6話 ルナの客引き

「にく~、にく~。今夜はにく~」

 居間から謎の歌が聞こえてくる。キッチンで肉を細かく切ってから囲炉裏のほうへと持っていった。

 網の上に肉を置くと、ジュ~という食欲をそそる音がした。

「おおっ」

「まだだぞ。ちゃんと焼いてからだ」

「わかっている。うるさいやつだなっ」

 焼けた肉を皿に乗せ、二人は手を合わせた。

「「いただきますっ」」

「ん~」

 至福のひと時を堪能しているようで、ルナはうっとりしていた。やはり目が紫色に光る。いったい何のサインなのかわからない。

「なあ、ルナ。さっきから目が光ってるのって、なんなんだ?」

「ん? そんなことは知らん」

「そうか」

 期待してなかったので、まあいいかと思うローレンだった。

 肉はどんどん減っていった。というよりルナの食欲が尋常ではないので、どんどん胃袋に入っていく。ちなみに彼女は手でつまむようにして口に運んでいた。箸を使うよう勧めても、慣れてないからうまく持てず、このほうが早いと言って手に戻った。

 最後の肉が網の上で程よい色に仕上がっていた。ほぼ同時に箸と手が伸びる。

「我のほうが早かったぞ」

「バカ言うな。俺のほうだ」

 視線がバチバチと交錯した。

「熊を倒したのは俺だぞ。ここは譲るべきだ」

「そんなことは関係ない。早い者勝ちだ」

「しつこいぞ」

「そっちこそ」

「ぬぬぬ…」

「うぐぐ…」

「なにやってんだか」

 アルルは床に寝転がりながら、この光景を眺めていた。

「あっ! ルナ、あれはなんだ?」

「え? どこだ?」

 隙あり!

 肉から手が離れた瞬間を狙って、ローレンは素早く口の中に入れた。

「あっ!」

「バカめ。そんなに引っかかるとは」

「く、くそ…。卑怯な」

 ルナは悔しそうに、ローレンを睨みつけた。

 夕食が終わり、一息つく。アルルは力を使って疲れているのか、寝ていた。

「質問がある。あの精霊の剣、あれは何だ?」

「精霊の剣は精霊の剣だ」

「答えになってないぞ。それにいつの間にやら消えていたし…」

「秘密だ」

「むっ。我に隠し事をする気か?」

「なんだ? 俺に興味津々か?」

「だ、誰がっ! お前などに興味はない! 勘違いするな!」

 プイッと顔をそむけるルナ。

 ちなみに精霊の剣はアルルに戻ったので、彼女からしたら消えたように見えただけだった。

「明日は野菜を収穫して村に行く。お前もついてこい」

「なんでだ?」

「着る服がずっとそれじゃあ嫌だろ。下着も買わないとな。それに村の連中にお前のことを聞いて、知っているやつがいないかどうか確認する」

「な! それはまずいぞ」

「なにがまずいんだ?」

「い、いや…その…あ、あれだ。我を知ってるやつはいないと思うぞ」

 自信なさげに言うルナ。顔が赤いので動揺が見られる。

「なんでそんなことお前にわかるんだ? 行けない理由でもあるのか?」

「と、とにかく我は行かん! ここに残る!」

「そうか。じゃあまた熊が出ても知らんからな」

「う…」

 数秒、彼女は考えるようにうつ向いた。そして、命を奪われるよりはマシという判断を下したのか、「わかった」と静かに言った。

 まあ、そうそう襲いかかるような熊は出ない。でも、こうでも言わないと聞かないからな、こいつは。


 次の日。

 収穫した野菜、それをいったん小さな荷車に置いたあと、川のところまで運んで洗う。そして大きな荷車に入れていく。冷たいのは嫌だというわけで、力仕事はルナがやることになった。運ばれてきたものを川で洗う係りをローレンがやる。

「うわっ!」

 心配していたとおり、野菜を積んだ荷車がひっくり返った。

「なんだこいつは! 愚か者めっ! まともに動けんのか!」

 荷車を蹴って怒るルナ、その頭部を叩いた。

「いたっ」

「俺が運ぶ。お前は洗え」

「なんだと? この我に洗い物をさせる気か?」

「そうだ」

「この川の冷たさに耐えろと言うのか? 我を殺す気か?」

 ローレンはため息をもらした。そこで、温かいお湯をバケツに入れて、そのお湯で洗ってもらうことにした。

「ぬるいぞ? もっと温めんか」

「野菜を茹でる気か? 我慢しろ」

「むぅ…。しょうがない」

 収穫量は少なかったので一時間ほどで作業は終わった。家の鍵を閉めた跡、荷車を押していく。一旦坂を下った後、平坦な道を進んでいく。そこからグルっと回り込むようにして続く道の先に村があった。じょじょに傾斜がきつくなってくるので、上り切るのはいつも苦労していた。

「くっ…」

「どうした? ん? 我の力が必要か?」

 横にうざい顔をしたルナがいた。

「ちょっと後ろから押してくれ」

「ふっふっふ。押してください、だろうが」

「押してください」

「キャハハッ! 今日は素直じゃないか。どれ。我の力、見るがよいわっ!」

 ルナは荷車の後ろから両手で押した。

「んぎぎぎぎ…」

 一人の力が加わることでだいぶ楽になり、協力プレイで上がり切ることができた。そこからは平坦だ。木の門をくぐったその先には両側に家が連なり、宿屋や服屋などが立ち並ぶ。

「ど、どうだ。我の力は? 思い知ったか?」

「はいはい。偉い、偉い」

「くっ。バカにしてるのか? 貴様」

 先に村に様子を見に行っていたアルルが戻ってきた。

「焼け焦げた民家が何軒かあるよ。でも数は多くないみたい」

「そうか」

「ん?」

「いや、なんでもない。独り言だ」

 街の中を進んでいくと広場に着いた。そこは村の中央に位置し、開けた場所だ。どこからかやってきた商人の男が店の準備をしていた。彼に声をかけ、少し離れた場所に荷車を置く。そして値札を掲げた。大根百ゴールド、白菜も百ゴールドだ。客商売は苦手なので、ここからひたすら待つことになる。

「よってらっしゃい。見てらっしゃい。この木彫りの像。ご利益があるって有名な木彫り像だよ~。今ならなんと五百ゴールドだ。買った買った~」

 傍にいる商人から威勢のいい声が聞こえてきた。客が注目するのはやはり声を出しているほうだ。ルナはきょろきょろと辺りを見渡していた。

「なにか気になることでもあるのか?」

「いや…。今日はいつ帰るんだ?」

「この調子だと夕方ぐらいになるな」

「夕方だと!? そんな時間までここにいるのか?」

「なにか不都合なことでもあるのか?」

「別に…」

 ルナは早く帰りたがっているようだ。ローレンも、この野菜を早くさばきたかったが客足は遠い。ただ、ルナのほうに視線を向ける村人の姿が何人かいた。着ている服は地味な長袖、長ズボンだが、顔とスタイルは抜群だ。目の覚めるような美女がそばにいれば女性でも見てしまうだろう。

 これで服がまともだったら…。あ、そうか。

「ルナ。服屋に行くぞ」

「え?」

 荷車はそのまま放置し、適当な木箱を用意してそこにお金を入れるようなことを書いた。店番はアルルに頼み、二人は服屋に入った。女性もので似合いそうな服を眺めていくと、ヒラヒラした赤いドレスが目に入った。ただ、五万ゴールドもするので高い。

 もうちょっと値段が安いものはないか?

 店員に聞いてみた。すると同じ赤いドレスで値段は一万のものがあるというのでさっそく試着してもらう。彼女はブツブツ文句を言いながらも、早く帰れることをちらつかせると従った。ついでに下着とブラジャーも一緒だ。

 試着室から出てきたルナは恥ずかしそうに顔から湯気を出していた。

「ど、どうだ?」

 目の覚めるような美女がそこにいた。

 これで性格がよかったら最高だったのに…。

「合格だ」

「なんだその上から目線の言い方は」

「とてもお似合いでございますね」

「そ、そうか? てへへ…」

 調子に乗って、一回転するルナ。店員の反応は上々だ。これはいける。

「ありがとうございました~」

 二人は服屋を出た。やや小走りで広場まで戻ってくる。

「一つも売れてないよ~。あれ? すっごい可愛くなったね。買ったの?」

「そうだよ。かなりマシになっただろ?」

「また独り言か?」

「ああ。じゃあ今からルナには客引きをやってもらう」

「客引きだと?」

「店の前に立って、客を呼び集めることだ」

「ふんっ。そんなこと簡単だ」

「ん? やったことがあるのか?」

「我を誰だと思っている?」

 自分のことを我とか言っちゃう、頭のおかしいドジっ子だと思ってる。

 心配だったが自信満々だったので任せることにした。ルナは荷車の前に立つ。横にいる商人は「げっ」というような表情をした。行きかう人々の視線、それが彼女に向かう。すうーっと息を吸い、そして、

「愚民ども! 我の美しさに、触れ伏すがいいっ! キャーハッハむぐっ!」

 ローレンは彼女の口を塞いだ。素が出たらすべてが台無しだ。

「なにをする!?」

「お前はアホか? そんなこと言ったら客が引くだろーが!」

 実際、近くにいた客はドン引きしていた。

「なにぃ?」

 ローレンはため息をついた。

 こいつに期待した俺がバカだったぜ。

「いいか? お前は一言もしゃべるな。そして常に笑顔だ」

「な、なんだと? 我に命令する気か?」

「一言も喋らなかったら、昼は焼き肉だ」

「肉だと!? よしっ! よかろう」

 単純なやつで助かった。よし、こっからが勝負だ。

 作り笑顔のルナが店の前に立った。それだけで注目度は増す。その流れで声をかけてくるものまで現れ、野菜が飛ぶように売れ始めた。そして昼を待たずに一気に完売する。

「完売です。ありがとうございました」

 ローレンは頭を下げた。商人は休憩に入るようで、店を離れる。その際、商売にならんと、一瞥してきた。作り笑いを解いたルナは「ふんっ」と功績を当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「我の力を持ってすればこのようなこと、昼飯前だ。それより、ローレン。貴様、肉の件は忘れていないだろうな?」

「ん? なんのことだ?」

「んがっ! 貴様! 言ったではないかっ!」

「知らんなあ。そんなこと」

「嘘をついたなっ! 我を思い通りにしようと嘘を!」

 ルナは涙目でローレンの胸倉を持ち、ガタガタと揺らす。

 また始まった、と呆れ顔のアルルが見えた。

 ちょっとおちょくっただけだろ。

「じゃあ行くか」

「な、なに! 話はまだ終わってないぞ!」

「肉、食わないのか?」

「…」

 胸倉から手が離れた。

 昼食は牛丼を食べた。テーブルの前に置かれた牛丼、それを見たルナは目をキラキラさせ、よだれをダラダラと垂らしている。

「「いただきますっ」」

 バグバグモグモグと貪るように食い散らかすルナ。その様は下品を通り越して汚かった。犬が久しぶりのエサにがっついているようだ。さらに落ちた米粒を拾い上げ、食べることを忘れない。せっかくのきれいなドレス、そして美貌が台無しだった。近くの母親がジーっと見ていた子供に「見ちゃダメよ」と注意していた。

「おい」

 聞こえていないのか、返事はなかった。

 ダメだ、こりゃ。

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