第139話

 「――ボクの主人に何をしたっ!!!」

 「「――っ!?」」


 魅夜の行動に驚いた蒼鬼と茜は、魅夜の攻撃を防いだ事で後方へと飛んだ。距離を取り、魅夜の行動の真意を確かめる為に茜は口を開いた。


 「い、いきなり何するのさ!私がほーくんに何かする訳ないじゃん!!!」

 「人間の言葉は信用出来ない。ボクと同じ半妖だったとしても、人間だった記憶は紛い物にはならない。人間という本質は、そんな簡単に変わらない」

 「だからっ、私は敵じゃないんだってばっ!!」

 「逃がさないっ!!」


 回避行動を取る茜に対し、魅夜は妖力を溢れさせて茜の姿を見据える。そんな魅夜の妖力に違和感を覚えた蒼鬼は、彼女たちの間に割り込むように立ち塞がった。


 「……あらぬ誤解をしているようだな。あの時、やはり貴様の妖力に私の鬼火が反応したのは勘違いではなかったようだ」

 「……お前が、ボクの事を操ったのかっ!」


 蒼鬼の言葉で蒼い鬼火を思い出したが、その鬼火を操る黒い影を魅夜は脳裏に浮かんだ。それはこちらを見下ろす眼差しであり、魅夜を操る際に姿を見せた蒼鬼である事を理解した。

 その会話を聞いていた焔は、目を細めて魅夜と蒼鬼、そして茜の姿を視界に入れた。やがて怒りに任せようとしていた魅夜の眼前、蒼鬼と茜、それぞれの前で斬撃を放って壁を作って遮った。


 「ほ、焔?」

 「っ!?」


 それぞれの前に作られた炎の斬撃は壁となり、溢れていた魅夜の妖力は沈静化し、蒼鬼と茜は黒騎士だった頃に見た焔の……否、焔鬼の纏い姿を見据える。

 そこには微かな緊張の糸が張り巡らせていて、蒼鬼と茜は冷や汗を伝わせながら焔鬼の言葉を待った。


 「やっと大人しくなったな。悪いが魅夜、そいつらは敵じゃない。大人しく帰れ」

 「で、でも、ボクも戦える!きっと焔の役に立つ」

 「役に立つ立たないの話じゃない。ここからは命のやり取りをするんだ。オレは、お前らの生を望む」

 「焔、それは――ボクが……弱いから、ですか?」


 焔鬼の目の前に立ち、自分の胸に手を添えて問い掛けた。幼い見た目の猫妖怪だが、妖力は十分である事は知っている。だがしかし、焔鬼は間髪入れずに魅夜の事を引き寄せて言った。

 まるで親が子供を優しく抱き締めるように、慰めるように告げた。


 「――安心しろ。別にオレが死ぬ訳じゃない。お前たちはオレの誇りなのだから、その誇りが残っている限りオレも死なない。魅夜を含め、鬼組連中はオレの帰る場所であってくれ?」

 「……っ」


 一度悔しそうな表情を浮かべた魅夜だったが、やがて目を細めて焔鬼から離れてその場で膝を折った。そして拳を地面に突き、王に忠誠を誓う騎士のように頭を下げて静かに言った。


 「――そのめい、承りました」

 

 その言葉を聞いた焔鬼は、口角を上げて魅夜の横を通り過ぎた。背中を向ける魅夜の拳の横には、小粒の涙が垂れていた。

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