第1話 煌く星々の下で

 終電に乗り遅れて歩いて帰る羽目はめになった浅島康平あさじまこうへい憂鬱ゆううつだった。

「週末にこれかよ……」

 会社の上司に飲み会に誘われ、断りきれずに付き合った結果がこれだ。自分以外の全員が徒歩圏内とほけんないに自宅があったことによって、解散時間が異様に遅くなってしまったのだ。

 溜息ためいきをつきながら少しずつ自宅までの距離を縮める。現在午前2時11分。閑散かんさんとした住宅をかき分け、時々夜空を見上げながらモチベーションを維持しようと試みる。酔いもとっくに冷めていたが、微かに高揚感こうようかんが残っていたのが幸いだ。

 だがそれも失うような試練が目の前に立ち塞がる。

「これを登るのか……」

 彼の前には山の上へと続く長い階段があった。なだらかな斜面しゃめんで標高もあまり高くないとはいえ、歩き続けた身にはいささかキツすぎるものだった。

 しかしこの山を越えた裏側に彼の自宅があり、近道だった。迂回うかいするとさらに時間がかかるため、登らなければならなかった。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 休憩を挟みながら少しずつ階段を登って行く。階段と階段の間の小さな通路を照らす橙色だいだいいろの外灯が自分に当たる度に休憩きゅうけいをした。等間隔に置かれているので、やる気が損なわれることはなかった。遠くに見える街を見ながら一服いっぷくしたりして、英気えいきやしなった。

「もう少し…あともう少しで頂上だ……」

 頂上が見え始め、気力がみなぎる。自分を鼓舞こぶするための言葉をこぼしながら、頂上を見据みすええる。

「?なんだ?」 

 よく見ると頂上に外灯の照らされるくるくると回る人影があった。階段を登り、近づいて行くと全体像がわかるようになってきた。

 どうやら女性のようだ。顔はよく見えないが、大きめのヘッドホンをつけていた。大きめのスエットを着ているため袖から手が出ておらず、振り回す度に中折れしていた。

 彼女はリズムに乗りながら踊っているようだが、お世辞にも上手いとはいえるものではなかった。

 しかし気づかない内に見惚みとれてしまった。

 彼女は自由だった。あたりを静寂と暗闇くらやみに包みこむ世界でたった一人、彼女だけが騒々そうぞうしくきらめいていた。

 無邪気さに満ちあふれた妖精ようせいの調べがひそかに観衆もいないまま公演されていたのだ。

 しばらくして彼女は自分の存在に気づいたようで、一目散に反対側へと逃げていった。

「なんだったんだ……」

 首をひねり、自分の目にした光景を思い返す。星々がそんな彼を見守るように優しく輝いていた。

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