9話 天才魔法使いVSルナ
ルナが起き上がり、包丁を取り出したことを知らせてくれたのはアルルだった。包丁の練習とか言っていたが、怪しいな。
「なんか危ないこと考えてるよ。ルナ」
アルルが警戒するようにと言ってきて、ローレンもうなづいた。朝になり、小鳥のさえずりに目が覚める。ローレンはだいたい朝一番に起きて、お茶を飲んで一息ついていた。そして今日やることを整理する。
「ん、んん…」
次に起き上がったのは勇者だった。背伸びをし、眠たそうな顔を見せる。それはどこにでもいるような女子の朝の様子だった。
「おはようございます。いい朝ですね」
しつけが良いのか、彼女は礼儀正しかった。どこかの一人称が我の変なやつとは違う。
「あ、毛布…。これ、ローレンさんのぶんですか?」
「ああ。気にしなくていいですよ。よく眠れました?」
「はい。ばっちりです」
彼女は出ていく支度をし始めた。銀の胸当てをつけ、剣の鞘を腰に引っかる。
「ローレンさんはずっとここで暮らしてるんですか?」
「三年ぐらいは。ルナが居ついたのは、つい最近です」
「そうなんですね」
最後に、軽そうなリュックを背負った。
「見送るよ」
ローレンは立ち上がった。メガリスは外に出ると、深呼吸した。新鮮で冷たい空気を肺に取り入れる。
「朝食は食べなくて平気ですか?」
「はい。大丈夫です。お世話になりました」
「ちょっと待った!」
「は?」
振り返るとルナがいた。寝ぐせがあり、眠気眼なので、さっきまで寝ていたのだろう。
「なんだお前?」
「我も行くぞっ」
「なに言ってんだ? 夢でも見てるのか? 寝言は寝ていうもんだぞ?」
「寝言じゃない! 昨日、仲間を捜していると言ってたであろう? 我がその仲間になってやろうと言っているのだ」
「アホか。この子が求めているのは優秀な仲間だ。お前、違うだろうが」
「我は優秀だ」
「自分でそれ言うか?」
どこから来るんだ、その自信。
「お言葉はありがたいのですが…」
苦笑いを浮かべるメガリス。
顔を見ると、うわあ、変な子がなんか勘違いしてるよ、どう断ろっかな~という心の声が聞こえてきた。それを汲み、勇者のほうを向く。
「あ、こいつの言うことは気にしなくて結構です。なにぶんバカなんで」
「バカっていうほうがバカなんだ!」
背中に軽い痛みが走った。ポカッという擬音が似合いそうなほどのパンチだ。
「さあ、行ってください。俺がこいつを堰き止めますので」
「は、はい。では…」
「待てっ! 我は本気で仲間になるつもりだぞっ!」
前に出るくるイノシシのようなルナ。その生き物に対し、両手を広げて制止させた。
「「あ…」」
声をもらしたのは、メガリスとルナだった。遅れてローレンも気づく。メガリスの前に立っていたのは村で出会ったメガネ魔法少女だった。
「ふっ。ここにいましたか」
メガネをクイッと持ち上げた彼女。
えっと。誰だっけ名前。面倒だから、メガネでいいかな?
「あなたが勇者ですね? この辺りにいることを知って、あなたのことを捜してました」
「は、はあ…」
メガリスは若干引いている。遠慮のない物言いがそうさせたのか。
「申し遅れました。私はレイ。天才魔法少女のレイです」
「て、天才?」
おい。こいつ、自分のことを天才って言ったぞ? マジか。そんなにすごいやつなのか? まあ、魔族を追い払った実力があるぐらいだから、口だけとは考えにくいが。
「そうです。若干十五にして英雄カーラスに認められ、さらには独自の魔法を開発。まさに天才。そんな天才にふさわしい行動はなにか色々考えた末、出した結論は、勇者のパーティに加わること。そういうわけで、あなたの仲間になってあげてもいいですよ?」
「え? あ、はあ…」
上から目線!? なんだそのなってあげてもって!? しかも勇者に向かって…。断られることを考えてるのかこいつは? それとも断られないと思っているのか?
メガリスは困っていた。人がいいのか、うまく断れないようだ。しかもあっちは自称天才の自信満々なメガネ。メガリスは助けを求めるように、ローレンを見てきた。
…しょうがないな。
「おい。そこのメガネ」
「メ、メガネって私のことです?」
「うん。勇者が困ってるから、それぐらいにしとけ」
「はあ? なんなんですか、あなたは? 横からしゃしゃり出てきて偉そうに。勇者と関係でもあるんです?」
「いやない。でも勇者はお前を仲間にしたくないみたいだぜ?」
「はっはっは~。面白い冗談です」
だから、どこから湧いて出てくるんだよ! その自信!
「この天才の私が仲間になってあげると言っているんです。それを断るなんてあるわけないでしょう? 凡人は引っ込んでくれますか?」
まるでハエを手で追い払うように、手を払う仕草をとった。
なんかこいつ、すごいむかつくやつだな。例え天才だとしても、常識がなさそうだ。それはルナも同じだが。
はっ! そうだ、ルナだ。このクソメガネとルナは水と油。今、二人がそろうと面倒くさいことに…って、あれ? いないぞ? どこ行ったあのバカ。
「待てっ! 勇者の仲間になるのは我だぞっ!」
いつの間にか、ルナはレイの前にいた。レイは目を細め、不快感をあらわにする。対するルナは親の仇とばかり目の前の相手をにらみつけていた。
あちゃー。これは面倒くさいことになるな。
うつむき、額を手で押さえるローレン。
「…あなたですか。勇者の仲間? ハッ。やはりバカです。なんの取り柄もなさそうなあなたが、仲間になってどうするつもりです? 肩でも揉むんです?」
「バカはそっちだ! お前のようなウザクソメガネ、勇者は嫌ってるぞ!」
「なにを証拠に? とにかく、あなたは邪魔なので巣に戻っていってくれませんか? これ以上話すとバカが移ります」
「お前こそ、どっか行け! 天才とか言ってるけど、どうせたいしたことないんだろ!」
プチン。
なにか変な音が聞こえたのは気のせいであってほしい。また取っ組み合いのケンカに発展しそうだったので、ローレンはやめさせるために近づいた。
「いいです。そこまで言うなら私と勝負しますか? 本気で」
「望むところだ!」
本気、ということは、真剣勝負ということだ。村でやったような可愛いものではない、という意思表示。こうなってしまってはもう二人を止めることはできそうもなかった。勇者の仲間になるという目的がいつの間にか相手を倒すことになっている、そのことに気づいていないのか、二人は間隔を空けて向かい合った。
ルナは重ね着していた服を脱いでいく。ただ、うまく脱げないようで、首に引っかかったまま動かなくなった。
「ロ、ローレン!」
なにをしろとの指示はない。俺はお前の母親か?
仕方なくローレンが手伝ってやる。
「やれやれ…」
脱ぎ終わって、赤のドレス姿になった。その姿で戦うのか。新品だからできれば違うやつで戦ってほしいのだが。
その光景を眺めていたレイは、バカにしたように笑った。そして、帽子の縁に手をかける。
「ふっ」
レイはかぶっている尖がり帽子を放り投げた。自分の中ではカッコいいと思う行動ナンバーワンなのか、しかし、それは勢いよく飛んでいって、風の影響もあったのだろう茂みの奥のほうへと入っていく。
「あ…」
一瞬、しまったと思ったのか、声をもらした。しかし、すぐにルナのほうに視線を向いた。ただ、なにか考えているような顔をしている。今すぐに取りに行こうか、でもカッコ悪いよな…とでも考えているのだろう。
キッと目つきを鋭くした。後で取りに行こうと決めたようだ。
…アホだ。
帽子を脱いだあと、金色の短い髪が跳ねていたのもバカっぽかった。
さて、自称天才魔法使いと記憶喪失バカ。勝つのはメガネのほうだと思うが…。
「見ててください。どっちが勝ったか、証人として」
レイはメガリスに向かって言った。彼女はビクッと肩を揺らす。
この隙に逃げることを考えていたのだろうか。
「我が勝つに決まってるだろ!」
「一瞬で肩がつきます。合図を」
レイはローレンのほうを向かって言った。
なんで俺が…。っていうか命令するな。
仕方なく、二人の間に立った。どう合図していいかわからんので適当にすることにした。片手を水平に出す。
「よ~い。始め!」
そして手を垂直に上げた。
先に動いたのはルナだ。なんの能力もない彼女は接近戦に持ち込もうと、猪突猛進、レイのほうに向かってくる。対するレイはジッとしていた。ただ、なにもしてないというわけではなさそうだ。淡い光の衣が彼女を包んでいるのが見えた。
レイがなにか言った。それは聞こえなかったが、突然、彼女の姿が消えた。
「「え?」」
メガリス、ローレンが声をあげる。どこに行ったのかきょろきょろと辺りを見渡していた。しかし、スッと現れた場所はルナの背中だった。魔法を使い、移動したんだ。そしてがら空きの背中に魔法を撃ちこむのはたやすいことだった。杖を差し向け、一言。
「サンダー」
静かに紡がれた言葉のあと、小さな雷がルナを襲った。彼女の体はビリビリと痺れる。
「うぎゃっ!」
ドサッとその場に倒れるルナ。彼女の体からプスプスと煙が出ていた。それを不敵な笑みで見下ろすメガネ。
「やはりあなたは口だけです。これほど弱いとは思いませんでした」
「…」
「喋ることもできませんか。まあ、そこで休憩しておくことをお勧めします。さて…」
視線を合わせる先に、勇者がいた。
「げっ」
彼女は小さくもらしたことを、ローレンの耳には届いていた。
「ふふふ…。これで実力は証明されました。これで文句は…ぐあっ!」
背後から頭を殴られた。殴った相手は振り返らなくてもわかる。
「いったたたたっ…」
涙目になった目で、後ろのルナをにらんだ。
「こ、このバカ! 勝負はもうついてるんです!」
「キャハハッ! バカはお前だ! 我は負けたなどと一言も言ってないぞ!」
「くっ…。審判!」
次にキッとにらみつけた先はローレンだった。
俺か?
「このバカでアホでえっと…とにかくこの大バカを退場させてください。邪魔です」
「だそうだ。ルナ。家に戻ってろ」
「バカを言うな! 我は負けてないぞ! 勝負は続行だ!」
「だそうだ。レイ」
「何度やっても同じです! 私はテレポートが使えるんです! こんな雑魚に構っている暇はないです」
「ちょっといいか?」
「なんです?」「なんだ?」
同時に問いかける二人だった。
このままだとルナがボロぞうきんになって気絶するぐらいまではいきそうだったので、それを阻止するために、肝心なことを言おうと決めた。
「メガリス。君はこの二人を仲間に加えたいと思っているのか?」
二人の視線が集中する。言いにくそうに視線を泳がすメガリス。
「…えっとお…」
「はっきりと言ってもらって構わない。それがこいつらのためになる。こんな争いする必要もなくなるかもしれないからな」
「その…言いにくいんですが…お断りします」
「「なっ!」」
ルナとレイは口を開けたまま、しばらく停止していた。
そりゃそうだろう。
「あの…ローレンさん」
「ん?」
なんだ? 今のうちに離れたほうが無難だぞ? そう言おうとしたのだが。
「仲間になってくれませんか?」
「「「はあ!?」」」
急展開だった。血迷ったか? なんで俺なんだ?
「頼りになりそうな男性だったので。それに長いこと一人で暮らしてらっしゃいますよね? ということは食事の準備とか洗濯とか家事は全てできる。そう考えると一緒にいてほしいと思いました。ダメでしょうか?」
「な、ななな…」
よっぽどショックを受けたのか、レイはがっくりと地面に倒れた。背中を見せ、地面を指でいじり始める。ルナも同じで、さっきまでの勢いはどこへ行ったのか。石像のように固まっていた。
「いや、俺は…」
「もちろん無理にとは言いません。少しばかり考えてもらえませんか?」
「わ、わかった。少し時間をくれ」
といってもあまり待たすわけにはいかない。二人のバカを眺めながら考えることにした。俺が拒否するとメガリスは行ってしまうだろう。問題はそのあとだ。今はショックから立ち直れずにいるが、この二人が早々に諦めるだろうか? そうなると気がかりなのはルナだ。
「ローレン。どうするの?」
空気と化していたアルルが声をかけてきた。ローレンは誰も聞こえないような小声でそれに答える。変人だと思われたくないからな。
「ルナのやつが諦めるとは思わない。だから、そうなったときが危険だ」
「昨夜みたいなこと、するかもしれないからね。私もその意見に同意だよ」
やることは決まった。ただ…住み慣れたこの家を離れるのは寂しい。この暮らしは気に入っている。それでも、勇者の邪魔になりそうなこの二人を堰き止める意味で、俺が仲間に入ってサポートするのは必要だと思えた。それに、単なる旅ではない。魔王の手から人々を救うための意義ある旅だ。
「わかった。仲間になろう」
「本当ですか? ありがとうございます」
メガリスは飛び上がって笑みを浮かべた。
そんなに嬉しいのか?
「ただし、この二人も連れていく」
「え?」
彼女の笑顔が固まった。レイはチラ見してくるのが見える。
「どうせストーカーのように付きまとうぞ、こいつら。だったら傍においておいたほうが管理しやすい」
「はあ…。そ、そうですかね?」
「それにルナは戦力外だが、レイは使えるだろう。テレポートを使える魔法使いなんてなかなかいない」
「誰が戦力外だ!」
「ふっふっふ…」
二人は復活していた。レイは立ち上がり、ローレンの肩にポンと手を置く。
「わかってるじゃないですかぁ。なかなか見る目ありますよ。合格点です」
うっぜえっ!
なんだその上から目線。そういうのを直せというのがわからないのか?
暗く沈んだのはメガリスだった。はあっとため息をつき、これからの旅、どうなるのか先行き不安なようだった。
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