10話 そして、迷子が増えていく

 旅立ちは急遽午後になった。その間、旅立つ準備を始めるのはローレンだ。

 腐らせるようなものはなにもない。保存食の熊肉は持ったし、畑の作物は収穫したばかりだからなにも生えていない。あとは…ライトや紐、ナイフ、テント、雨合羽、下着などを大きめのリュックに入れていく。釣り竿は必要なのか迷ったが、邪魔になるのでやめておいた。

 ルナは今着ている持ち物しかないので、持っていくものはなにもない。身に着けているのはドレスの上に冬用の長袖を二枚。

 ローレンはリュックを背負い、ルナと一緒に家を出た。ドアに一枚の紙を貼る。そこには旅に出ますと書いていた。これは商人のおじさんが来たときに心配するかなと思ってのメモだった。そして鍵を閉めて、家を眺める。ボロ屋だが、ここをしばらく離れるのはなんか心が痛む。

「どうした、ローレン。忘れ物か?」

「いや。何でもない」

 振り返り、メガリスとレイの二人が待っているところに歩き出した。


「あなた、ルナと言いましたか」

「なんだ? メガネ」

「私の前を歩くの、やめてもらっていいです? 目ざわりなので。それに私はメガネではなくレイです。変なあだ名で呼ぶことは禁止です」

「ふんっ。我はお前より偉い。だから前を歩くのだ」

「はあ? なにもできないあなたなど、タダのお荷物です。後ろで魔物が出ないかどうか見張るぐらいはしてください」

「やなこった。クソメガネ」

「くっ! バカになに言っても無駄のようです」

 まさに二人は水と油だった。正直、ルナはなんの役にも立たないだろうから、置いていってもよかった。しかし、これまでのことを考えると、彼女一人を残すのは危険だった。弱いくせに偉そうで生活能力も低く、お金も持ってない。帰ってきたら餓死してる、なんて惨状が予想出来て、仕方なく仲間に入れた。

 レイの足が速くなる。そして、前のルナを抜いた。するとルナはそれより早く歩き、レイを抜かす。やがて二人は走り出し、見えなくなっていった。

 アホだ。まごうことなきアホだ。

「仲が悪そうに見えて、良いんですかね?」

「いや。仲は良くないだろ」

「そうですか…。でもまあ、子供を二人連れて歩いていると思えばいいのかな」

「子供って…」

 ルナとレイは山の麓の入り口に待っていた。そこから先に進むと街になる。今日はそこの宿屋で一泊泊まる。そのあとの予定は後で話してくれるだろう。

「遅いです。二人とも」

「そうだ。遅いぞ」

 苦笑いを返すメガリスだった。

 あっ。思い出した。

 なにか忘れていると思っていたが、今、思い出した。レイの尖がり帽子だ。彼女は今、頭になにもかぶっていない。それは、ルナとの戦いの前に茂みの奥に投げ入れてしまっていた。

「レイ」

「なんです?」

「お前、帽子は?」

「あ…」

 いかにも忘れていましたと言わんばかりのマヌケな表情をした。

「なんだ? もしかして忘れ物か?」

「い、いや。大丈夫です。あ、あれは別にお気に入りのものではない。あえて捨てたんです。ははは…」

 落胆の色を隠せてないレイだった。

「キャハハ! バカなやつめ! 忘れ物をするなど、バカの証拠だ!」

 キッ! とレイは彼女をにらみつけた。

「そういうお前は、忘れ物はないのか?」

「我をバカにするなよ? この四天…いや、我ほどの才能あふれる者が、忘れ物など…」

 そこで、なにか思い出したのか、ルナは口を開けて固まってしまった。

 おい、まさかもしかして…。

「ローレン。キッチン棚の奥にあった入れ物は当然、持ってきたんだよな?」

「棚の奥? なんだそりゃあ」

「くっ!」

 お前ら、そろいもそろってポンコツかっ!

「とってこい二人とも。待っててやるから」

「わ、私は別に…」

「我も…」

「先に帰ってきたやつが勝ちだ。よ~いドン」

「「うおおおおおっ!」」

 二人は下ってきた山道を登っていった。テレポートを使えるレイが絶対的に有利なのだが、なぜか使わない。おそらく条件があるのだろう。その間、メガリスと待つことになった。お互いリュックを地面に置き、座る。

「ローレンさんって子供とか好きそうですね」

「子供? あまり好きじゃないな」

「そうですか? そうは見えませんが…」

「メガリス。さんづけは不要だ。俺も君のことは対等な仲間だと思うようにしてる。そのほうが会話しやすいだろ?」

「そうですね。そう言ってもらえると助かります」

「呼び名だが、レイはウザメガネでルナはバカでいい」

「ふふっ。それは酷いですよ」

 クスリと笑うその笑顔が素敵なメガリスだった。

 この子はほんと、普通に優しい女性だな。これで勇者ってことは強いんだろうし、言うことなしだ。バカ二人と比べたら天と地の差がある。今のところ、悪いところが見当たらない。

「ちょっとすみません」

「ん?」

「私、先に街に行っててもいいですか?」

「構わないけど、どうして?」

 メガリスは落ち着かない様子でもじもじとしていた。

「いえ。ちょっと、その…お茶を飲み過ぎてしまって」

「あ、ああ。どうぞ」

「終わったら街の入り口で待ってます。では」

 メガリスはリュックを背負って先に進んだ。

 トイレか。さすがにその辺りの茂みでするのは女性だし、嫌だろう。この道は一本道だし、街までは迷わないから大丈夫なはず。

 しばらくするとルナが走って戻ってきた。一着でフィニッシュ。膝に手を突き、ぜえぜえと息を切らしている。彼女の手にはタッパーがあった。中には塩漬けされた肉が入っている。

「お前、それ、なんだ?」

「これは肉だ」

「そんな入れ物に入れた覚えはないぞ」

 呼吸を落ち着けてから、ルナは答える。

「キャハハッ! それはそうだろう。お前がお風呂に入っている間、入れ替えておいたからな!」

「自慢げに言うことか」

 柔らかそうな頬を左右上下に引っ張ってやる。

「いひゃひゃひゃひゃ! いひゃい! 離へ!」

 しつけもそこそこに、しばらくしてレイが戻ってきた。背中を曲げ、はあ、はあと息を切らす。手には尖がり帽子が握られていた。

「見つかってよかったな」

「えへへ。これはお気に入りの帽子なので」

「キャハハ! 我の勝ちだぞ! ひれ伏すがいい! メガネ!」

「ふ、ふんっ。わざと勝ちを譲ってあげたことに気づかないとは、愚かなやつです」

「なんだとっ!?」

「なんですか!?」

 にらみ合う両者。火花が散っている中、はあとため息をもらすのはローレンだった。バカな争いに発展する前に、意識をそらせる。

「レイ。テレポート使わないのか?」

「え? ああ。テレポートは魔力をかなり消費します。だから使いません。そんなことも知らないんです?」

「知るかっ」

 いちいち余計なことを言うやつだ。個人的には走るほうが疲れると思うのだが。

 彼女はきょろきょろと辺りを見渡す。一人いないことに気づいたからだろう。

「あれ? メガリスはどこです?」

「先に街に行ったよ」

「…大丈夫です?」

「大丈夫だろう。今まで一人で旅を続けてきたんだ。魔物やら変な連中が襲ってきてもやっつけれるだけの力はある」

「いえ、そういうことではなく…」

「なんだ? なにか他に問題でもあるのか?」

「彼女、方向音痴です」

 そういえば、メガリス自身がそんなことを言ってたな。目的とは違うところに行ってしまうと。

「いや、さすがにこの先は一本道だ。迷うはずがない」

「そうだといいんですけど」

 雲行きが怪しくなってきた。宙をふわふわ浮いているアルルも心配そうな顔をしている。ローレンはリュックを背負い、足早に歩き始めた。その後ろから二人がついてくる。

 まさか、な。

 一本道の先に街があった。古い木の門があり、そこには「ようこそ。シオンタウンへ」と書かれていた。街の入り口というとこの門の下ということになるのだが、まだ彼女の姿はない。

「ここで待つぞ。トイレだし、すぐに来るだろう」

 しかし、それから三十分ほど待つが、メガリスは来なかった。方向音痴の能力が発動しているとしか思えなかった。

「どうします?」

「手分けして捜すか」

「そうですね。じゃあ私は北のほうを」

「じゃあ俺はこのまま道なりに進む方角で捜す。ルナは南のほうを頼むぞ」

「わかった。ローレン」

「なんだ?」

「この肉、持っておけ。我のだぞ」

「元々は俺が倒した熊だろうが」

 彼女からタッパーを受け取り、リュックへと入れた。

「時間はどうします?」

「とりあえず、一時間ぐらいで切り上げるってことでどうだ? この先には時計があるからそこで確認できるだろ」

「そうしましょう」

 レイとルナの二人は行動を開始した。

「アルル。匂いを探れるか?」

「人が多いところだからね。捜せるかどうかわからないけど、やってみるよ」

 アルルは風のように去っていった。

 それから、三人と一匹はメガリスを捜すことになった。ときどき声をかけたり、見かけた人はいないか聞いた。しかし、なんの手掛かりもないまま、時間だけが過ぎていった。そして一時間が経過したところであきらめ、入り口の門の下に行った。しかし、今度は二人が戻ってこなくなった。

 まさか、あの二人も迷子? いや、待て待て。あいつらは方向音痴とかそんなんじゃないだろ。でもまあ、ありえる話か。

 手分けして捜すのが悪手だったことに、がっくりと肩を落とす。

 どうするかな、これ。とりあえず、アルルを待つか。彼女は迷子にはならないだろうから。

 少しして、アルルが戻ってきた。

「どうだった?」

「ここにはいないようだね。かすかに匂いはあるけど」

「それってつまり…街には行ったけど、今はいないってことか?」

「そうなるね」

「アルル。すまんがついでに捜しに行ったやつを捜しに行ってくれないか?」

「あ…もしかして…」

「ああ…」

 察したのか、黙ってアルルは飛び立った。そして、ルナがどこにいるのか判明。アルルに導かれるまま行った先に、ルナがいた。ベンチで寝転がり、爆睡中だ。

「んん。にく…へへへ…にく…こんなにたくさん…うへへ」

 幸せそうな顔をしてよだれを垂らしている。その表情はローレンをイラっとさせた。

 こいつ…なにやってんだ?

 うへへ…と笑みを浮かべるその彼女の頭部へゲンコツを落とした。

「うぎゃっ!」

 飛び起き、頭を両手で押さえるルナ。

「お前。なにやってんだ? メガリスは見つかったのか?」

「眠くなってきたんだ。しょうがないだろ!」

「逆切れするなっ!」

 グリグリの刑をかまそうとしたが、無駄に時間を消費したくないのでやめておく。ルナを連れて、門の下まで戻った。まだレイは戻ってない。またアルルの手を借りなければいけなかった。

 ほんと、アルルさまさまだな。

 レイは不安そうな顔をして、うろうろ、きょろきょろとしていた。遠目に見て、明らかに迷っていることがわかる。

「レイ!」

 その声を聞いたあと、彼女は振り向いた。そこにローレンがいることを確認したあと、パアッと明るい表情になる。しかし、すぐにそれは消え、元の生意気そうなメガネに戻った。

「い、今から戻るところでした」

 嘘つけ。せめて目を見て物を言え。

 ていうか、なんでテレポート使って戻ってこないんだよ。

「メガリスは見つかってないようだな」

「…はい」

「キャハハッ! 役立たずめ!」

「お前もだろっ!」

 とにかく、個人行動させるとろくなことにならないことを学び、門の下に戻った。もうすぐ夕方だ。夜になる前にメガリスを捜さないといけない。アルルの情報から、この街には入ってない。となると、それまでの一本道で迷子になったということか。

 一本道でどうやったら迷子になるんだよ。

 そういうわけでまたしてもアルルの手を借りた。彼女を先頭に歩き、匂いを辿ってもらう。

「こっちのほうにメガリスがいるんです?」

「ああ。黙ってついてきてくれ」

 後ろの二人にはアルルが見えない。だから、ローレンがなにかに導かれるままに歩いていることを不思議がっているようだった。先頭のアルルは右にカーブした。茂みの中を進んでいく。どうやら、メガリスは道なりに進まず、なぜか茂みのほうへと入ったようだ。そして黄色い花が群生している地帯を抜け、沢へと続く。本格的に山登りのコースに入ったかと思いきや、近くの岩の近くに腰を下ろしていた女性を発見した。悲しみの表情をしている。まるで家出少女が泊まるところがなくてポツンと一人座っているように見えた。

「メガリス!」

「え! あっ! ローレン!」

 レイのときのようにパアッと明るい表情になった。跳ねるように立ち、近づいてくる。

「よかったです! 気づいたら元の道に戻れなくなってしまって…」

「はは…。とりあえず、戻ろうか」

「はい」

 三人を連れて、街に戻る。彼女たちには聞きたいことがあったが、とりあえず宿に泊まることにした。

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