第140話

 「――蒼鬼、鬼門を開け。開いた後、生きている黒騎士共を召集しろ」

 「良いのか?私はともかく、他の黒騎士が仲間だとは分からないぞ」

 「構わないさ。もし敵なら、奴と一緒に殺すだけだ」


 魅夜と言葉を交わしたオレは、炎で作った壁の中へと足を踏み入れた。そこには蒼鬼と茜が居て、何も言わずにオレの言葉を待っていた。

 蒼鬼はともかく、茜はムスッとしている表情を浮かべているおまけ付きだ。後で小言を聞かされる未来が見えるが、今はやるべき事をしなくてはならない。いや、本来すべき事に戻るとしよう。


 「本当にあっちに戻るの?ほーくん」

 「あぁ、いつかは清算しなくちゃならない事だったからな。いずれは戻るつもりでいた。それは一応、お前には言っていたつもりなんだがな。――蒼鬼」

 「え?そうなの?」


 オレの言葉を確かめるようにして、茜も蒼鬼へと視線を向ける。四つの視線を一斉に受けた蒼鬼は、戸惑った様子で顔を逸らしながら言った。


 「う、うむ……ひ、姫様は知らぬとも当然ですが、焔鬼が言っている事は事実で御座います。私は、焔鬼が人間界に居る事も、姫様がご健在である事も知っておりました。――そして、蘭鬼も」

 「……つまり、二人は味方をしながら敵を演じて、私とほーくんを逃がしたって訳ね?そして敵である事、疑われないようにする為にほーくんが蘭鬼を討ち、蘭鬼がそれを望んだ。って、そういう事?」


 蒼鬼の言葉から全てを理解した様子の茜は、言葉を並べてそう言った。元々勘も良く、頭の回転が早いのが茜という女だ。記憶を封印したあの日から、恐らくは予想していたのだろう。

 そして多分、今オレがこうして動くという事も含めて。


 「はぁ……何も理由も無しに鬼門から逃げるぞ、ってほーくんから言われた時は何事かと思ったけど、ようやく話が見えた。けど、鬼門に戻るのは良いとして、肝心の覇鬼――お父様を殺すのは難しくないかな?」


 顎に手を当ててそう言った茜の瞳は、微かに左右に揺れていた。本当に相手を出来るのかという不安と心配が表れているが、オレは肩を落としながら腕を組んで応えた。


 「正直に言えば、難しいだろうな。戦力が少ない以上、覇鬼を討つには手が足りない。魅夜の申し出を断ったの後悔している所だ」


 オレは肩を竦めながら苦笑混じりにそう言うと、蒼鬼は微かに笑みを溢しながらオレに言った。


 「クク……では私は、他の黒騎士を召集しよう。幸い、まだ妖力の気配があるのは私を含め三人居るようなのでな」

 「あぁ、頼んだ」

 「頼まれた。では姫様、また後程」


 シュンと消えるように移動すると同時に蒼鬼の気配は離れ、オレと茜だけが残った。気付けば魅夜の気配も無く、恐らくオレたちが話している間に姿を帰ったのだろう。

 そんな事を思っていると、茜がオレに視線を向けている事に気付いた。


 「どうした?茜。オレの顔に何か付いているのか」

 「……」


 視線を辿れば、茜が何を見ているのか一瞬で理解が出来る。オレの姿を上から下へ、特に目が止まったのは額から生えている片角だ。それを見つめる茜の視線には何処か、悲しげな空気が包まれていた。

 オレの身を案じてくれているのは有り難い話だが、こうも心配され続けるのは堪った物ではない。何故なら……


 「茜、笑え」

 「え?」

 「オレはお前のそんな悲しそうな顔は見たくはない。オレが好きなのは、誰もが幸せそうに、楽しそうに笑っている姿だ。だから茜、見苦しいお願いかもしれないが……笑ってくれないか?」

 「……うん、分かった」


 オレの言葉に従った茜だったが、その言葉とは裏腹に笑みは浮かべていなかった。やがて寂しそうな表情を浮かべた茜は、オレの胸に勢い良く飛び込んで来て言った。


 「っ……やっと、やっと会えたっ……またこうやって話せたっ。嬉しいっ、嬉しいのに、悲しいよ!ほーくんっ」

 「……」 

 「ほーくん、かなしいよっ」


 オレの胸を叩きながら、子供のように泣きじゃくる茜。そんな茜の事をオレは……


 「ごめんな、茜」

 「っ……ほー、くん……」


 妖術で眠らせた。頬に伝う涙と目元にある涙を拭い、抱き抱えてから言った。


 「丁度良い。後は、お前らに任せる。……またな、紅姫あかね

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