第35話
『旅のお方とは珍しい。さぁさ、どうぞ。大した御もてなしは出来ませんが』
「構わない。数日すればここを離れるしな」
古い旅館だが、この狭い村の中では貴重な金銭面を補える場所だろう。ここが無くなれば、旅人や商人が足を止める理由は失われてしまう。その事を理解しているのか、旅館で働いている者たちは彼に取り入れろうとしているのが伝わる。
しばらく献身的な御もてなしが続いたが、無言の多い彼に縋ろうと考える者は居なくなった。無駄な会話をする必要は無いという判断から、その効力は絶大のようだった。そして部屋から旅館の者が離れた瞬間、彼は羽織りを脱ぎながら言った。
「ハヤテ、刹那」
「はいっス」「はい」
「お前らは明日から、この周辺で
「アニキはどうするんスか?」
「オレはしばらくここに居る。動くべき時は動くつもりだが、それまではお前らに任せる」
「了解っス。刹那も、異論は無いっスね?」
「はい、問題はありません」
「なら明日の準備に備えろ。オレはもう寝る」
彼の眠りを邪魔しないよう違う部屋へと向かい、一つの机を挟んで向き合う形で座った。茶を
「さて、明日の話をするっスよ。刹那」
「はい」
「その前に……なぁ、一つ聞いて良いっスか?」
「はい、何でしょうか?」
「何でそんな余所余所しいんスか?俺はあんたに何かしたっスか?」
「いえ、別に何も」
「じゃあ何でそんな……俺が年上のような反応をしてるんスか?」
「へ?」
「へ?じゃないっスよ!まさか、気付いてなかったんスか?俺、あんたよりも年下だ!アニキと一緒に居る時間は俺の方が先っスけど、別に家来とか家臣のような序列は無いんスよ!」
「……そ、そうなんですか?私はてっきり、貴方の方が偉いものと」
「アニキはそういう事はしないっスよ。人数が増えたら必要かもしれないっスけど、今は俺とあんたしか居ないっス。そして明日からは、相棒になるんスから……面倒な態度は無しっスよ。姐さん」
「ねえ、さん?」
「年上なんスから、それらしい態度をして欲しいっス。返事は?」
「……はい。分かりました、ハヤテ」
……――懐かしい記憶を思い出しながら、私は戦う彼の姿を見据えた。本気の彼を見た事は無い。だからこそ、たまに強く思う事がある。
彼、ハヤテの本当の実力を見てみたいと。
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