11話 はじめての宿屋

 メガリスが受付に話しかけ、先に部屋をとる。ちょうど夕食の時間帯なので、一階の食堂、そのテーブル席にローレンたちは腰を下ろし、料理を注文した。メガリスによると、お金の心配はいらないとのことなので、遠慮なく注文する。ルナはステーキ、レイは魚の塩焼きとサラダという健康食、メガリスはパンとカレー。ローレンは魚の塩焼きとご飯だった。

「「「「いただきます」」」」

 ルナはもぐもぐと肉を食いちぎっては、口に入れていた。ナイフ、フォークは使わず、獣のように手と八重歯で噛み切る。その食べ方に嫌悪感をあらわにするのは横にいるレイだった。

「メガリス。なんで茂みのほうに行ったんだ?」

 苦笑いしている彼女に聞いた。

「あ、はい。花の香りがしたので、気づいたらつい…」

 つい…って。それだけの理由で!? 尿意はどうなった?

「こんなところで言うのもアレだが、トイレは済ませたんだよな?」

「も、もちろんですよ。街から戻る途中、迷子になりました」

「それにしてもよく見つけられましたね。まるでメガリスの位置がわかっているみたいだったです」

「まあな」

 種明かしをする必要性を感じないので、隠しておく。

「ローレンを甘く見るなよ。こいつ、普通に見えてなかなかやる男だからな」

 わかったように話すルナ、その口元にはソースがべっとりとついていた。

「喋る前に、口を拭け」

 ローレンはナプキンを渡してやる。彼女は口の周りをフキフキした。

「レイ。一つ聞いていいか?」

「なんです?」

「迷ったとき、なんでテレポート使わなかった?」

「ふっふっふ。それを言う前に、ローレンも話してもらいませんか? メガリスを見つけ出した秘密を」

 …交換条件というわけか。いいだろう。

「俺は精霊と話ができるんだ」

「精霊ってなんだ?」

「精霊とは魔法を放つのに必要な生き物のことです。魔法を使うには魔力を集め、精霊に語りかける呪文を詠唱し、発動させます。でもそれは昔の話。今はその呪文は簡略化され、魔力の集中と魔法名を言うだけで発動できます。そのためには私の持っている魔道具が必要です」

 レイは立てかけてある杖に視線を移した。よく見ると色々な色の丸い玉が何個も埋め込まれている。

「精霊と話ができるのは、ごく限られた人だけと聞いたことがあります。それがローレンなのですね?」

「そういうことだな」

「精霊は鼻が利くってことです?」

「そうだ。だからすぐに見つけることができた」

「今もいるのか?」

「ああ」

 アルルはローレンの目の前でくるっと回転して見せた。得意げに小さな胸を張る。

「今度はそっちの番だ。レイ」

「実はです。テレポートなんですが、目に見える範囲までしか移動できません」

「ん? ということは洞窟から脱出するとかはできないってことか?」

「そういうことになります。遠くに移動するとなると膨大な魔力が必要なので、天才の私でも無理です」

「使えるのか使えんのか、よくわからんな。パフォーマンスとしてはアリだと思うが…」

 最初見たときのインパクトでこれは使える! と期待しただけに残念だった。ただ、他の魔法も使えるようなのでそれはそれでいい。

「ローレン。おかわりしてもいいか?」

「ダメだ」

「むうっ。ローレンの分際で…」

 四人は夕食を食べ終わった。

「えっと。それでですね。部屋の振り分けに関してですが、二部屋とりました。個室と四人部屋です。ローレンはお一人で、私たち三人は同じ部屋ということでいいですか?」

「それでいいです」

「いいぞ」

「…」

 ルナとメガリスを一緒にさせるのは危険だな。夜、寝静まったときになにをするのかわからない。

「俺は四人一緒を提案する」

「え!? えっと…それってつまり…」

「ローレン。さてはエロいこと考えてますね?」

「考えてねえよ!」

「じゃあ理由を聞かせてください」

「メガリスは勇者だ。これからなにが起こるかわからない。特に狙われるなら夜だ。魔王を倒すため、勇者は絶対に守る必要がある」

「この天才の私がいるので、その心配はないです」

 レイはない胸を張った。

 迷子がなにを言う。お前がいることで余計不安が増えてるんだよ。

「メガネはともかく、我がいるので大丈夫だぞ!」

 お前が一番ダメだろ。ダメダメの権化だろ。

 ツッコミどころ満載の二人を放置し、とまどっているメガリスの顔を見る。

「メガリス。この二人が暴れ出したときのことを想像してみろ。止められるか?」

 彼女はハッとする。そして、「確かに」とつぶやいた。

「失礼です。私たちは野獣です?」

「ほんとだぞ! こんな美少女に向かって!」

「メガリスが決めてくれ。俺はそれに従う」

「は、はい…」

 彼女は四人一緒の部屋にすることを決めた。

 そこにはエロい目的があることはない。断じて。…いや、決まったときにちょっと期待したかもしれないが、そんなものはオマケだ。


 四人部屋には当然、四つのベッドがあった。ノーマルよりもランクが高いところで、清潔感が漂っている。

 ルナ以外の三人はリュックを下ろした。レイは帽子をとって窓際のテーブル、その近くのイスに腰かける。

「ふふ…。窓際に座る天才美少女。絵になりますね」

 クイッとメガネを持ち上げた。

 俺を見るな。評価を求めるな。

 そしてすかさずマネをするバカが一人。

 レイと対面する位置に座り、手にあごをのせる。

「くっくっく…。美少女とは我のことを言うのだ。そうだろう?」

 知るか。喋らなかったらそう見えるかもな。

「マネしないでくれますか?」

「ふん。クソメガネがバカなことを言うから、本物の美少女がどんなものか示してやったのだ」

「くっ。またバカ呼ばわり…。肉が好きなだけの役立たずのくせに。それに、どう見てもあなたは少女という年齢ではない。何歳なんです?」

「…秘密だ」

「答えられない。ということは私より年齢は上ということです。ちなみに、私はピチピチの十五才!」

 聞いてねえよ。

「あはは…。二人とも楽しそうだね」

 ほんとにな。ケンカに発展しなきゃいいが。

「メガリス。今後の予定を聞きたいんだが」

「はい。明日、火の耐性を持つ防具を買います。そのあとドラゴンが眠る北の洞窟へと向かいます」

 いきなりかよ。

「ドラゴン…」

 レイも驚いているようだった。

「そこになにがあるんだ?」

「魔王に有効な勇者の剣があります。それを手に入れます」

「でも、いきなり強敵だな。大丈夫か?」

「はい。眠っているので、そっと通り過ぎるだけです。明日の防具はあくまで失敗したときに備えての準備です」

「なるほど…。ここに泊まるときも思ったが、よくそんな金があるな」

「勇者カードを見せればタダになりますよ」

「勇者カード?」

 メガリスはがさがさと自分のリュックの中を調べる。取り出したのは一枚のカードだった。銀色に輝くもので、派手だ。中央には国のシンボルマークである剣と盾が描かれ、裏にはこのカードを持つものを勇者と認定するということが書かれていた。王様のハンコも右下にある。

「旅立ちの日にもらいました」

「便利だな」

「それがあれば何でもタダになるのか?」

 興味を示したのはルナだ。

「だいたいは。ただ、小さな村や個人経営している店では使えないと思います」

「…」

 ルナはカードを凝視している。悪さをしようとなにか企み始めたのだろうか。どうせそれ使って肉を食おうとしているのだろう。

「メガリス。そのカード、悪用されないようにな」

 ルナと目が合った。彼女はプイッと視線をさけた。

「大丈夫です。その点だけは注意してます」

 できれば他の点も注意してくれ。方向音痴とか。ていうか、そもそも方向音痴っていうレベルなのかどうか怪しいところだが。

「ドラゴンっていうと炎を吐くんだよな。レイ。火の耐性を持つバリア魔法とか使えるのか?」

「そういったものは持ってないです」

「魔法屋に行けば買えるか?」

「いえ。この辺りの魔法屋ではたいしたものは売ってないでしょう。都会のほうに行かないと」

「じゃあ万が一のとき、テレポートを使って危機を乗り越えるしかないな」

「そういうことになりますね」

 ん? そうだ。炎は熱。熱に強いっていうやつがここに一人いた。

「ルナ。お前なら炎くらっても平気なんじゃないか?」

「むっ」

「ルナには、なにか特別な能力があるんですか?」

「ああ。こいつ、熱に強いんだ。寒さには弱いがな」

「ふふんっ」

 大きな胸を持つ背を自慢げにそらした。ぶるんっと揺れる胸を見て、目の前にいたレンは眉をしかめる。ちなみにレイの胸はなだらかな角度がある程度だった。一言で言うと貧乳だ。

「ローレン。それはさすがに無理です。ドラゴンの炎は岩を溶かすほどの熱さです。熱に強いと言ってもレベルが違います」

「なに!? ドラゴンごときに我が屈するとでも思ってるのか?」

「最強といわれている魔物です。あなたごときが敵うわけないでしょ」

「メガネと一緒にするな! 我は平気だ!」

「ふんっ。またバカなことを。助けを求めても私は助けませんから、そのつもりで」

「お前のようなバカに助けなど、求めるものかっ!」

「今のセリフ、覚えておいてください。後で後悔することになるでしょう」

「キャハハッ! バカめっ。後悔などするかっ」

 レイは目を細め、笑っているルナをギロッとにらみつけた。

「さて、私はさっそくお風呂に入ります。ローレン。覗かないでください」

「覗くか!」

 レイは着替えを持って、隣の浴室に入った。

 ペッタンコ見てもしょうがないだろうが。覗くならルナか、それかメガリスだな。覗かないけれども。

「我は次だ」

「俺は最後でいい」

 あとは寝るだけ、か。

「ローレン」

「なんだ?」

「熊肉よこせ」

「…まさか今、食べるつもりか?」

「そうだ。腐る前に食す」

「ここにキッチンはないぞ。生で食べるつもりか?」

「問題ない」

 マジかこいつ。まあ、こっちとしても荷物の量が減ることは賛成だ。

 リュックからタッパーを取り出し、彼女に渡した。さっそくテーブルの上に出して、おいしそうに食べ始める。夕食、肉食ったのに、そのあとよく食えるな。

「あの。ローレン。夕食のときにも気づいていたのですが…」

「ああ。目が光るやつな。ルナに聞いてもわからんから、俺にもわからん」

「不思議な人ですね」

 不思議というか、基本バカだな。というか、まだ記憶は戻らないのかこいつは。

「メガリス。ちょっと…」

 肉に集中している隙に、彼女に小声で声をかけた。

「なんですか?」

「ルナのやつには注意してくれ」

「え? どういう意味ですか?」

「ときどき危ない行動するかもしれないってことだ」

「はあ…」

 メガリスを包丁で刺そうとした、とは言わなかった。本当にそういう意図があったのか不明だからだ。

 お風呂に入っている間、なにか行動に移すかもしれないな。

「ちょっとトイレ」

 立ち上がり、寝転がっているアルルにウインクする。

 トイレに入り、便座に座った。合図に反応し、ついてきたアルルと対面する。

「なに?」

「今後、ルナの奴を監視しててくれないか? 俺がいないときでいい。なにかあったら連絡してくれ」

「わかったよ。ふああ~」

 アルルは大きくあくびをする。働きすぎて眠たそうだ。思えば、三人の迷子を捜すのに働きづめだった。

「大丈夫か?」

「ん~。たぶん…」

「魔力を吸えばなんとかなるか?」

「誰の魔力を吸えばいいの?」

「レイなら、多少の魔力を吸ったところで大丈夫だろう。魔法使いだし」

「それならそうするよ」

 トイレから出たら、レイが黄色のパジャマ姿でベッドの上に座っていた。次の番であるルナは食べ終わったのか、汚いタッパーを渡して風呂場に向かう。

「ふうっ。いい湯でした。仕事した後の風呂は気持ちいいです」

 お前なにかしたっけ? 帽子忘れて戻って、迷子になって…。まあ、いいや。ツッコミ待ちなのだろうからあえて、ツッコまないでおこう。

「ローレンもベッドを使うんです?」

「当たり前だ」

「なんか同じ部屋なのが嫌です。こんなことなら、バリア系の魔法を持ってくるべきでした」

「俺は野獣か」

「師匠が言ってました。ある年を過ぎた男はみんな野獣だと」

 キランッと目が光った。まるで自分が経験したことがあるような口ぶりだな。

「どうせ、男経験はないんだろ?」

「な! し、失礼なっ! け、経験したことぐらいあります」

「ふーん」

「そうなんですか? 後で詳しく聞かせてください」

 メガリスが目をキラキラさせてきた。

「いや。こういうのはペラペラしゃべるものではないです。品が落ちます。なので言いません」

「え~」

 がっかりのメガリス。

 絶対ないだろ、こいつ。というか、男経験どころか友達もいたかどうか怪しいところだ。

「まったく。だいたいローレンこそふにゃあ~」

 レイはパタリとベッドに倒れた。

「だ、大丈夫ですか?」

「な、なんだか、急に力が…」

 慌てふためくメガリスを前に、ローレンは冷静だった。レイが倒れた理由、それはアルルが彼女から魔力を吸ったからだ。

「大丈夫だ。疲れたんだろう。明日に備えて、今日はもう休め」

「そうします…。グ~」

 寝つきの早さはピカ一だ。メガリスは母親のようにふとんをかけてあげた。

 吸いすぎなんじゃないか? アルル。

 逆に、彼女は元気が出たのか、目をぱっちりと開けていた。

「ふう。いいお湯だったぞ」

 ルナは湯気を出しながら、風呂場から出てきた。パジャマはないので、着てたドレスなどをそのまま着ている。先に寝ているレイに気づいた。

「むっ。我より先に寝るとは生意気なやつ。顔にいたずら書きをしてやろう」

「やめとけ」

「ローレン。ひねるとお湯が出るとは便利だな。我はびっくりしたぞ」

「この辺りじゃそれが普通だぞ」

「でも最初はわからず、どうしていいかその場で固まっていたのだ。少しの間、寒くて震えていたぞ。なぜ教えなかった?」

「知るかっ! 呼べよ!」

「助けを呼んだらこのメガネがバカにするではないかっ!」

「もともとバカだからいいだろ」

「むっ。ローレンの分際で、我をバカ呼ばわりするなど百年早いわ」

 次はメガリス、最後にローレンが入った。彼が上がったあと、三人はベッドの中に入っていた。照明を消し、明日に備えるためにすぐ寝ることにした。

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