第116話

 ――引き鉄を引く事は、とても簡単な事だ。


 撃てば相手は死に絶え、目の前で紅い花を咲かせながら倒れていく。その相手を見下ろしながら、引き鉄を引いた人間は見下ろすしかない。撃った人間は、ただ見下ろすしか無くなる。


 ――だが引き鉄を引かない事は、どんな事よりも難しいのだ。


 何故ならば、あらゆる感情がそれを成そうとするからだ。引き鉄を引かせるのは衝動であり、それ以上でもそれ以下でもない。あるのは、相手をを生かすか殺すかの二択のみ。


 ――戦場というのは、そういうものだ。


 「そうだろぉ~、焔鬼ぃ」

 「……余所見は厳禁だよ?酔鬼」

 「っ!?」


 過去を思い出そうとしていた俺の意識を遮り、背後に回り込んだ姫さんの声が耳に届く。振り返ろうとした瞬間、目の前には既に姫さんの腕が伸びていた。

 振り向いた直後、俺の眼前には姫さんの顔が間近にあった。


 「どうしたの?酔鬼。鳩が豆鉄砲を喰らったような……いや、鬼が銃弾を喰らったような顔、かな?」

 「相変わらず、動きが読めねぇなぁあんた。俺を拘束しても意味無ぇだろぉ」

 「うん、確かに意味は無いね。けど、効果はあるんだよ?だってこうしておけば……」

 「――っ!?」

 「――倒れたはずの相手が、酔鬼に仕返しをしにやってくるんだもん」


 俺の前に現れた三人の人影。それに俺が気付いたと同時に、姫さんは俺から離れて拘束を解いた。拘束が解けたのならば、俺のやる事はただ一つしかない。


 「っ……それで勝ったつもりかぁ?」

 

 幻影虎砲を使い、分身を複数作った。これであれば、いくら複数で迫られても問題は無い。だがしかし、俺は予想は出来なかった。

 離れたはずの姫さんが、その力を自ら振るおうとしている事を……


 「っ……(目の前の敵が紙人形?式かっ?)」

 「言ったでしょ?余所見は厳禁って」

 「姫さん、あんた……っ」

 「一刀いっとう……無茜むせん


 そう言った姫さんの構えた紅い刀身は、真っ直ぐに俺へと伸びた。

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