7話 魔法少女とルナのケンカ
「お前。もうちょっと上品に、とは言わないが、ゆっくり食えよ」
「おいしいんだからしょうがないだろ。いちいち文句を言うな」
「顔とかスタイルはいいんだから、もったいないと思わないのか?」
「ふふん。なんだ? ローレンも我の美しさにクラクラしているのか?」
「アホか」
「アホとはなんだっ!」
ううう~と唸るルナ。
「それでだ。これから村の人たちに聞き込みを始める」
「我は休憩しておくから勝手に行け」
「お前も来るんだよ! 夕飯の熊肉抜くぞ?」
「ぐっ! 卑怯な」
荷車は邪魔にならないような隅のほうに放置。昼食を食べた後、二人+一匹で村を見て回った。小さな村だが、宿屋と服屋以外に武器屋やアイテム屋などがある。まずは武器屋に入り、ルナは珍しそうに品を見ていた。美人なので値引きしようと商売上手の店主が話しかけてきて、危うく買いそうになった。ルナを知らないか? と聞いたが、店主は首を横に振った。そして、アイテム屋、民家などに話を聞いていく。しかし、収穫はなかった。
「あれは何だ?」
目の前には三角屋根の建物があった。上には金の十字架が置かれている。
「教会だよ。入ってみるか」
「…むっ」
「なんだ?」
「ここには入らないほうがいいな。気分が悪くなる」
「肉食いすぎたんじゃないか?」
「違うわっ!」
無理矢理引っ張るわけにもいかないので、一人で入ろうとしたのだが、入り口から女性が出てきた。金色のショートカットの彼女は、黒のローブに身を包んでいる。頭には尖がり帽子、片手には杖を持っていて、魔法使いですと言わんばかりの装備だった。ただ、背負っている熊のリュックがイメージを壊していた。メガネをかけているので、マジメそうに見える。それにしてもずいぶんと若い。十代…いっていたとしても後半か。背が低く、華奢だ。
「では、私はこれで…」
「はい。レイさん。なにかありましたらまた、よろしくお願いします」
「お願いします」
頭を下げ、ローレンたちのほうに歩き出す。
「ローレン。魔法使いって例の…」
「ああ。たぶんな」
商人のおやじさんから聞いた話だが、魔族が襲ってきたとき、たまたまいた魔法使いが罠を張って追い払うことができたという。その魔法使いが彼女だろうか。
「すみません」
「はい。なにか?」
神経質そうな目つきの彼女が彼を見た。
「ローレンというものですが、魔族を追い払ったっていうのは、あなたですか?」
「あ、またですか? 困るんですよね~」
彼女はやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「は?」
「サインはお断りです」
「…」
なに言ってんだこいつ。お前のサインなんていらねえよ。
「あれ? 違うんです?」
「違います。えっと、こいつ、ルナって言うんですが、どこかで見たことはないですか?」
「ん~」
目を細めて、彼女はルナを見つめた。彼女は怒っているのか、にらみつけている。親の仇のように険しい表情だ。
「おい。なに怒ってんだお前」
「別に怒ってなど、ない。う~」
じゃあなんで唸ってるんだ。
「知らないです。白い髪の女性というのはとても珍しいです」
「そうですか。残念です。それにしても、よく魔族を追い払うことができましたね」
「ふふん。マヌケな魔族だったのでよかったです」
「マヌケだと!?」
突然、ルナが大声をあげた。
「なんでお前が怒ってるんだ?」
「う…。いや、仮にも四天王の一人だったのだろう? マヌケというのは言いすぎかと思っただけだ」
「いや、マヌケです」
「ぐっ」
「あれが四天王の一人だとすると、その他のかたはたいしたことないんじゃないでしょうか? それともここを襲った魔族が特別弱かったのか。はっきり言って雑魚でした」
「ふんっ!」
ルナは彼女の顔面に頭突きをかました。
「ぶへっ!」
持っていた杖が地面に落ちてころがった。
メガネ少女は黙ったまま、鼻を押さえている。泣きそうになっているところを堪えているように見えた。
「お前は運がよかっただけだ! バカめ!」
「バカ、だと?」
少女の顔つきが変わった。
あ、これはあかん。ブチギレたやつの顔だ。
落ちてしまった杖を拾うと、思いっきりルナに投げつけた。しかし、それはローレンの顔に当たる。
「いってえ!」
「やーいバーカバーカ!」
「くうっ! 私のことをバカにしていいのは、師匠だけです!」
そこからローレンへの謝罪はなく、二人のケンカになった。一言で言うと小学生のそれだ。頬を引っ張り合ったり、噛みついたり、物を投げたりといった攻撃をしかける。魔法使いなのに魔法を使わないのは、接近戦だからだろう。そんな騒ぎを起こしているもんだから、周りの村人たちがなんだなんだと集まってくる。
「ローレン。止めないと!」
アルルは心配そうに見つめていた。
わかってるって。
このままだと恥をさらすことになるので、ルナの襟を後ろからつかんでやった。
「バーカバーカ!」
「バカと言ったほうがバカなのです! バーカ!」
ボキャブラリーが少ないのか、言い合いのレベルは低かった。ルナはローレンを盾にするように後ろへ回り込む。貼りついているので離れない。
「すまなかったな」
ローレンは手を差し出した。それに触れず、自力で立ち上がる。ぱっぱと砂を払い、杖を持った。ゆがんだメガネをまっすぐに戻す。
「ちょっと大人げなかったです。が、そいつのしつけはちゃんとしておいたほうがいいです」
「バーカ!」
「こらっ!」
後ろから顔を出しては引っ込めるルナ。子供のようだ。不機嫌そうに少女は眉を寄せた。
「ふん。子供の相手をしている場合ではないです。私は立派な大人。バカが移るだけです。私は勇者を捜さなくてはいけないので、失礼します」
メガネっ子は歩き去っていった。
勇者を捜す? この辺りに勇者がいるのか?
「よしっ。我の勝利だな」
「どこがだ」
ダメな意味で注目されてしまったので、その場を離れることにした。足早で去る中で、宿屋が見えた。まだここには入ってなかったな。
急遽宿屋に入ることにした。ガラガラガラッと引き戸を引くと、すぐそばにカウンターがあった。
「いらっしゃいませ」
従業員だろうか、三十路ほどのお姉さんが声をかけてきた。
「何泊されますでしょうか?」
「ええっと。実は泊まりにきたんじゃないんだ」
「あ、そうなんですか。失礼しました」
嫌な顔をしないので、いい従業員さんだな。迷惑を承知の上で聞いてみるか。
「こいつ、ルナっていうんだけど、見たことはないですか?」
「…私は知らないですね。お客様の顔はだいたい覚えてますし、宿泊したお客様ではないと思います。女将さんに聞きましょうか?」
「お願いします」
お姉さんは奥の部屋に行った。少ししてから女将さんが出てくる。五十代のキリっとした目つきのおばさんだった。
「はいはい。どなた?」
「あ、俺…じゃなかった私は近くに住む者なんですが、この女性が倒れていたところを偶然見つけまして。それで、もしかしたら村の人たちの中に知り合いがいるのではと伺ったしだいです」
「そうなの。へえ。とびきりの美人さんね」
「まあ、中身はアレですが」
「え?」
「いえ、こっちの話です」
「はあ…。残念ながら、見たことはないわね。こんな美人さん、見かけたら忘れないと思うし…」
やはりダメか。
「一応、娘に聞いてみましょうか?」
「娘さんですか」
「ええ。ちょっと待ってて」
女将さんが引っ込んだあと少しして、娘と一緒に姿を現した。年は五、六歳ぐらいだろうか、茶色の髪を後ろで結っていて、花柄のワンピースが可愛い。
「この女性、どこかで見たことはない?」
ボーっとした表情をしている少女、その目がルナをとらえた。少しして、なにか気づいたのか、ハッとした表情になり、奥のほうへと走っていった。それはルナを恐れて逃げているように見えた。
「あっ! こらっ」
「いいんです。すみません。無理言って」
「最近、ここに魔族が襲ってきたでしょう? そのとき外にいたから娘はショックを受けてね。喋れなくなったのよ」
「そうですか…。さっきの反応はなにか知ってそうな感じでしたね」
「どうかしらね。元々人見知りが激しい子だから、その子の美しさに驚いたんじゃないかしら?」
「ははは…」と作り笑いを返した。
「今度来るときは泊まってくださいね。サービスしますので」
「はい」と言って、ローレンたちは宿屋を出た。
「ダメか…」
収穫なし。がっかりするローレンとは対照的に、ルナはホッとした表情を浮かべていた。
「もういいだろ? 帰るぞ。そして、もうここには二度と来ない」
硬い決意、その理由はあのメガネっ子とケンカしたからなのだろうか?
ローレンは荷車を押して、ルナ、アルルとともに村を後にした。
夜、夕食の時間だ。キッチンにはローレンとルナがいた。彼女は赤いドレスの上にエプロンを着ている。エプロンは彼が使っていたもので、やや汚れていた。彼女には無理矢理手伝わせている。といっても不器用なので皿に盛りつける係り担当だ。
「今日もクマ肉だな。よし、許してやろう」
「お前の許しなどいらん。早くキャベツを盛れ」
「我に命令するなと言っている。なんど言えばわかるんだ」
文句をブツブツ言いながらも、皿に盛りつけていくルナ。二人の分が盛り付け終わったのか、居間に運んでいく。そして、エプロンを外し、うきうきしながらローレンが来るのを待っていた。そのキラキラした期待の目は、まるでエサを待つ犬か猫のようだ。
「いただき…」
「ちょっと待て」
「なんだ? さっさといただくぞ?」
「なんだこれは?」
ローレンの皿にはキャベツ山盛りになっていた。肉は驚くほど少ない。それに対して、ルナの皿には肉が埋め尽くされていた。
「なんだ? なにが不満なんだ?」
「不満しかないだろーがっ!」
「我に手伝わせたということは、我の思うとおりにやっていいということ。任せたお前が悪い」
「せめてキャベツと肉の量を同じくらいにしろ。俺は青虫か」
「なんだそれは?」
「キャベツ食う虫のことだ。…まあいい。今後、お前には任せん」
夕食を食べたあと、ルナはお風呂に入る。アツアツのお湯に浸り、出てきたルナは居間の端の段差に腰かけた。満足そうにタオルで髪を拭いている。ローレンも入ろうと着替えを準備し、居間から下りようとしたとき、あることに気づいた。
「ルナ。毛先の色が赤くなってるぞ」
「むっ。そのようだな」
気がついていなかったのか、彼女は自分の毛先を摘み、まじまじと見つめた。
「いつの間に染めたんだ?」
「染めるだと? これは魔力の…。」
「ん? 魔力?」
「い、いや。…そうだ。さっき染めたんだ」
会話を打ち切りたいのか、逃げるようにして居間に上がっていった。
さっきって風呂場でか? 見たところ、染めるような道具はなにも持ってないようだったが…。
気になったが、それ以上喋る気はないようなので、風呂場に入る。アツアツのお湯に水を入れてから冷まし、浸かった。
お風呂に入っている間、ルナは隣の部屋でキッチンの棚を開いていた。しめしめと、熊肉が入った入れ物のフタを開ける。そして、そこから肉を取り出し、別の適当な入れ物に移し替えた。それを棚の一番奥のほうに置いた。自分専用の肉を確保できて満足したのか、彼女は居間に上がった。
風呂に入った後は寝るだけだった。ルナはドレスの上にモコモコした服を二枚重ね着して、囲炉裏の火に手をかざしている。
トントン。
玄関のドアが叩かれた。
こんな時間に誰だ? 熊じゃなさそうだ。だとしたら遭難者? 面倒だな。
居間から下り、ドアを開いた。そこにはガタガタと震えている女性がいた。濃い青色の長い髪を垂らし、後頭部には大きな白いリボンをつけている。まだ幼さの残る顔をした彼女は、銀色に輝く胸当て、そして腰には剣の鞘を帯びていた。そして背中には小さなリュックが見える。
「す、すすす、すみません。寒くて死にそうです。助けてください…」
両腕で自ら抱きしめるようにして、助けを求めるようにウルウルとした瞳を投げかけている。正直顔が死にかけていて怖かったが、拒否するとしつこくドアをノックしてきそうな感じがしたので、入れてあげることにした。
「あ、ありがとうございます」
彼女は入って来るや否や、居間に上がって囲炉裏の火に手をかざした。むっとしたのはルナだ。キッチンで温かいお茶を作り、彼女に渡してやった。それをおいしそうに飲む。
毛布ってもうないよな、どうしようか?
などと思っていると、女子から口を開いた。
「遭難したんです」
そうなんですか、なんていうくだらないギャグを飲みこんだ。これ以上寒くさせてはいけない。
「途中、道に迷いまして。沢を下っているうちにここどこだろうって。偶然、この家を見つけて駆け込みました。情けないですね。私…」
「いや、遭難する人はいるから。君だけじゃないよ」
「…はあ~」
フォローしたつもりだが、盛大にため息をつかれた。遭難して沢を下るのは一番やっちゃいけないパターンだ。足を滑らせて滑落し、亡くなる人が多い。見たところ、ケガはなく平気そうだ。運がよかっただけか? それとも…。
「親や親せきは? 心配してるんじゃないのか?」
「心配はしてると思いますよ。旅を始めた当初から」
「旅? 旅人ですか?」
「あ、申し遅れました。私、なにを隠そう、勇者です」
「「「え!?」」」
ローレンとルナ、そしてアルルは驚きの声をあげた。
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