13話 VSドラゴン2
「お、おい…こ、これ…」
「お、おおおお落ち着いてください。まずは深呼吸を…いや、この場合は死んだふり?」
「お前が落ち着け」
ドラゴンの姿は見えないので不気味だった。大きな空間にたどり着いてから足音が消えた。バサバサという羽の音がしたかと思うと、頭上をなにかが横切っていく。その風で、レイの帽子が取れそうになったが、手で押さえて防ぐことができた。ドラゴンが向かったその先にはメガリスとルナがいる。二人は細い道を歩いている最中だった。
「そっちへ行ったぞ!」
「うわっ!」
風圧によって、ルナの体がよろけ、穴に落ちそうになった。しかし、どうにか踏みとどまる。
「グガアアアアアッ!」
人間の気配や匂いを察知したのか、ドラゴンは吠えた。ビリビリとした不快な音に思わず耳を塞ぐ。
「えっと、えっと。ど、どどど、どうしましょうか? ローレン」
レイはすっかりとテンパってしまって、使い物にならないようだ。自称天才のメンタルはもろいようだった。
とにかく二人の命が大事だ。
「メガリス、ルナ。早くこっちへ!」
「は、はい…」
「あわわわわわわ…」
「おい。服をそんなに引っ張るな。破れるだろ」
「か、神様、師匠、私をどうかお救いください、神様、仏様…」
ダメだこりゃ。
二人は細い道を通り、駆けてきた。しかし、ドラゴンの巨体がその道を塞ぐ。ドシンッと着地した位置はローレンの前方だった。
暗闇の中、ドラゴンの炎が口から見えた。そして次の瞬間、火の息が吐かれる。メガリスはドラゴンシールドを構え、火を防いだ。買ってよかったドラゴンシールド。しかし、長くは持ちそうにない。
くそっ。このままでは二人が危ない。助けにいかないと。
しかし、動き出そうとすると阻むやつがいた。レイだ。
「ひ、一人にしないでくださいっ」
半泣きした声で訴える。
そんなこと言ってる場合じゃあ…。お前のテレポートでなにかできないのか?
そこではたと気づく。
「レイ。あのドラゴンをテレポートできないか?」
「え?」
「どこでもいい。例えばあの穴のほうに、だ」
「で、できるかどうかわかりませんが、やってみます」
そうしている間に、ドラゴンの攻撃は続く。主に戦っているのはメガリスだ。ルナは加勢しようにもどうしていいかわからず、立ち止まっている。
「テ、テレポート!」
レイはドラゴンに向けて杖を向けた。そして、遠くのほうに杖を向け、移動させる。目の前にいた巨体が突如姿を消し、メガリスは驚いた顔を見せた。ドラゴンは穴の中に落下していく。
「今のうちだ! 逃げるぞ!」
ローレン、レイの二人も急いで逃げていく。大きな空間から少し狭くなった通路に出て、やや緩やかな傾斜を上り、そして外に出た。四人は無事、出ることに成功。
「はあ、はあ…」
全員が全速力で入り口まで来たため、息を切らしていた。外に出たので一安心とはいかなかった。ドシン、ドシン…とドラゴンの足音が後方から聞こえる。
「来るぞっ!」
「ど、どどどどどうするばいいんです?」
「とりあえず逃げるしかないだろ!」
「逃げるってどこへです?」
「知らん! とりあえず南だ」
元来た道へと引き返す。しかし、このまま街まで逃げるわけにはいかない。そうなればドラゴンが街の中に侵入し、大変なことになる。
どうにかしないと…。
ローレン、メガリス、レイの三人が逃げ出す中、ルナだけは入り口の穴付近で立ち止まった。そのことにローレンが気づき、立ち止まる。
「なにやってんだ! 早くこい!」
「クックック…。ついに我の力を見せるときが今、来たようだな!」
「「「ええ!?」」」
「アホか! 死にたいのか!」
「…バカは放っておきましょう」
ドシン、ドシン…。
地面が震える。そして、大きな穴からドラゴンが出てきた。暗闇なのでよくわからなかったが、日の光を浴びて、初めてその大きさに驚く。体長は五メートルほどだろうか、まるで家の大きさだ。鱗で覆われた体、そこから伸びる尻尾は後方に続いている。ヘビのようにギョロリと黄色の目を下に向け、小さなルナを見下ろしていた。大きな牙を持つ口を大きく広げ、再び吠えた。
「グガアアアアアッ!」
うるさっと耳を塞ぐ。ルナの白い髪がその音によって激しく揺れた。
「…わ、我に歯向かうとはいい度胸だ。け、消し炭にしてくれるわっ!」
威勢のいい声だったが、足が震えていることがわかった。そして、ドラゴンは目の前のやつを排除しようと、口から火が漏れ出た。次に、火の息をはくサインだ。
「ルナ!」
火の息が吐かれ、ルナは全身でそれをまともに受けてしまった。買ったばかりのコートが燃えるが、なぜか髪は燃えず、肌も燃えない。だが…。
「あっちい!」
ルナはそういって、焼けたコートを着たままローレンのほうに走ってきた。
やっぱりダメだったようだ。
「あちちちちちちちちっ!」
「うわ! バカ! こっちに来るな!」
再びドラゴンとの鬼ごっこが始まった。
「脱げ! コートを脱げ!」
「そうかっ!」
気づくのが遅い。ルナはコートをどうにか脱ぎ捨てて走り出す。
後ろから迫ってくる恐怖の中、メガリスが走りながら声をかけてきた。キリっとしたマジメな顔をしている。
「こ、このまま街に向かうのは…街の人たちを危険にさせます」
「わかってる。奴の背後に回り込めばいい」
「どうやって?」
「レイ、お前だ」
「わ、私です? これ以上私を巻き込まないでくださいっ」
「テレポートだ。メガリスをドラゴンの背後に移動させろ」
「うう…。そ、それは可能ですが、魔力の消費が…。それに怖いです」
「怖がってる場合かっ! 天才なんだろ!」
「そ、そうです。私はて、天才!」
レイの足が止まった。彼女は腹を決めたという顔をしていた。続けてメガリスとローレンの足も止まる。
「い、いきます!」
「お願いします」
ドラゴン、そしてルナが近づいてくる中、レイは魔力を杖に注入させる。額に汗がダラダラと流れ始めた。
ドシン、ドシン。
「た、助けろ! 早く我を助けろ!」
ルナはドラゴンの振り上げた足に踏みつぶされそうになった。
「ふぎゃ!」
変な声と一緒に、間一髪かわす。なかなかの俊敏性だ、と感心している場合ではない。魔力が溜まったのか、杖をメガリスに向けた。フッと彼女が消え、それからドラゴンの後方に彼女が現れる。
鞘から剣を抜いたメガリス。隙だらけのドラゴンの背後、その絶好のポジションから剣を振り下ろした。
「グガアアアアッ!」
確かなダメージがあったのだろう、ドラゴンは唸った。それは威嚇とは違う、苦しみが混じったものだった。が、しかし…。
倒れるほどのダメージを負うには弱すぎたようだ。ターゲットを勇者のほうに変えたドラゴンは、尻尾を振った。それがメガリスの顔に当たり、吹き飛ばされる。
「キャア!」
倒れるメガリス。
「くっ!」
ドラゴンは勇者のほうに体を向ける中、ローレンはポケットの中に納まっていたアルルを見た。彼女はこくんとうなづく。
アルルは光の玉となり、そこから剣となった。羽のような装飾がついたそれをローレンが両手で持つ。そして、振り上げた。
「うおおおおおおっ! くらえっ!」
振り下ろした。大きな斬空波が向かう先は、ドラゴンの背中だった。音に気づいたのか振り向こうとするドラゴンだったが、もう遅かった。
「ガッ!!!!!」
大きな衝撃が巨体を揺らす。そこから大量の血が噴き出し、唸り声をあげることもないまま、ドラゴンは前のめりに倒れた。地震のような地面の揺れが起き、パラパラと砂が落下する。そして、静まり返った先に見えたのは、仰向けになったメガリスのポカンとした表情だった。
「す、すごいです…。ド、ドラゴンを一撃で…」
「…」
レイは驚きの声をあげた。ルナは無言だ。そして、戻ってきたメガリス。信じられないといった顔をしたままだった。
「ローレン。今のは…」
「ああ。精霊の力だ」
「…すごいですね」
「いや。メガリスのおかげだ。やつはだいぶ深い傷を負っていた。だから致命傷を負わせることができた」
「そう…でしょうか?」
彼女は納得がいってないようだ。疑問が残るような、そんな口調をしていた。
「とにかく、みんな無事でよかった」
「そうですね」
「よかったです」
「我も活躍できたことだしな」
はっはっは~とみんな笑顔になった。
「って、違うだろ!」
「「え?」」
メガリスとレイは首を傾げる。
「肝心の勇者の剣は!?」
「あっ! そうですね!」
メガリス。君までも忘れてどうする?
「確か、ルナが持っていたと思いますけど…」
三人の視線がルナに集中する。しかし、手にはなにも持っていなかった。
「勇者の剣は?」
「ん? 落としたぞ」
「どこに?」
「わからん」
まあ、あんなことがあったのだから、しょうがない。誰も責めはしないだろう。となると、もう一度戻って探すことになる。その役はメガリスが担うことになった。ただ、一人だと迷うので、誰か必要だ。そこはローレンが付き添うことになった。レイは疲れたといって街の宿屋で休むことを希望する。テレポートを二回使ったことによる疲労だろう。そして、ルナだったが、どうも様子がおかしかった。街に戻ろうとせず、ローレンに近づき、コートの裾をつかむ。
「なんだ?」
「…街に下着は売ってるのか?」
「下着? 売ってると思うが、どうした?」
「…も、もれた」
小声だった。告白が恥ずかしかったのか、プシュ~と湯気が出てきた。
…マジか。ドラゴンを目の前にしたときか。たぶんその大きさと迫力に圧倒されたのだろう。
少し離れたところで、メガリスは首を傾げている。
「ほ、他の人には言うな。あのメガネには絶対内緒だぞ」
「わかった、わかった」
しかし、そうなるとまいったな。メガリスから勇者カードを借りるにしてもルナに渡すのは危険だ。かといってメガリス一人だけ探しにいかせるのはもっと危険だ。となると、ルナも剣の探索に加わるか。
「しばらく我慢できるか?」
「脱げば大丈夫だ」
「よし」
「どうしたんです? 早く戻りましょう」
「いや。ルナも剣の探索に向かう。大勢のほうがいいだろうからな。レイは一人、宿に戻っててくれ」
「…わかりました。遠慮なくそうさせてもらいます。疲れているので」
そうして、ローレンたちは剣の探索、レイは街に戻った。
レイが寝ている間、夕方まで三人で探したが、剣は見つからなかった。最終的に穴に落ちたんじゃないかという結論になり、諦めることになった。
まあ、しょうがないか。気持ちを切り替えて、魔王を倒すため、別の方法を探ることになる。
三人は街に戻り、そのあとすぐにルナのコートと下着を買った。
「やはり、これがないとな」
満足そうに同じコートを着た。店員はなんで買った次の日に同じコートをまた買うのかと訝しがっていた。
部屋に戻ると、レイが寝ていた。物音に目が覚めたのか、起き上がる。目をこすりながら、寝ぼけ眼で迎えてくれた。
「あ、帰ったんですね」
「疲れはとれたか?」
「だいぶ…。ふあああああ~」
両手を上げ、大あくびするをするレイ。
「あ。勇者の剣はどうでした?」
「なかったな」
「そうですか。まあ、しょうがないです。生きているだけでも立派です」
ローレン、メガリスはベッドに腰かける。ルナは窓際のテーブル席に座った。
「これからどうする?」
「そうですね…。勇者の剣が使えないとなると…別の方法を考えないといけません」
「なにか方法を知っているのか?」
「いえ。ただ…賢者様に聞けばなにかわかるかもしれません」
「賢者って?」
「そんなことも知らないんですか? 過去、魔王を封印した魔法使いです。今はその子孫がいるはずです」
「子孫か。本人じゃないんだな」
「それはそうです。魔王は百年周期で復活するのですから、その間、生きているわけないです」
賢者というと長いヒゲを生やしたハゲのじいさんをイメージしてしまう。何百年も生きてそうな…そんな年寄りだ。
「その賢者様の子孫はどこに?」
「ここから西の一軒家に住んでいるようですね。ただ、そこへ行くまでに魔物が徘徊する森を抜けなくてはいけません」
「なるほど。でも、ローレンがいれば大丈夫です」
「そうだな。ローレンがいればやっつけてくれるだろう」
「お前ら、楽する気まんまんか! あとな、今日のドラゴンはたまたまだぞ」
「強い人は謙遜するものです。ね。メガリス」
「そうですね。でも、私も勇者として名に恥じないように頑張らないと」
すっかり俺への信頼感が強まった一日になった。俺にとっては喜ばしいことだが、最初からあてにするのは間違っている。一人一人がベストをつくし、やれることをやってもらいたい。そうしないと、運が悪かった時に一気に崩れる。今後、なにが起こるかわからない旅に、油断はしてはいけない。
「でも、レイ。あなたの活躍も見事でしたね」
「ふっふっふ。そうですか? まあ、そうでしょうとも。私の機転によってピンチを脱したといっても過言ではないです」
機転? 指示を出したのは俺だった気が…。いや、ここは彼女をいい気持ちにさせておこう。水を差すのは、今後のためによくない。彼女のテレポートは確かに役に立ったのだから。
「我もドラゴン相手に勇敢に立ち向かったぞ」
「ふんっ。結局逃げ出したじゃないですか」
「なにを! がくがく震えていたくせに!」
「それはあなたでしょう! 遠くから見て、足が震えてましたよ」
「むぅ! 久しぶりの強敵に、興奮して体が震えていただけだっ!」
「わ、私もそうです!」
レイがめちゃくちゃ動揺していたこと、ルナがおもらししたことを知っているのはローレンだけだった。どっちもどっちだ。…いや、もらさなかった分、僅差でレイの勝ちか。
「お二人とも活躍しましたってことでいいじゃないですか」
「なんかそれ、みんな頑張ったから一番、みたいな感じがして納得できませんが、まあいいでしょう」
「一番はローレンだ。二番目は我だ」
「どの口が言ってるんです?」
そんなわけで、勇者の剣を手に入れるはずが、ドラゴンを倒してしまった。街の人々に危害が加わらなくてよかったが、二度と体験したくないなと思うローレンだった。
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