第二話 パーティー会場にて――アレス

 俺は、王都に入った後、王宮内部で行われている上流貴族間での社交パーティーへと向かった。

 年がら年中剣を振り回しているような印象の強いアレスだが、一応、本職は上流貴族だ。当然、こういった事もしなくてはならない。


「はあ、憂鬱だ……」


 正直、そんな事をしている暇があったら鍛錬したい。

 そういえば、ホーリーブレイヴでのアレスも、同じようにぼやいていた事があったっけ。

 根っ子の部分は俺と真逆なアレスだが、そういう細かい部分では、似ている所もあるんだよなあ。そう思うと、憂鬱も少し紛れるというものだ。

 まあ、それでも気乗りしないのは事実だ。何せ、こういう場に来ると、嫌な奴と会う事になってしまうのだ。


「こ……こんばんは、アレス」


 噂をすれば何とやら。俺の前に、一人の女が現れた。

 こいつの名はリーネ。俺がホーリーブレイヴで、一番嫌いなキャラクターだ。

 まだ話していなかったが、ホーリーブレイヴは、少年漫画的な冒険譚と、少女漫画的な恋愛物語を混ぜる事で、幅広い層のウケを狙った作品である。

 俺は恋愛部分に関しては全く興味がなかったが、しかしどこか完璧主義的な所があった当時の俺は、恋愛部分も含めてちゃんと物語を読み込んだ。

 そのあたりの話を簡単に説明すると、以下の通りである。


 アレスは、村娘ローズが龍に襲われている所に遭遇し、彼女を助ける。その後、アレスとローズの仲は深まり、最終的には結婚するのだが、こういう物語には障害が付きもの。

 それが、今目の前にいる女、リーネだ。

 リーネはアレスと同じく上流貴族であり、そして、彼女はアレスに恋をしていた。リーネは作中で、あらゆる手練手管を使ってアレスと結ばれようと目論む。

 さらに、アレスとローズが恋仲である事を知ると嫉妬に狂い、ローズに嫌がらせをするのである。いわゆる悪役令嬢というやつだ。


 表向きは大人しそうに振る舞っているが、裏では陰湿な輩である。

 まだ馬脚を露してはいないが、ホーリーブレイヴの物語を知っている俺は騙されないぞ。こいつのことは、常に警戒しておかなければ。

 とは言え、露骨に嫌な態度をとれば、今まで俺が勇者アレスとして演じ上げてきた印象(イメージ)が台無しだ。

 俺は何とか嫌悪感を押し殺し、作り笑いを浮かべて応答する。


「こんばんは、リーネ」


「あの……アレスは今日も、人助けをしていたの?」


「人助けだなんて、そんな大層なものじゃない。

 ある程度剣術の心得があるから、それを活かせることがあるのなら、活かそうと思っているだけだ」


「やっぱりすごいね、アレスは……」


「いや、そんなことはないよ」


 できるだけ自然に会話を交わす。

 しかし、リーネと話していると、「こいつ、こんなキャラだったか?」と思うことがたまにある。

 まあ、もともと嫌いなキャラだったという事もあって、ホーリーブレイヴを読んでいたときは、ついつい穿った見方をしていたのかもしれないな。

 そんな事を考えていると、


「あの、その……アレスに、伝えたいことがあって……」


 リーネが、改まってそう言った。

 何だか、今日のリーネは一段と変だ。なんか、変にモジモジしてるというか……

 と、そんな時、


「アレス、リーネ。少しいいかな?」


 威厳のある声が、俺とリーネにかけられた。

 その声の主は、人界の王様である。

 はて? このタイミングで王様に声を掛けられるエピソードなどあったか? 記憶にない。

 俺がホーリーブレイヴで覚えていないエピソードなどないはずだが……

 まあでも、俺はいつも通り、アレスの性格を演じたまま応対するのみだ。


「はい。どうされました? 陛下」


「実は極秘の話があってな。ここではなんだ。場所を変えよう」


「わかりました。リーネ、すまないが、話はまた後で」


「……あ、うん、そうだね……」


 そう返答したリーネの表情は、明らかに物凄く落ち込んでいるようだった。そんなに大事な話だったのだろうか。

 うん、でもやっぱりこいつ、ホーリーブレイヴではこんなキャラじゃなかったよなあ……。


 そんな事を考えているうちに、俺とリーネは王様に連れられて、人気の無い場所に移動した。

 その後、王様は周囲に人がいないのを入念に確認してから、口を開く。


「魔族の事で相談があるのだ」


 魔族、というのは魔物と人間の中間のような存在だ。

 魔物のような力、そして人間のような知性を持つ、厄介な存在。

 昔は魔物と同じように、種族ごとバラバラの生活をしていたようだが、魔王という存在が彼らを纏め上げ、一つの国家を形成した。

 その後、人間と魔族は長い間戦争を続けたが、決着はつかず、今は一時的な停戦中だ。

 あくまでも一時的なものであり、いつまた衝突が起こるか分からないため、前線では両陣営共に、今もピリピリとした緊張感が漂っている。

 ホーリーブレイヴでは、魔族側の動きが活発になるのはもっと後の筈だが――


「……実は先日、魔王から恒久的な和平の誘いが来てな。どう対応しようか迷っておる」


「なん、ですって……っ!?」


 今度は、明確に言える。こんなエピソードは、確実になかった。

 魔王、及びそれに従う魔族は、ずっと悪役として描かれていた。決して人間に媚びる事などなく、和平などもってのほか。勇者アレスに倒される対象でしかなかった筈だ。

 それが、和平? こんな展開はありえない!

 いや待て、落ち着け。焦りを表に出したら駄目だ。

 とにかくここは、冷静に対処しなくては。

 本物のアレスだったら、ここは何と言う。

 アレスは、ずっと魔族と敵対していた。ならば俺のとるべき行動は――


「お、おそらく、罠……でしょう。魔族は人を襲うことしか考えていない、野蛮な連中。本気で和平しようなどと考える筈がない。この誘いに乗っては彼らの思う壺だ」


 これでいい。これでいい……筈だ。

 だが、一体何故だ? どうしてこんな、物語にない展開になる?

 俺の頭の中は、そんな疑念で埋め尽くされた。


 その後も王様やリーネと会話を続けたが、正直その話の内容は全く頭に入ってこなかった。

 ホーリーブレイヴの物語でのアレスを完全に模倣すれば、必ず薔薇色の未来に辿り着ける。

 そんな俺の計画は、音を立てて崩れ始めた。



◇◇◇



 人生を失敗した人間は、たとえその記憶を持って生まれ変わっても、同じように失敗してしまう。

 むしろ前世の記憶がある分、前世以上に凄惨な――むごたらしいほどの破滅的な人生となるだろう。

 今はまだ序章に過ぎない。

 彼の歩む先にある未来は、暗闇か、はたまた断崖絶壁か。

 少なくとも、その未来が絶望的であることに違いはない。

 これは、そうとは知らずに自ら破滅へと歩みを進める、滑稽な男の物語である。

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