4話 商人のおやじさん

 小鳥のさえずりで目が覚めた。ルナの寝顔を確信したあと、家の玄関の引き戸を開ける。心地よい朝日が迎えてくれる。

 アルルと挨拶をかわし、いつもの朝が始まった。

 今日もやることはたくさんある。完全に自給自足とはいかないが、できることは一人で何でもこなす生活が身について早もう五、六年たつ。

 初めは大変だったな…。

「お~い。ローレン」

「ん?」

 川下のほうからさかのぼって来る男が目に入った。

「おやじさん。おはようございます」

「おはよう。今日もいい天気だ」

 パンパンに入ったリュックを下ろし、タオルで汗を拭った。彼は商人で、ときどきこんな僻地にまで顔出すマジメな人だった。

 そうか。この人に聞いてみたらなにかわかるかもな。

「おやじさん。近くの村でなにかありましたか?」

「ああ。その話をしようと思ってたところだ。実はな、一昨日だったか、村に魔族が攻めてきたようだ」

 近くの石をイス代わりにして、おやじさんは腰を下ろした。

「魔族って、魔王の手先の?」

「そうだな。それも四天王の一人で、災厄の魔女ミラと呼ばれている、火を操る恐ろしい女魔族だ」

「そんなやつが…。それで。村は大丈夫でしたか?」

「被害は割と少なかったようだ。村長は殺されたが村の中にたまたま来ていた魔法使いがいてな。そいつが罠を張って、かかった魔族はどこかに逃げたらしい」

「死んだんですか?」

「さあな。もしかしてこの近くにいるのかもしれんが、見なかったか?」

「…いえ。知りませんね」

 一瞬、ルナのことが頭をよぎった。村が襲われたあと現れたということで時間的に一致する。しかし、あれが四天王の一人というのはないなと頭からその考えを消した。魔族なら角が生えているだろう。災厄というより最弱の魔女ならわかる。

「そうか…。なら死んだかもしれないな」

「そうですか。その魔法使い、やりますね」

「ああ。それで、今日はなにか買っていくんだろう?」

 ニヤリとおじさんは笑った。情報をもらった手前、断るわけにはいかず買うことにした。必要なものは米や大豆、塩などだ。

「おやじさん。あと、下着とかある?」

「下着? あるぜ。パンツか? シャツか?」

「ええっと、言いにくいんだけど」

「なんだ。こんなところで誰も聞いてねえって。心配するな」

「女性ものの下着とか…ないですか?」

「んん?」

 うつ向くローレンの顔をまじまじと見た後、ボロの一軒家に視線を移動させた。

「おめえ、まさか…」

「いや違うんだ。そういうんじゃない」

「いやいや。気にするなって。ローレンも若いもんな。まったく、隅に置けねえなあ、おい」

 ニヤニヤと笑いながら、肩を軽く叩いてきた。

 完全に勘違いしているだろう、この人。

「わかった。すぐには無理だろうけど、近いうちにまた来るよ。そのときでいいか?」

「あ、いいです。今買えたらってことで言ったんで。少ししたら村に寄るので、そのときに買います」

「そうか。残念だな。ブラジャーとかも必要だよな」

「そ、そうですね」

 もわんもわんと、ルナのたわわな胸が思い出される。ぶんぶんと頭を振ってから、妄想を追い出した。

「サイズとかわかってるのか?」

「いや…」

「なんだ。まだ触ってないのか?」

「ははは…」

 ローレンは焦っているのを、おやじさんは楽しんでいるようだった。購入したものと引き換えに現金を渡す。満足したのか、リュックを背負った。

「じゃあまたな。今度彼女さん、紹介してくれよ」

「だから違いますって」

「はは。それじゃあな」

 おやじさんとは手を振って別れた。

「はあ…疲れた」

「あのおっさん、恋人ができたと思ってるよ。どうするの?」

「放っておけ。否定しても俺が隠してるみたいに見えるだけだから」

「ふ~ん。でもローレンはどう思ってるの?」

「え? 俺?」

「そうそう。ルナみたいな子がタイプ?」

「そう見えるか?」

「…見えないね。じゃあもしかして私みたいな?」

「ないない」

 頬をぷく~っと膨らませて怒りの表現をするアルル。そのぐらいの可愛げがルナにもあればな、と思うローレンだった。

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