第44話 献身的な妖精
ゼオスは足が動かず、両手で這いながら移動していた。
「クソっ......クソったれが......俺はまだ死なんぞ......!」
しかし森の中では移動速度は圧倒的に遅い。
「はぁ......はぁ......――っ!」
森の中あちこちからガサゴソと音が聞こえる。
「(敵か......野生動物......この状態ではどっちもお断りだ......)」
ゼオスは近くの大木に背を預けると警戒しながらその音に意識を向ける。
「――いたぞぉ!」
魔導士と思しき男は後ろに大声で叫ぶ。
「......貴様は......」
「ゼオス=マルウォルスだね?助けに来た」
「助けに来ただと......もう戦闘は終わったと......?」
「えぇ、だからご安心を――」
「くっ......ふざけるなぁぁ!」
「ひっ!?」
ボロボロで動けないはずのゼオスの突然の怒鳴り声に思わず驚いてしまう。
「俺は......まだ本気を出せていない、醜態を晒しただけで終わっただとぉ!?
これでは納得できない......できるはずがないだろうが!!」
ゼオスが無理やり動かそうとする体を魔導士は必至になり止める。
「みっ皆も来てくれ!ゼオスを抑えろ!睡眠魔法を使っても構わない!」
ゼオスを取り押さえている時と同じ頃――
「ナシアーデ=パナケ様、いま回復を......」
「ありがとう......」
ナシアーデも他の魔導士に治療を受けていた。
「でも、どうしてここに」
「それは――」
魔導士は語る、ナシアーデ達がいなくなった後、町で起きた出来事、魔物を町の魔導士が総出で対処していたことを――
「どうにか町の被害を抑え込む事に成功して、動ける魔導士達が今このように働いているのです」
「そんな事が......」
「対アクロテスにネレイアイ様が向かい、現在ゲライト様が来ています」
「そうだ、みんな――っ!」
ナシアーデは急いで立ち上がろうとするが痛みでふらついてしまう。
「なっナシアーデ様、落ち着いてください!まだダメージは残っています!」
「クラトスや皆が!」
「彼らの保護の為にもネレイアイ様やゲライト様、私達がいるのです、どうか落ち着いて......」
「......そう......なんだ」
ナシアーデは悔しかった、結局足を引っ張っただけだ、魔導協会の魔導士にまでなったのに周りに助けられてばかり、
こんな思いはもう味わいたくなかったというのに――
◆◇◆◇
同じころエルマは町を歩きながら、町の被害を調べていた。
「町の状態は悪くない、皆の奮闘のおかげか......」
魔導士達は怪我人の治療や瓦礫の撤去に奔走する。
「おそらく......長くて一週間は延期だが......試験は再会できるな......」
エルマはホッとする、今回どうにか試験を続ける事ができそうだ。
「エルマ、仕事はこちらも完了した」
「魔導士にも紛れ込んでいたイオブの同志......か」
黒猫の使い魔が話をかけてきた、エルマは簡潔にだがなぜこのような事が起こったのかはゲライトに教えられていた。
「これで、終わりでいいかな」
「あぁ、構わないよ、元々そういう仕事だったんだろう?ヒューシィと......」
「......」
その名を言おうとした瞬間、沈黙が起きた。
「......アテラズと何かあったのか?」
「エルマ、僕はその事は答えない」
「答えない理由は?」
「......しつこい、僕は帰るから、お元気で」
黒猫の使い魔はそのまま、ヒューシィのもとへ帰って行ってしまった。
「......アテラズ......」
アテラズの情報は少ない、元々強い魔導士ではなかったが最近になって頭角を現してきていた。
「頭角......なんてレベルじゃないな......」
エルマは試験を続けるために奔走するのだった。
◆◇◆◇
ゲライトはネレイアイの助太刀をするために森へ向かっていた。
「アクロテス......久しぶりだ」
ゲライトは水の玉に包まれて中に浮かんでいるアクロテスを見て話しかける。
「ゲライト、見ない間に老けたな......」
「久しぶり会った人に言うセリフかネー」
「貴様のそのふざけた言葉使いは変わらないな」
ゲライトは水の玉に浮かぶアクロテスを見ながら話す。
「『水の揺り籠』......結局ネレイアイは君を殺さなかったか、私なら殺してた」
「だろうな」
「君を捕縛し、10年前の失踪から今まで何をしていたのかを聞き出す、
それも大事な事だけどね......彼女は優しすぎる......」
「今に始まったことじゃない......」
アクロテスの近くにはペストマスクが浮いている。
「そのマスクもわざわざ、ネレイアイが渡してくれたのか?」
「そうだ」
「......アクロテス、質問していいかね」
ゲライトは何やら知りたいことがあるようだった。
「ネレイアイと戦っていて......思ったことはあるかね?」
「質問の意味がわからない」
「いやだネー、お固くならないでよ、ネレイアイと君は友人だ、
だから戦闘とか気になっちゃってねぇ」
ゲライトはフレンドリーに、笑みを浮かべて語る。
ネレイアイと戦闘をして、思ったことはあった、
しかしアクロテスにとってゲライトという男は胡散臭い、昔からだ、故に話さない。
「変わらない、ただの優しい大妖精サマだ、私を生かすほどのな」
「ふうむ......なるほど......」
ゲライトはそれを聞くと後ろを振り向く。
「来たか」
魔導士達30人程が現れる。
ゲライトは両腕を背中につけながらこれから始める事を説明する。
「見ての通り巨人種は人間の約2倍から3倍の大きさであり、個体差で大きさも全然違う、こういった相手を搬送する場合、相手に歩かせる必要があるが、できない事が多い、その為に巨人族専用転移の魔法陣を展開する準備をする必要がある、君たちにはその発動の助力の為、魔力の供給をお願いしたい」
「「了解っ!」」
魔導士は威勢よく返事をする。
「良い返事だ、では私は魔法陣を展開していく」
ゲライトは魔法陣の展開を始めるのだった。
◆◇◆◇
ネレイアイは『水の揺り籠』でクラトス、グラデル、ユノを包んでいた。
「皆さま......何かあったらわたくしに......ゼオス様......ナシアーデ様の事も心配だけれど......この魔法は衝撃に弱いから......」
ネレイアイは不安そうに辺りを見る、ゼオスとナシアーデを探す余裕はなかった、『水の揺り籠』は怪我の悪化、腐敗を防ぐ魔法。しかし衝撃には弱い、アクロテスの時は仕方なく、魔法のみ維持したが、今この場は違う、ユノの遺体、二人の負傷者、彼らを守る責務がネレイアイにはあった。
「どうか......ゼオス様......ナシアーデ様ご無事で......」
ネレイアイは心配そうにしている所、グラデルも悪いとは思ったが気になっていたことを聞く。
「......ユノはどうなる?」
グラデルは『ザーンデント』と共に浮きながらネレイアイに聞く。
「......アテラズ様は魔導協会直々の依頼でしたから......この事も報告されていると思うわ......近く魔導士様がユノ様を持ち帰るはず......」
「......ユノはこの後どうなる......?」
「簡易な葬式も挙げられるかわからない......お墓も......ごめんなさい」
「そうか......」
「......死んでしまった事......ごめんなさいね......」
「ふむ、殺されたことは仕方ない......悔しいがな......」
グラデルはユノが殺された理由については納得していた。
「ネレイアイ、クラトスはこの後どうなる......試験は......」
「わたくしは......お医者様じゃないから、わからないわ......大丈夫と信じたいけれど......」
「そうか......そうだな」
ネレイアイはユノの死体が浮いている『水の揺り籠』に近づいていく、若干濁っているのは死体を晒さない為。
「ユノ様......仲良くなってきたのに......グラデル様......ユノ様は何歳?」
「25歳......のはず......」
「25歳......若いわ......でも亡くなってしまった......また一人......いなくなったわ......」
ネレイアイはユノの前で悲しみ、クラトスの所へ移動する。
クラトスはネレイアイの『水の揺り籠』に包まれるとすぐに眠ってしまっていた。
ネレイアイはそんなクラトスに近づいていく。
「......『水の揺り籠』は怪我の悪化、腐敗を防ぐ魔法......長時間は維持できないけれど......どうぞ、ゆっくりお休みになられて?......クラトス=ドラレウス様......」
ネレイアイは新たな魔導士が来るまでずっと繰り返し、話をかけ続ける。
「......」
ネレイアイに悪印象を持つわけではない、彼女は真剣にそれを行う。
優しい献身的な妖精......という評価をグラデルは下すだろう。
しかし
「グラデル様......お好きな食べ物はなにかしら、ふふふ......わたくしお料理得意なのよ?......お時間あったら作るわ......パン?......楽しみにしてて......ふふふ......」
「ユノ様......貴方が裏切りの可能性があるって知った時......悲しかったわ......だから......守秘義務もあったけど......エルマ様には言えなかった......」
「クラトス様......きっとアテラズ様の話題は聞きたくないはず......寝てる間に話すわね?......アテラズ様が禁忌魔法の時間を稼いでくれたのよ......?それだけは......寝ている貴方にも伝えておきたいわ......」
ネレイアイは繰り返す。
「グラデル様の事......正直よくわからないの......経歴も調べたのだけれど......イオブ国と縁深い方かしら......?ごめんなさいね......イオブ国に関してのデータはわたくしの権限では深く探せなくて......」
「ユノ様は最初......わたくしとは、話しやすいと言ってくれたの......嬉しかったわ......もし裏切り行為を自白してくれていたら......わたくしは一所懸命に弁護して......死の結末からだけでも逃れさせたのに......」
「クラトス様......自暴自棄にはならないでね?......貴方にはお友達がいるわ......困ったらお友達に頼って?......もちろん、わたくしも全力でサポートするわ......」
グラデルはずっとこの光景を見続ける。
「グラデル様......」
「ユノ様......」
「クラトス様......」
ネレイアイはずっと話しかけ続ける。
「......」
これは、はっきり言って、異常としか思えなかった。
ネレイアイは話をかけ続けるが返事を返すのはグラデルのみ、後は死んでいる、眠りについている、当然返事は返さない。
「グラデル様......」
「ねっネレイアイ、質問しても?」
「もちろん......何かしら......?」
「その、ユノやクラトスに声をかけてくれているのは大変にありがたい、しかし、いくら何でもかけすぎでは?」
「......?」
「ネレイアイが疲れてしまうのでは?『水の揺り籠』これもかなりの上級魔法だろう、これを維持しながら3人と話し続けるのは大変だ」
グラデルは言った、ネレイアイがどう反応するのか、もしかしたら何か聞こえているのかもしれない。
「ふふふ......グラデル様はわたくしを心配しているのね......ありがとう......それとも試してるのかしら?......ふふふ」
グラデルはどう返すか考えるが本当の気持ちを伝える事にする。
「......それもあるが、本当に心配している」
相手の方が実力は上で相手の魔法の中、立場的には試される側であるのだから。
「あら......わたくし当たってたのね......そう思うくらいにわたくしは変かしら......?」
「......そう思う人はいるだろう」
「昔から......言われてたわ......わたくしは変な妖精って......ふふふ......なんだか懐かしい気持ちになってきたわ......」
話が終わりネレイアイが後ろを振り向くと魔導士達がこっちに向かい歩いてくる。
「ネレイアイ様、遅れてしまい申し訳ありません!」
「ゼオスの対処に手間取りました......すみません」
「ゼオス様やナシアーデ様はご無事......?」
「はい、負傷はしていますが、命に別状はありません」
その言葉を聞いたネレイアイは笑顔を浮かべる。
「あぁ......良かった......本当に......」
「ネレイアイ様、では作業を......」
「......ふふふ......そうね、それでは始めましょう......」
ネレイアイはそれぞれの魔導士に説明をしていく。
「クラトス様は『水の揺り籠』から出した時点で急いで治療を......グラデル様もダメージは大きいわ......」
それぞれの魔導士はネレイアイの言われた通りに動いていく。
「大妖精......」
大妖精だから可能なのか......グラデルはネレイアイが常に魔法を維持しながら作業を行っている事に驚愕していた。
「やはり妖精と人間とでは感覚が違うのか」
グラデルの意識は遠くなっていく。
「眠くなってきたか......戦いっぱなしだったからな......」
グラデルは睡魔に襲われる。
「......グラデル様も......おやすみなさい......」
ネレイアイはそう言ってグラデルに静かな笑みを浮かべた。
「あぁ......グラデル様......クラトス様......無理をしないでお体を休めてね......」
続く――
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