第37話 無力なユノ


―――

――




「誠に残念だが、我が国は負けるようだ」




ユノ=ノエアが5歳の時だった。家族は父母の3人暮らし、誰よりも国の勝利を信じる家族だった。彼女の記憶は曖昧だが何よりも感情で覚えていた。



「そっそんなはずありません!イオブ国は負けるはずが!」


父が先生と慕う魔導士は王宮にも仕える魔導士だった、彼は深刻そうに話す。


「魔導協会は強い、息子も死んだ。......我々は傲慢だったんだ!テーリア島は既に魔導協会の手に落ちた!ここも時間の問題――」

「闇ギルドにもっと――!」

「無理だ――見切られ――の魔道具も――魔導協会に――」

「――!」

「――......!!」




20年前、イオブ国でのユノの記憶は曖昧で、ほとんどが戦乱の記憶だった。




平穏の記憶はなかった、次に思い出すのは逃げ惑う人々と襲う魔導士。

母はもういなかった、既に死んでしまっていたのかも知れない。



「ユノ、大丈夫か、森を抜ければすぐ避難船だ、あそこには沢山のイオブの魔導士が護衛についている」

「パパ......」


父に抱きかかえられながらユノは避難船に向かう、元々は国王のための避難船だった、なぜ一般人が使えるようになったのか、当時のユノはわからない。



逃げ惑うイオブ国の国民を後ろから追いかけてきたのは顔を隠した魔導士だった。

「イオブの民よ、一体いままでの威勢はどうした?」

無力な人間を躊躇なく殺していく。


「俺は魔法すらまともに使っていないというのに」


共に逃げてきた一部の魔導士は時間を稼ごうとする。

「舐めるなよ協会!俺たちの恐ろし――っ?」

魔法の発動よりも前に魔導士は首をはねられてしまった。


「ひっ!?」

「見るな!」


ユノは父に言われ思わず目を瞑る、


「弱い、弱い、これではこのセルミダ、満足せんぞ?」


父親に抱きかかえられながらその魔導士、セルミダを見る。


「早く船に乗らなければ!」

しかし猛スピードでタックルしてくる。

「パパ、あいつが――」

「っ!『シールド』」


「きゃぁ!」

勢いでユノは遠くへ飛ばされてしまう。




「がはっ!」

「パパ......」

吐血し立つことも難しそうにどうにか目を向ける。


「もう二人だけか......ふむ、デザートはどれにしようか」


セルミダは何か考える。


そして


「お嬢さん、よく見ておきなさい」


セルミダは右腕をそれに掲げると黄金の刃に変化した。


「あっ......」


何をするのか、子供心に理解できた。


「だっダメ!お願いお願いします!」

土に頭を打ち付け土下座をする。


「急にどうした?俺が謝れと言ったか?さぁ顔を上げよ」


「お願いします、パパを......殺さないで......ください!」


嗚咽しながら、懇願する。


「ふむ、3回頭を打ち付けよ」

「――!」


ガン!


ガン!


ガン!


一回打つだけで頭が割れるように響く。それを言われた通り3回土下座をして頭を打ち付ける。


「血が出るまで打ち付けよ」

「うっ!――」


ガン!ガン!ガン!ガン!

ガン!ガン!ガン!ガン!


涙が零れそうになるがそれでも父親を助けるため頭を打ち付け続ける。


「ふむ、これはよい、見よあんなにも幼い娘が自身のために血が出るまで頭を打ち付けているぞ?お礼の一言くらい言うのが礼儀では?」

「もういい!もういい......やめてくれ!」


父は泣きながら止める、5歳の娘にこんなことを自分のために強いられている事が屈辱的で恥以外の何物でもなかった。


「こっ......これで......」


頭から血がぽたぽたと垂れている、意識も朦朧としていた。


「助け......」


だが


「ふむ、よいぞ、では死ね」


「――え」


金の刃は首を


「生きろ、イオブの誇りを捨てるな――」

「――!」


ユノ目の前で父親は首をはねられた。


「あっああぁああああ!」

思考できない。


もっと力があれば防げたかもしれない。


無力、あまりに無力だ、相手から脅威とされないとあらゆる行為、行動は意味をなさないんだ。





「何を言うかイオブ国は今日にて滅亡。亡国の民、お前も死ぬがよい」

「!」


狂ったように逃げていく。


怒り、悲しみ、無力、だがそれでも父に託された思いを胸に生きなければならない。


「遅い」


セルミダは隠し持っていたナイフをユノに投擲する。


それはユノの背に向かって突き進む、だが


「『レイ』」


森の中より光の一線がセルミダのナイフを破壊する。




ユノは投擲されたことには気が付かずに森の奥、避難船に向かって逃げていった。







「はぁ、はぁ」


避難船には人が沢山いた、我先に我先にと乗っていく人たち。


「もうすぐ出向します!早く急いで!」



ユノは走り、何とか避難船に乗り込んだ。




ユノは心に刻む、己の無力さ、目の前で殺された父の事、そして

「セルミダ」

その魔導士の名を――


それは20年前、イオブ戦争一部の出来事。

ユノ=ノエアが5歳の時の出来事だった。






―――

――






「グラデル!貴方にはもう何回も言いました!私の気持ちはずっと変わらない!イオブ国の復興!そして無力であったあの時の私。あの気持ちを忘れないこと......今日より始めるは魔導協会への復讐!私達、イオブの民の恐ろしさを今一度思い出させるのよ!!」


熱狂的に両腕を空に掲げるユノをグラデルはただただは寂しげに見つめている。


「お前、一体何をしようとしている!?」


クラトスはユノが何かとんでもないことをしようとしていることだけはどうにか理解していた。」


「この町の住人を全員殺します」

「殺す......?」

「えぇ、殺します」


ユノの発言に絶句する。


「厳密にいえば0時になった時生贄にする、ですが」

「なんだとふざけるな!」


腕を伸ばして魔法を撃とうとするが

「無駄ですよ、魔封じの鎖で貴方は魔法を使えません」

クラトスは魔法を使おうとしたが使えなかった。


「なら、鉄格子を!」



カキンッ!



鉄格子を剣で叩き切ろうとするがびくともせず、攻撃を反射するようにクラトスに向かって光の刃が返ってくる。

「あっ!?」

クラトスは咄嗟に避けて、無事に済んだ。見た目こそ鉄だが、鉄ではない何かなのだろう。

「危な!」

「馬鹿め、少しは冷静になれ」

「......クソ!」

ゼオスはクラトスに注意をすると、ユノの方を向く。


「貴様......何の生贄にするつもりだ?」


ゼオスがユノに聞く。


「ゼオス、貴方の口の悪さも今日で最後にしたかったですね」

「なんだ?殺せないのか?」


ゼオスは挑発的に笑みを浮かべる。


「アクロテスの考えはよくわかりません......。ただ貴方達にアクロテスが興味あるようですし――」

「私以外は......だろう?」


グラデルはユノの言葉に合わせるように話す。


「グラデルさんは何か知っているの?」


ナシアーデはグラデルが意味深げに言った言葉に疑問に思い聞いた。


「グラデルで構わないぞ?君たちがここに呼ばれた理由はアクロテスの考えなのだろうな、しかし私をここまで連れてきたのは他でもないユノの独断であった」


グラデルは静かにユノを見る。

「......」

ユノは何も言わない。


「私が殺せなかったのだな?」

「......そうですよ」

「だから、私を、私だけを助ける気だったのだな?」

「......貴方はイオブ復興の同志として魔導協会と対となる組織を作ろうと躍起になっていた、ただ変わらない現実に苛立ち私達は力での行使を計画していました」


ユノは語る。


「私は賛同してくれると信じてましたよ?、魔導協会本部に急襲をしかけ屈辱と不名誉を与える事。......でも貴方はそれを最低な行為と言い残し去って行った。その後はこの通り、グラデルのいなくなった私達はより暗部に突き進んでいきましたよ」

「だそうだ、諸君!」


グラデルはクラトス達の方へ向く。


クラトスはユノの行動に納得できない。

「グラデルが去って当然だ。お前らは結局何処に向かおうとしてるんだ、イオブ復興とか大層なこと言ってるが、やることは魔導協会への屈辱。その後は?」

「さっきも言ったはずですよ、イオブの民の恐ろしさを思い出させる」

「それで、その恐ろしさを教えるのに使うのがアクロテスの魔法か?」

「......」


この男はなんだ、ユノは苛立つ。


「なっ煽ってどうするの!?」

ナシアーデは言うがクラトスは聞かない。

「イオブの民の恐ろしさ、お前の力で教えろよ、『蛇の牢』これもアクロテスのだろ?お前は弱くないはずだろ!?試験管になれる実力を持っているはずなのに!」

「なっ何ですか、貴方」

「どうした格下の俺に怖気づいてるのか?鉄格子を挟んでいるから安心だよな!?」

「~~!」


悔しい、ユノは自分より格下相手にイオブの民を馬鹿にされ、自分自身も馬鹿にされた、ここまで言われて何もできないことに腹立たしさを覚える。


「ユノ、挑発にのるな」

「――アクロテス!」


振り向くとペストマスクの男、アクロテスが『蛇の牢』に向かって歩いてきていた。


アクロテスはクラトス達の前に立つ。

「(こいつが......アクロテス......)」


見るからに不気味な存在、魔導協会に追われているらしいが、こんなにも異様な存在が誰にもバレずに活動できていることの恐ろしさをクラトスは感じた。




「初めまして諸君、私の名はアクロテス=ヘスペー、魔導協会にいたころは禁忌魔法の研究、魔道具の研究に没頭した魔導士だった。以後お見知りおきを」


アクロテスの異質な存在感にみな言葉を失う。

「......あっ貴方は一体何をしようとしているの?」

最初に口を開いたのはナシアーデだった。


「至極簡単なことだ、町の地下より魔界の門を開ける」

「......貴様、それはどういう意味だ」


ゼオスは聞く。


「人間がだね、魔物を召喚するのは肉体的にも魔力的にも限度というものがある。しかしだ町とこの町に生きているすべての魔導士の魔力を使いそれらを媒体にすれば、肉体の制限も魔力の制限も人の何倍も何十倍もなくすことが可能、それこそ本来人間が召喚不可能な魔物を召喚することさえ可能......だとしたら!」」


アクロテスは徐々に歓喜的に言葉を荒げる。


「これは......これは、本ッ当に素晴らしいことなんだ!想像してほしい!」


アクロテスは鉄格子の目の前まで歩きながら語り掛ける。そしてクラトス達の目のまえに立つ。


「そうだ!想像してほしい!子供の頃に夢見た御伽噺や伝説を!かつて周りに夢物語と馬鹿にされて来た理想を!それが実現できる可能性があると分かった時の気持ちを!君たちは幸いだ......何せ伝説の序章を特等席で目撃できるのだから!!」


アクロテスは情熱的に、まるで演説でもするかのように語るが他の者はそれをただ黙って聞いている。


「今までは理論としては可能でも人的資源も状況もかみ合わなかった......しかし!今日は違う、イオブの魔導士達がいる、試験で盛り上がっている魔導士達、これら全員を生贄にする状況は整い、ついぞ私の実験の照明はなされるのだ!!」


興奮し声を荒げ、顔を見えずとも心の底から彼は歓喜していることがわかる。


「どうして俺たちを閉じこめる?口封じなら殺せばいいだろ?」

クラトスの疑問にアクロテスが答える。


「確かに君たちは邪魔だ、余計な騒ぎを起こされても困る、さっさと殺すのが得策ではある。ただ特異的な魔力を有する者ならば、また別だ、使いどころが他にある」

「......お前の言う実験にか?」

「......そうとらえて貰って構わない」


アクロテスは言いたいことは言い終えたのかその場を後にすると、ユノも話すことはなくなったようでこの場去っていく。


「君たちはここで観戦していればいいんだ、私はこれで......」

「グラデル、貴方はそこにいて見ていてください、我らの怒り、我らの力を」

「まっ待て」


クラトスの言葉を無視してアクロテスとユノはその場を後にする。


空は月と星が見える。既に太陽は完全に落ちている。


「......もう夜......確か言ってたな、0時に生贄にすると」

「だが、どうする貴様らも俺も魔法は使えん」

「クソっおらぁ!」

クラトスは剣を鉄格子と外壁に力を込めて切る。


カキン、カキン


二つの光の刃はクラトスとゼオスに向かって跳ね返る。


「危っ!」

「いっ!」

両者は間一髪避ける。

「きっ貴様俺を殺す気か!」

「仕方ないだろ!今思いつくのは鉄格子や外壁をどうにか壊すことくらいだ!」


クラトスやゼオスはどうにかここから脱出する方法を考えていた。


「ふぅむ、やはりだめだ!反対に向かってもこちらに戻っているな!」

「チッ、腹立たしい」

「身動きがとれるだけマシか......」


グラデルは鉄格子の真逆の方角へ歩いてみたが、同じ場所に帰ってしまうため、だめであった。


「はあああ!」

「貴様、何してる!」

「魔力を勢いよく出して鎖を割る!」

「あんた!それ危険よ!体、破裂するかもしれないのよ!?」


クラトスは魔力を無理やり放出しようとするが鎖はそれを縛り出させない。

最悪魔力が出口をなくし体が爆発する危険性があった。


「いや、俺はやるぞ!あのまま奴らの計画通りに進んだら多くの人間が死ぬ!」


鎖は薄い緑色を発行しながら震える。


「うおおおおおおお!」


鎖は激しく震えるものの壊れない。


「はぁ、はぁ」


クラトスは激しく呼吸をする。


「もう一回だ......」


クラトス同じことを繰り返す、無理やり魔力を放出することは苦痛であるはずなのに

「(冗談じゃない!俺の目の前で人殺しますだなんて宣言されて我慢ができるか!)」

クラトスは繰り返す。


「......私もやるわ、今のところ思いつく事、それだけだもん」

「私もやろう!、私にも責任がある!」


ナシアーデとグラデルも同じくやり始める。


「チッ馬鹿どもが、それで力尽きたらそれで終わりだろうが、ただこのままいるのは癪だ、アクロテス......奴を倒してやる、必ず!」


ゼオスも覚悟を決める。





クラトス、ナシアーデ、ゼオス、グラデルはどうにか『蛇の牢』から抜け出しユノ=ノエアの復讐、アクロテス=ヘスペーの野望を止めることができるのか?



続く――

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