第24話 8/26 お祭り
祭り会場は人で溢れかえっていた。真っ直ぐ歩くことは不可能だと思った。隣を歩く栞は、はぐれないように僕の手を握っている。まだ照れくさい。顔が熱くなる。火照るのは、夏のせいではないだろう。
栞を唯一視認できる人物に僕が選ばれたのは、偶然ではなかったと思う。繋がりはしっかりあった。
「栞の未練って、彼氏を作る以外に何かあったの?」
「そりゃあ、もちろん。一番はそれかなーって思ってたけど、他にも美味しいもの食べたいとか、旅行行きたいとか。いっぱいあったよ。生きてるうちに何もできなかったからね」
その中に、僕への感謝も含まれていて、それら全てを叶えてあげられる人物を選んだのだろう。誰が選んだのかはわからないけれど。神様かな?
「あれ食べてみたい」
彼女が指差したのは、りんご飴。祭りの代名詞とも言える。
「二つください」
屋台のおじさんにお金を渡し、りんご飴を受け取る。一つを彼女に渡す。
「甘いねぇ。でも、美味しい」
「気に入った?」
「うん」
屋台をいくつか回り、焼きそばを購入した。人が密集していない土手を見つけたので、そこに座って食べることにした。
「浴衣汚れそー」
言いながら、栞はお尻をつけて座った。
「言ってなかったけど、すごく似合ってるね。浴衣」
「おそっ。ありがとー」
「会ったときは、言える雰囲気じゃなかったでしょ。僕、どれだけ空気読めないやつなの」
「確かに」
彼女は上品に笑った。いつもの彼女だ。
「焼きそば、美味しいね」
「うん。なんか祭りに出てるものって何でも美味しく感じてしまう」
「祭りの雰囲気のせいだろうねぇ」
至福の表情をしている。焼きそばでこんな表情をできるのは、彼女くらいじゃないかと思う。
あのとき僕がスマホを渡していなかったら、こうして二人で祭りに来ることができなかったと思うと、過去の自分の選択に感謝する。一つ選択を誤れば、今の彼女の笑顔を見ることは叶わなかっただろう。
「ねえねえ、訊きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「いつから私のこと意識してくれたの?」
僕はすすっていた焼きそばを吹き出してしまった。地面には落ちなかった。
「汚いよ?」
「誰のせいだ」
「別に変なことは訊いてないじゃん。いつからいつから?」
彼女はニヤニヤしてる。
僕が好きであることを認めたのだから、確かに変なことではないけれど、いきなり言われると焦る。本当のことを言うのは、恥ずかしいな。
「多分、二人で遊園地に行った帰りくらいかな」
「恋人だったのに、それまで好きじゃなかったんだー。ショックだよ」
「それは栞だって、そうだろ?」
「私は会ったときから、好きだったけどね」
「本当のところは?」
「最初から好きだったのは間違ってないからね? でも、ショッピングモールに行ったあたりから、異性として意識しちゃうようになってきたかも。本屋で時間通りに君が来てくれなかったときは、本当に不安になっちゃったし、離れたくないっていう想いが強かったと思う」
「その節は、申し訳なかった......」
あのときの栞の表情は今でも鮮明に覚えている。あんな悲しげな表情は二度と見たくなかったし、そんな表情を絶対させたくないと思った。
「そのときから、徐々に好きになってしまいそうな気持ちが、秋太くんに向かないように自分の心を誤魔化してた。それでもホテルで秋太くんの初恋の話とか聞いてるとき、やばい! って思ったよ。さっき秋太くんに好きだって言われて、完全に認めちゃった。私の気持ちを」
よく考えれば、僕は初恋の相手に、初恋の話をしていたのか......。恥ずかしい。
「でも、僕に惚れる要素ってある?」
シンプルに疑問だ。彼女と違い、特段容姿が優れているわけでもない。どこに惹かれてくれたのだろう。
「え、いっぱいあるよ。それ本気で言ってる?」
「本気だけど......」
「まず優しいところでしょ。見ず知らずの私に数週間付きあってくれたんだよ? そんな人、めったにいないと思うよ」
「多分僕以外にもいると思うけど」
「なんで?」
「......可愛いし」
彼女の頰が急速に紅潮していくのが、わかった。
「君は破壊力抜群な発言をいきなりぶっこんでくるね? ずるいからやめてね......」
「考えとくよ」
僕の言葉にむくれる彼女。そういう行動も僕にとっては効果抜群であることを彼女も自覚して欲しい。
「なんか恥ずかしくなっちゃった。逆に秋太くんはどうして、好きになってくれたの? 初恋の相手だったから?」
「初恋の相手とかは関係ないよ。意識し始めたのは、初恋の相手だって知る前のことだし。高校生の君の全てを好きになった」
僕が言うと、彼女は「そっかー。嬉しいなぁ」と照れ隠しせずに言った。
焼きそばを食べ終わったので、ゴミ箱に容器を捨て、また屋台を回り始めることにした。
射的をしたいという栞の要望で、射的をすることになったが、当然対応してくれた屋台の人には僕が一人でするようにしか見えない。どうしようかと頭を捻って考えた。恥ずかしかったけれど、僕が彼女の後ろから手を添える形で、遊ぶことにした。周りからは、変な体勢で撃つんだな、と思われていたに違いない。密着していると、頭がおかしくなりそうだった。
冷静にいられなかったせいもあり、僕らが放ったコルクは商品と商品の間を抜けていった。
金魚すくいをするときは二回分支払い、ポイを二つ受け取った。そのうちの一つを彼女に渡した。裏から盗んでも最終的にお店側が損することはない。元通りになるから。けれど、彼女に盗みを提案するのはどうかと思ったので、律儀に二回分を払ったのだ。彼女は不器用なようで、すぐに穴を空けていた。彼女の反応に気を取られていると、僕のポイもすぐに破れた。
栞は、「まあ、掬えたとしても、私は飼えないしねー」と強がっていたが、悔しそうな表情をしているのを見逃さなかった。
「ラムネ飲みたい!」
と元気良く言ったので、僕は二本ラムネを買った。氷水につけられていたこともあり、とても冷えていた。彼女も、「つめたっ」と言った。
「ありがとー。ねえ、どうやって開けるの?」
僕が手本として、開けてみる。キャップを取り、ビー玉を押すための突起物をラムネ瓶の先端に当てる。少し力を入れて押すと、ビー玉は重力に従い、落ちた。溢れてくるラムネをこぼさないように、すぐに口元に運んだ。
カラン、という音も夏らしさを感じる。
「やってみる」
不器用だからか、単純に非力だからかはわからないけれど、苦戦していた。眉間にしわを寄せ、「うぅ」と言いながら、力を込めている。
「おお、開いたよ! わっ」
ラムネが溢れでて、彼女の手をつたっている。
「すごいね。よくできたね。でも、こぼしちゃったから、次は気をつけようね」
「子ども扱いしないで欲しいんですけどー」
僕がハンカチを渡すと、手を拭いた。不服そうな顔もラムネを一口飲んだら、ぱっと笑顔に変わった。
ラムネの泡が消えていく様子を見ていると、彼女もあと数日で消えてしまう事実が頭をよぎる。考えないようにしても、頭から追い出すことはできなかった。彼女も泡のように、少しずつ消えていくのだろうか。それはきっと美しいものだろう。
「ラムネ飲んでると、夏だーって感じがするね」
手を洗うために、トイレを目指している最中に言った。下駄を履いてるし、ラムネをこぼさないか心配になる。
「ラムネ飲んだことあったの?」
「え、ないよ? でも、テレビで見たことあったの。これも憧れだった」
そう言って、また一口飲む。意外と飲みっぷりがいいな。
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