8話 勇者メガリス殺人未遂

「勇者って、魔王を倒すために旅を続けてるっていう…」

「はい」

 二十歳にもいってなさそうに見える、この女子が? 確かにそれっぽい格好をしているが。

「仲間は?」

「今は一人です。優秀な仲間を捜している途中です」

「そうなんですか…」

 丁寧語で話したほうがいいと思い、そうした。しかし、優秀な仲間を捜しにこんな山奥へ? 普通は栄えている街とかに行くものじゃないのか?

「私、方向音痴でして。それで、目的とは違った変なところへ行ってしまうんです」

 照れ笑いする勇者。

 そういえば、メガネ魔法使いが勇者を捜しているって言ってたな。この人のことだったのか。

「すみませんが、今日、ここに泊まらせてもらってもいいですか?」

「いいですよ」「ダメだ!」

 拒否発言したのはルナだった。

「ここはローレンの家だぞ! 厚かましい!」

「それ、お前が言うか? お前だって遭難して記憶喪失で、ここに泊まってるじゃないか?」

「う…」

「それに図々しくも自分だけ好きな肉をたんまり食べておいて、よくもまあそんなことが言えるな」

「う、うるさいっ!」

 ルナは赤い顔をして湯気を出していた。

「お願いします。一泊だけでもいいんです。宿泊の費用は出しますので」

「いや、いいですよ。そんなことしてもらわなくても。一泊だけなら問題なしです」

「あ、ありがとうございます」

 勇者はニッコリと微笑むが、対してルナは「ちっ」と舌打ちをした。

「ルナ。毛布を貸してやるんだ」

「なに!? 我を凍死させる気か!?」

「相手は勇者だぞ? それに一泊だけだ。我慢しろ」

「うぬぬ…」

「いえ。私は大丈夫です。火に当たっていれば寒さは防げると思いますので」

「わかりました」

「ふんっ。明日の早朝には出ていけよ」

 ゴロンと寝転がるルナ。

 ずいぶんと勇者に冷たいやつだ。過去になにかあったのか? 二人は初対面みたいだが…。

「申し遅れました。私、メガリスっていいます」

「俺はローレン。そっちの生意気なのがルナ」

 少しして疲れていたのだろう、勇者はうとうととし始めた。

「すみません。私、もう寝ますね」

「どうぞ」

 彼女は床に寝転がった。そして、ローレンも寝ようとしたが、踏みとどまる。勇者はああいったが、さすがにそのままでは可哀そうだ。なので、自分の毛布を勇者にかけてやった。寝息を立てる彼女は細身とはいかないまでも体の大きさはどこにでもいるような女子のそれだった。

 こんな普通の子に、勇者の肩書は重すぎるんじゃないか?

 気の毒に思ったが国の命令なのでどうしようもできない。ローレンは寝転がり、ふとんをかぶって目をつぶった。


 ◆◆◆


 ふふふ…。バカなやつめ。

 勇者が寝息を立てる中、ルナは起きていた。

 よく考えれば、追い出す必要はない。魔王様の敵となるやつは今、寝ている。これは好都合だ。

 ルナはそっと起き上がり、キッチンに向かった。そこの棚には包丁があることを知っている。ローレンが閉まったのを覚えていたからだ。

 キャハハ。我ってば、賢い。

 棚をゆっくりと開け、包丁を持った。そして、居間に上がる。ちらっとローレンのほうへ視線を投げた。彼はこっちに顔を向けてはいるが、目をつむっている。

 今がチャンス。

 ターゲットなる勇者に近づいた。上から起きていないか確認するが、すうすうと寝息を立てて気づいている様子はない。

 こいつを殺せば、我は魔王様から褒められる。四天王の中の地位も上がる。ふふ…笑みが止まらない。

 ルナは包丁を逆手に持った。

 いや、待てよ。今こいつを殺したら血だらけになって、そのあと死体をどう処分する? 運ぶにしても今の我では無理だぞ。そうなると、ローレンも殺してここを出ていくか。我だけで魔王城へ戻るにはまだ魔力が足りない。…いや、勇者を亡き者にするほうが大事か。今は絶好のチャンス。これを逃してしまえば明日の朝、どこかへ行ってしまう。やるなら今しかない。

 決意し、いざやろうとしたそのとき、すぐそばから視線を感じた。

 ルナはローレンが寝ているほうへゆっくりと視線を動かした。すると、彼は目をばっちり開いていて、こっちの様子を見ていた。

 な、なにぃ!?

「あ…」

 声をあげたと同時ぐらいにローレンは起き上がった。

「なにやってんだお前?」

「え? あ、これは。その、なんだ…。ほ、包丁の練習だ」

 言い訳がそれしか思いつかなかった。苦しいが、振り上げるモーションをとっていなかったのでギリギリ許せるレベル。

「包丁の練習?」

「あ、ああ。野菜を切ったりするためにだ」

「なんでこんな時間にやる? それも勇者の目の前で」

「それは…あれだ。お前に見られたくなかったからな」

「驚かせようとしたってことか?」

「そ、そうだ。勇者の近くなのは偶然だ。火が近くにあるほうが寒くないからな」

「そういうことか。でもな。今後、そんなことやめろよ。危ないから」

「わ、わかった」

 ルナは包丁を持ち、キッチンの棚に戻した。

 あ、あぶない。やはりローレンはタダものではないな。寝ているからと、やつのことを甘く見ていた。熊を倒すほどの謎の能力を持つやつだ。その詳細はまったく不明で、なにが飛び出してきても不思議ではない。

 暗殺は失敗か。くっ…。

 ルナは居間に上がり、毛布にくるまった。

 夜が明けるまでは時間がある。その前になにか次の手を考えねば…。

 …そうか。やつは明日の朝、どこかへ行く。だったらついて行けばいい。そのとき、ローレンはいないので、さっきのようにバレないはず。完璧だわ。

 キャハハ。やっぱり我って賢い。

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