第36話 暗躍する者 追跡する者

太陽が沈んでいく中、森の中、町を見渡せる丘の上で魔導士が何かを話している。


「――エルマ様からの伝言は異常です」

「そう......ですか」


紫のローブに紫の三角帽子の女性、ユノ=ノエアは黒い影からエルマより伝言を聞いていた。


「エルマも責任感がないですね、まぁ私としてはありがたいですが、よろしい戻りなさい」

「はい」


ユノは影に命令すると影はユノの影と同化していった。


「ユノ様、今日......ここで本当に行うのですか?」

ユノの近くにいた複数の人、そのうちの一人の男は何処か不安げに聞く。


「......ええ、時間をかければバレる危険性がある、ばれたら私たち全員殺されるから、気を付けてね?」


男は意を決したのかユノに対し強く、声を出す。

「しかし、こんな一般人がいる街中で行う必要はありません!もう少し状況を――」

「なりません!いまこの時、魔力の多い魔導士と非正規魔導士がまとまっている空間、魔導士の数が多すぎて警備なんて出来はしないこの状況が最善なのです!」


ユノは男の声をかき消し、逆に男を言い負かす。

「今この瞬間しか......」


男はあきらめた様子で小さく声を出す。

「......はい」

「一人いませんね?」


ユノは辺りを見るがどうやら一人かけているようだった。


「私達も知りません、アーシアに来ているのは確かですが」

「補填はあります、計画に支障はないです。夜の12時に発動させますので、準備を。例の男はあのまま『蛇の牢』に閉じ込めておきなさい」


「了解」


話合いが終わった人たちは計画通りに散らばる。


「これでいい、そう、これで......」


ユノはポケットからペンダントを取り出すとそれを握りしめ、祈るように目を瞑る。


「大事そうだねぇ」

「――」

声に驚いたユノは声の方に振り向くと小柄なペストマスクをした男が立っていた。


「......どうしてここに?」

「いやなに、私は自分が作ったものを自分で見たいんでね、同志殿」

「わざと言ってるのでしょうね、アクロテス、私は貴方の同志じゃない」


アクロテスと呼ばれた男は町明かりを見ながら語る。


「今回の計画成功するといいねぇ、私も楽しみだ。町単位での実験なんてそうそうできることじゃない」

「......実験だなんて言わないでください」

「おっと失敬、崇高な復讐......だったかね?ん?」

「......」


ユノはアクロテスを無視して事務的に語る。


「今日の夜12時、決行します、アクロテス、貴方も手伝いお願いしますよ、そのために魔導協会の機密情報を与えたのですから」

「当然、私としても最後まで見届けさせていただくつもりだからね」


二人は夕暮れ時の町明かりを思い思いに眺めていた。



◆◇◆◇



クラトス達はナイミアの病室に向かう。


「わぁぁぁぁぁん!クラトスさぁぁぁん!勝てましたぁぁぁ!」


ナイミアはベッドで横になっていなければいけないにも関わらず、クラトス達が来るやいなや、駆け寄りクラトスに抱き着いた。


「ああぁぁ痛いですぅぅ!やっぱベッドまで連れてってぇ!」


ずり落ちるようにクラトスに膝をついてもたれかかるナイミア。


「お前は一体何がしたいんだよ!全く......うわ、重っ」

「ひっひどいっ!」


クラトスは姫様抱っこして、ベッドに向かう。

ベッドにナイミアを寝かすと聞きたかったことを聞く。

「グラデルの居場所は知ってるか?」

「いっいえ、グラデルさんと今日は合ってませんねぇ」

「そうか」


近くの椅子に座っていたガルフは「気にする必要もないであろう」ととくに気にする素振りもなく話す。


「グラデルは勝手にいなくなる人には見えないけど」

アリスはグラデルの人柄からして勝手にいなくなる人ではないと思っていた。


「探しようがないしなぁ」


クラトスも気には留めていない、グラデル自身実力のある魔導士であり、正直自分たちよりもしっかりしているからだ。



クラトスはナイミアから離れると「少し外の空気吸ってくる」といって病室から出ようとした。

「私はナイミアとお話してるわ!」

「アリスは我が見ておくぞ」

「あぁすぐ戻る」



クラトスは病院を離れて町の中をフラフラと歩く、太陽は落ちていき、オレンジ色の空は徐々に紫色に変わっていた。


「じいさん......」


時々、ふと思い出す。祖父が生きていた頃の記憶、彼は豪快な男で家を破壊しては祖母に怒られる。そして魔法の才もあり、そのおかげもありA級の魔導士であった。

しかし10年前に任務中で亡くなってしまう、その葬式の時に父親はおろか母親すら来なかった。

それはクラトスにとって両親への、特に母親がいなくなった理由である父親への失望感を感じた。


「なぜだ、親父」


父親は祖父のような豪快さはなかったが優しい人だった、母はいつもそんな父の背を押して一緒に魔導士として働いていた。


「......あー、ダメだダメだ」


一度思い出すときりがなく思い出してしまう、クラトスは頭を振り、思い出さないようにする。


「コーヒーでも......ん?」


気持ち落ち着かせるため、喫茶店を探していると見覚えの人が何かを探しながらきょろきょろとしていた。


「ナシア......か」


何かを探すナシアーデを見た、クラトスは一瞬話をかけようとしたが魔導協会での仕事があるだろうと、そのまま無視して進もうとした。


「あっクラトス、こんなところで何してるの?」


しかし、ナシアーデはクラトスを見つけて駆けてきた。


「なんとなくフラフラしてただけだ、ナシアの方こそどうした話しかけてきて」

「なんとなく、しんみりした顔してたじゃない、クラトス」

「何か探してたんじゃないのか?」


クラトスに聞かれると「あぁ」と少しつぶやき。

「そうだった、カベイアさんに呼ばれてたんだった」

「カベイア?」

「そう、ほらエセルさんの時の赤いローブの子」


クラトスは思い出す、確かにあの時男口調な女の子がいた。


「なんで呼ばれたんだ?」


「カベイアさんはゼオスと一緒に試験内容漏洩の任務について――」


ナシアーデは自分が今重大なことをしでかしたことに気づく。

この事は内密に行われたことで当然他の魔導士に言っていいことではなかった。


「――」


クラトスは口をあけながら困惑を隠せない。

「きっ聞かなかった事に!」

「いやっ無理だろ!」


ナシアーデは頭を抱えてしまう。


「誰にも言わないから落ち着けって......」

「あぁ~!」


少しが立つとナシアーデは落ち着きを取り戻した。


「しかし、裏でそんなことが......」

「そう、今回の試験でエルマさんも大変だったのよ?」

「あの男がかぁ」


エルマは偉そうにしているイメージしかなかったが印象とはどうやら違うようだった。


「カベイアさん確かこの辺のいるっていってたんだけど......」

「もうどっか行ったんじゃないか?」


クラトスとナシアーデが話をしていると

何やら揉め事が起きているのか、クラトスの目の前で人がどよめいていた。


「ナシア、行ってみよう」

「えぇ!」


クラトスとナシアーデは揉め事が起きた場所に向かう。



◆◇◆◇



「おいゼオス、あの魔導士だ」

カベイアが指を指す先には、町中を歩いている男がいる。

「......」

その男をゼオスは腕を組みながら見ていた。


「魔導士の名はサンル、4年前から魔導協会で働いている魔導士だ、試験の一月前から定期的に外部の人間と合っているし、同じような魔導士同士も頻繁に集まっている、私もどうにか尻尾をつかむことができた、大体の魔導士は投影で追跡はできなかった。そんな集会の中で頃合いの良い未熟な魔導士がいて本当に運がよかった」

「この数日でか?」

「私を舐めるな、私は音を消す魔法も、使い魔も豊富なんだ、こんな仕事私一人で十分だったな!」


カベイアは当初頼まれたときの不満を忘れて自信満々にと腕を組む。


カベイアは自信ありげに言うが、ゼオスは表情を変えずに

「それがなんだ、外部の人間との接触、そんな珍しいものではないだろう」

とカベイアに言い放つ。


「まぁまて、問題はその合ってる人間だ、誰だと思う?」


カベイアはニヤニヤしながらゼオスに聞くと、ゼオスは苛立ったのか声を荒げる。


「なんだ、勿体ぶらずに言え!」

「いっいちいち怒るなよ、アクロテスだ」

「......」


その言葉を聞いた瞬間、ゼオスは冷静になる。


「本当か?」

「確かにそう呼んでた」


ゼオスは何か考えていると、カベイアは歯を軽く見せ

「どう見たって、怪しいだろう?」

とゼオスを横目に見る。

「そうだな」


ゼオスは腕を組みながら町の中を進み、魔導士サンルに向かおうとするとカベイアはすかさずゼオスを止めた。

「まっ!まてって!まだ試験情報の漏洩に関してはわかっていないだろうが!」


そんなカベイアにゼオスは

「そんなのは力づくで白状させればいいだろう!」

と文句を言う。


「言わなかったらどうする!もし半端に捕まえて何かあったら......残りの存在が何かしでかしたら......」


止めようとするカベイアに対してゼオスは文句を言う。

「なぜ止める!そんな悠長にしていられるか?アクロテスが本当にかかわっているとしたら......漏洩は小さいことだ気に留めるな!」

「そっそれは......」

「今、俺の優先順位はアクロテスだ、試験情報の漏洩なんてのはエルマの失態でいい!」

「......たっ頼まれたじゃんか......試験情報漏洩を調査しろって......そっそんなの悪いだろぅ......」


カベイアは声を小さくして、ゼオスに言う。

カベイアは普段こそ男口調で自身ありげだが、相手に押され始めると、とたんに声を小さくしてしまう。


「......貴様は他の魔導士を調べろ」

「え?」

「俺はサンル、奴の後を追う、貴様は他の魔導士を調べ上げ試験漏洩は誰がしたことなのかを見つけろ、いいな?」

「あっちょっ――」


ゼオスはカベイアの言葉を最後まで聞かず、ずんずんとサンルの後を追った。


「なんだよあいつ......ちょっといいとこあるじゃんか」


カベイアは何とも言えぬ気持ちをしながらその場をあとにするのだった。





◆◇◆◇




つけられている。


サンルは何かにつけられていることは最近になってようやく気が付いた、どれほど前からだったのかはわからないがユノの事がバレていなければ幸いだ。


「(アクロテス......奴の魔道具はすごい、使い魔の尾行にも反応するだなんて......)」


ある日アクロテスから言われた「君はつけられている、計画の邪魔になる」と、それと同時に小さなイヤリングをもらう。そのおかげでサンルは人よりも魔力に敏感になり、使い魔が常に近くにいることを把握できた。


「(俺がしくじって、失敗するわけには)」


彼は何もしないことに決めていた、そうすればバレることはないどころか相手の目を奪える。


「(すまない、俺の代わりに計画を遂行してくれ)」


そう祈りながら平然と歩いていると


「っ!」


今までとは違う魔力が明らかにこちらの距離を詰めながら追っていた。


「(なっ......強硬手段か!)」


前から近づいているが人が多く見分けがつかない、一応の対抗手段を考えながらいると。


距離は近づいていき


そしていきなり。


「グヴぁ!?」


サンルは顔を殴られる。


「きゃぁ!」


周りの群衆は突然の喧嘩沙汰に驚く声上げるが相手は今度が腹を殴ると意識を失い持ち上げられてしまう。


騒ぎが大きくなる前に人通りの少ない路地裏に連れていかれてしまった。


「ぐっ、いっ一体......」


サンルは突然のことで混乱していると目の前に紺色の髪をした魔導士がにらみつけながら見下ろしていた。


「あっ、ぜっゼオス=マルウォルス!」

「さすがにこの俺の名は知っているようだな?」


ゼオスは少し口に笑みをこぼす。


「単刀直入に聞く、貴様とアクロテスの関係はなんだ?」

「......奴から強力な魔道具を買ったりしている、それだけだ......」

「ならアクロテスの元に案内しろ」

「っ!むっ無理です!」


サンルは見るからに焦って言わない、実際あちらから呼ぶため、こちら側からは呼ぶことはできない、それになにより


「(もし、アクロテスのことをバラしたら......殺される!)」

「......言わないか、なら言うまで殴るだけだからな」

「そっそんな......」


ゼオスが拳を作っている時だった。


「ゼオス!?これは一体なんだ?」

「――!」


ゼオスは思わず振り向くとクラトスとナシアーデが困惑しながら近づいてくる。


「チッ、クラトスにナシアーデか、こいつから情報を聞き出す仕事中だ邪魔するな」

「......雑すぎないか?」

「ゼオス、カベイアさんは?」

「その事は後で――」


ゼオスは用事を素早く終わらせようとした、


「――っグブブブ!?」


サンルは突然苦しみ始め、口から紫色の泡を吐き出す。


「ひっ!?」

「なんだこれは!」


クラトスとゼオスは驚き、ナシアーデも気味悪げに見る。


紫の泡は蛇の形をし赤い瞳はクラトス達を見はじめ、しゃべる。


「――ふむ、これでは計画の邪魔になる」


その魔力から尋常ではない存在と感じ取ったクラトス達は戦闘態勢をとる。


「っ!ゼオス、ナシアーデ!」

「貴様に言われるまでもない!」

「っ!」


紫の蛇は怪しい笑みを浮かべながらしゃべる。


「ここでの戦闘は勘弁だ、さすがにバレる、だから――」



紫の蛇は静かに光り。



「君たちにも移動してもらおうか『蛇の牢』!」



「「っ!?」」



蛇は急激に大きくなり、一瞬でクラトス達は飲み込んでしまった。




目を覚ますと辺りは生暖かく薄暗い気味の悪い場所に起きた。


「(......なんだ此処......死んだのか?)」


クラトスの体には鎖がつながれていた、どうやらこの鎖は魔法を無力する効果があるようだ。


「とりあえず、前に進んでみよう......」


何が起きたのかよくわからないが、自分が生きているということはナシアーデやゼオスは生きているだろう、そう信じて前へ進む。


「――!」


聞き覚えのある声にクラトスは思わず走る。



「なんだ!新入りか!はっはっはっ!」

「なんなんだこのうるさい男は!くそ!なぜこんな目に......」

「そんなこと言ったって......あっ!クラトスこっちよ!」


ナシアーデ、ゼオスそしてグラデルは外の見える鉄格子の辺りにそれぞれ座っていた。


「グラデル!いないと思ってたらこんな所にいたのか」

「あぁ!全く情けない限りだがな!」

「チッ、本当に情けない現状だ、全員が魔封じの鎖をつながれて完全に罪人状態だ、これでは魔法が使えない」


クラトスはホッとして座る。


「死んでないだけマシとは言え、どうしたものか......」

「私たちどうなるのかしら、誰もここにいること知らないもの」


色々と話し合っていると鉄格子の外から誰かがやってきた。



「――さん、ここに新しい人が3人も現れたんです」

「そう、わかりました」


何か話した声が聞こえたかと思うと足音はより近づいてきた。


「......」


クラトスとゼオスは皆より前に出て身構える。


「初めまして......ではないですよね......」


紫のローブに紫の三角帽子の女性ユノ=ノエア


「どこかで......あっお前は試験管の!?」

「......貴様は......」


クラトスは驚き、ゼオスも悔しそうにするがナシアーデが何より驚いていた。


「ユノさん、これは一体?私達は何も......」

「......アクロテス、一体何のつもりで......」


その言葉に驚いたのはゼオスだった。


「アクロテス......まさか貴様がつながっていたのか!?」

「アクロテスって?」


アクロテスのことをクラトスとナシアーデは知らなかった。


「貴様ら......そんなことも知らないのか!?」

「ゼオスさん、私が説明します」


ユノが割って入る。


「アクロテス=ヘスペー、魔導協会の禁忌魔法研究者であり、同時に魔道具の研究家、将来を有望視知れていたけど、10年前に禁忌魔法を含む様々な機密情報をもって失踪した、それがアクロテス、魔導協会が捜索している魔導士の一人です」


淡々と説明するユノに対してナシアーデは混乱する。


「ユノさんはそのアクロテスとつながっているの......?」

「えぇ、ただ勘違いしてほしくないですが、協力者というだけです」


ユノの言葉に反応するようにグラデルは言葉を挟んでくる。


「ユノ!今すぐその男から手を放すべきだ!」



その言葉にユノは口を荒げる。





「グラデル!貴方にはもう何回も言いました!私の気持ちはずっと変わらない!イオブ国の復興!そして無力であったあの時の私。あの気持ちを忘れないこと......今日より始めるは魔導協会への復讐!私達、イオブの民の恐ろしさを今一度思い出させるのよ!!」




ユノは熱狂的に両腕を空に掲げる――



それをグラデルただただは寂しげに見つめていた――




続く――

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