第22話 8/24 彼女が消えてから
栞と出会って、二十四日目。彼女が僕の前から姿を消して、三日目。
昨日、彼女を捜した。全身を汗で濡らしながら、彼女がいそうな場所を訪れた。残念ながら、見つからなかったけど。あんな別れ方をしたのだから、彼女の方から姿を見せてくれる可能性はかなり低いだろう。しかし、僕が彼女を見つけられる可能性もこれまた低い。
彼女がいなくなってからの数日、頭を冷やすいい期間となった。
栞が初恋の相手だったことは驚いたし、動揺した。けれど、今の僕にはそんなことどうでも良かった。過去の彼女が初恋の相手だと知っても、僕の気持ちは変わらなかった。今の彼女のことを好きになった。だからそれをちゃんと伝えたかった。初恋の相手だと知ったから、好きになったのではなくて、今の栞を見て、好きになったのだと。
やはり今でも十年前のことは正確に思い出すことができないけれど、きっと彼女を好きになったのは僕の目を見て、楽しそうに話を聞いてくれたからなんじゃないかと思った。大きなぱっちりとした目で彼女はよく僕を見る。人の性質はそう簡単に変わらない。十年前から彼女はそういうコミュニケーションのとり方をしていたのではないだろうか。
家族団欒をする機会はほとんどなかったし、ちゃんと僕のことを見て、話してくれている存在は栞が初めてだったのかもしれない。全て推測なので、もしかしたら、綺麗な容姿に惹かれただけなのかもしれないけど。
彼女の手伝いを始めた頃のことも思い出してみた。どうして、見知らぬ彼女のことを助ける気になったのか。僕自身もずっと疑問だった。彼女が可愛いとか、可哀想とか、そういった感情以外に何かきっかけがあったんじゃないか、そう思っていたのだ。それが何だったのか今までわからなかった。
今、少しわかった気がした。僕は彼女と会って、もっと話したい。もっと色んなことを知りたい。そんな風に思っている。きっと僕は彼女に興味があったのだ。恋愛的な意味ではなくて、成仏しきれず、現世に戻ってきてしまうくらい、生に執着を持っていた彼女のことが気になったのだ。
僕が死んでも、おそらく彼女のようにはならないだろう。すぐに別の生物に生まれ変わったりするのだと思う。だから僕にないものを持っていた彼女に興味が湧いたのだと何となく思った。
彼女の生前の生き方を見れば、納得がいった。彼女は普通の生活を知らなかった。だから、たまに常識から外れた発言をしたり、行動をしたりしていた。同世代の人が学校へ行って、勉強をしている間、彼女は病気と闘っていた。病室かもしれないし、彼女の実家だったかもしれない。
彼女がいなくなっても、悶々と考え続けるあたり、本当に好きになってしまったんだと、再度自覚する。
でも、僕から彼女に会う方法がない。このまま、八月の終わりを待つしかないのか......。
熱気に満ちた室内を換気しようと、窓を開けた。涼しいとは言い難いが、それなりに気持ちのいい風が部屋に吹き込んできた。うるさいセミの鳴き声も一緒に部屋に入ってくる。
夏は冬と比べると、騒がしい季節だ。夜になれば、鈴虫が鳴いていたりもする。暑さにも辟易してしまう季節だけれど、僕は嫌いじゃなかった。正確には、嫌いではなくなった。
夏がうるさいのは、多くの生き物が生きている証拠。生を一番感じることができる季節だから。生きてるからこそ、うるさいとか、暑いとか、嫌いとか、好きとか、色んな思いを巡らすことができる。生と死の間にいるような、彼女の存在が僕を変えた。
そんな彼女にどうすれば、会えるのか。あんな悲しい終わり方をしないで済むのか。ずっと考えているけれど、いい案が出ない。
熱中症にならないように、飲み物を取りに行こうと、一階へ下りることにした。リビングへ入ると、いつも通り母さんがドラマを見ていた。その横を通り、冷蔵庫を開け、お茶を一杯飲む。目的を達成したので、リビングを出ようとしたときに、話しかけられた。
「お祭りに行ったりしないの?」
「祭り?」
母さんは立ち上がり、チラシの束から一枚抜き出し、僕に見せてくれた。となり町の祭りの宣伝だった。花火もあるらしい。
「明後日なんだ......」
「あんた、知らなかったの? そういうの若い子は好きなんじゃないの」
母さんは僕と栞の状況を知らない。数日前の僕らなら二人で行っていたはずだ。でも、今は誘う手段もないのだ。
いや、誘うことはできる。これも可能性は低い。低いけれど、今まで考えたどの案よりも可能性が高い気がする。
「教えてくれてありがと。祭り行くことにする」
「はいよー」
母さんはドラマを再開した。僕は礼を行った後、自室に急いで戻った。祭り会場の最寄駅までの電車をすぐに調べた。候補の中から、乗る電車を決めた。混まないように、少し早めの電車にしよう。
次にスマホを開き、僕は栞にメッセージを送った。
『明後日の十七時半にいつもの駅で待ってる 花火が観たい』と送った。
いつもの駅というのは、僕たちが少し遠出をするときに用いる、僕の家から一番近い駅だ。
以前に、花火を観たい、と言っていたことを思い出した。僕も栞と行きたい。
しかし、彼女がこのメッセージを見る保証はない。彼女がもう僕との思い出を断ち切るために、スマホを捨てている可能性だってある。Wi-Fi環境下にいるとも限らない。見ても、無視するかもしれない。状況は厳しいけれど、これが最後のチャンスだと思った。
僕は期待と不安が入り混じる心持ちで、明後日になるのを待った。
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