。まあでも確かに、麗奈って企業にアピールできる事とかなさそうだもんね~」
「うぅ、辛辣すぎる……。でも実際、サキちゃんも知っての通り、わたしってダメダメな人間だからさ、自分の事についてなんて、何も話せないよ。ホーリーブレイヴの事とかだったら、いくらでも語れるのにな~」
「アンタほんとそれ好きね」
「うん。主人公のアレスがね、すっごくかっこよくて……」
それから、わたしとサキちゃんは暫く話し込み、夕方ごろにカフェを出て、帰路についた。
その途中、
「あれ? ここってこんなに人通り少なかったっけ?」
不意に、サキちゃんがそう言った。
たしかに、言われてみれば、周囲に全く人がいない。
わたしも不思議に思い、何かあったのかな、と言葉を返そうとした瞬間、
凄まじい痛みが、わたしを襲った。
「あっ、ぐ……っ!」
呻き声をあげながら下を向くと、剣がわたしの身体を貫いているのが見える。
その事に困惑する間もなく、わたしの身体は急速に力を失い、地面に崩れ落ちた。
そのまま、意識も徐々に遠退いていき――
「麗奈ッ――――!」
サキちゃんの悲痛な叫びを聞きながら、わたしは絶命した。
おそらく、わたしは何者かに刺されて死んだのだろう。だとすると、一緒にいたサキちゃんが心配だ。しかし、既に死んでしまったわたしには確かめる術すらない。
今は、現在の事を語るとしよう。
今までの話は、わたしの前世における最期の記憶だ。
そんな事を言うと、いきなり何を言い出すのかと思うかもしれないが、事実、わたしは前世の記憶を覚えたまま生まれ変わったのだ。
しかも、その生まれ変わった先が、なんと。
わたしの愛読した物語、ホーリーブレイヴの世界だったのである。
それだけだったなら、わたしは諸手を挙げて喜んでいただろう。
だけど。
わたしが生まれ変わったのが。
どうしてよりにもよって。
「悪役令嬢の、リーネなの――――!?」
天蓋付きのベッドの上で、わたしは枕に顔を埋め、足をバタバタさせながら叫んだ。
そう。本当に最悪だ。
ヒロインのローズになりたかった、なんて贅沢は言わない。いや、本当はなりたかったけど、それはそれだ。
よりにもよって、どうしてこんな役柄なのか。これならば、そこら辺のモブキャラにでも転生した方が、ずっと良かった。
まあ、上流貴族ということで庶民よりも良い暮らしは出来ているし、そこはありがたい。
それに何より、アレスの事を近くから見ることも出来ている。
だけどそれは、諸刃の剣だ。
前世でもアレスに憧れていたとは言え、その時は、物語の中のキャラクターなのだからと諦めがついた。
でも、こうしてホーリーブレイヴの世界に転生した事で、わたしは憧れのアレスと直に会って話す事が出来るのだ。そんなの――
「本気で、好きになっちゃうよ……」
そう。わたしは完全に、アレスに恋をしてしまっている。
この世界に生まれ変わって数年の、まだ幼い頃。住んでいる屋敷が隣同士だった事もあり、わたしは部屋の窓から、隣の屋敷の庭で鍛錬するアレスをずっと眺めていた。
まだ子供なのにも関わらず一心不乱に鍛錬に励む姿は、物語として読んだ時とは比べ物にならないほどかっこよく見えた。
でも、この恋は叶わないのだ。だって、アレスが結ばれるのは、ヒロインのローズだと決まっているのだから。
でも、今のわたしはリーネであってリーネでない。もしかしたら、物語を変えられるかもしれない。
そんな風に思ったこともあったけど、すぐに諦めてしまった。
なんと言うか、わたしと話している時のアレスは、どこか無理しているような気がするのだ。
わたしの事を良く思っていないけれど、でも社交辞令として丁寧に会話してくれている。そんな感じに思えてしまう。
いや、そんなのは唯の言い訳か。結局、わたしはアレスに想いを伝える勇気がないだけ。前世での行動力のなさが、現世でも尾を引いているのだ。
このままでは駄目だ。やっぱり、グダグダと言い訳を並べてないで、ちゃんと想いを伝えなくては。
アレスとローズが出会うエピソードは、目前に迫っている。そうなってしまったらもう遅い。わたしがアレスと結ばれる可能性は、完全になくなってしまう。まあ、今でも限りなくゼロに近い可能性ではあるけれど。
覚悟を決めよう。今夜の社交パーティーで、今度こそアレスに想いを伝えるのだ。
「……ふぁいと~、おーっ!」
「何をやっているのですか? リーネ様」
自分に気合を入れていると、いつの間にかわたしの家専属の護衛騎士であるシフォンが部屋に入ってきていた。
「あ、いや、なんにもしてないよ!」
「そうですか。ノックしても返事がなかったので、どうされたのかと思いました」
「あ、ごめんなさい。ちょっとボーッとしてて」
考え事に没頭していたとはいえ、ノックの音にも気付かないなんて。どれだけ鈍感なのだ、わたしは。
「またアレス様のことでも考えていたのですか?」
「え!? あの、いや、その……」
「別に隠さなくても結構ですよ。リーネ様がアレス様をお慕いしている事は存じ上げておりますから。というか、多分リーネ様の知り合いならば、大体察していると思いますが」
そんな馬鹿な……! わたしは確実に隠し通せていたと思っていたのに……っ!
わたしってそんなに、思っていることが表情に出やすいのだろうか。
うぅ、恥ずかしい。わたし今、絶対顔真っ赤になってるよぉー。
「……想いを、お伝えになるのですか」
不意に、シフォンが言った。
わたしは驚いてシフォンの方を見る。
「顔を見ていればわかります。今夜こそ告白すると、決意なさったのでしょう?」
その言葉に、わたしはコクリと頷いた。
「そうですか……。頑張ってくださいね。応援しています」
「……うん。頑張る」
ここまで背中を押されてしまっては、もう後に引けない。
今度こそわたしは、アレスに想いを告げてみせる!
――多分、きっと、おそらく……
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