第16話 8/18 お昼ごはん

「んまいっ」


 正午を回ったところで、僕たちはお昼ごはんを食べることにした。遊園地内で食事をとるのは少々値が張るが、なぜか家の近くにある飲食店で食べるときよりも美味しく感じるのはどうしてだろう。実際に味は悪くないのかもしれない。けれど、それだけではなくて、この雰囲気みたいなのも一緒に味わっているような、そんな感じ。


 栞が食べているのは玉子とかベーコンとかレタスが入っている、どこにでも売ってそうなサンドイッチだ。少しコンビニとかで売っているやつよりも、大きい以外に特徴はない。僕が頼んだのは、ハーフサイズのピザだ。ハーフサイズなのにかなり大きい。これの倍と思うと、一枚を一人で食べきるのは常人では厳しいだろう。基本的にシェアして食べるようなのかもしれない。


 少し冷めてきたが、一応まだ伸びるチーズを堪能しながら、咀嚼する。


「私、花火観たいなー」


 サンドイッチを呑み込んだ栞は、言った。マヨネーズが口元についている。


「人混みはあんまり得意じゃないから、気が進まないな」


 口では言わず、あえてボディランゲージでマヨネーズがついていることを伝えた。


「え、なんかついてる?」

「うん」


 お手拭きを彼女に渡した。


「ありがとー。で、さっきの話だけど、行こうよ!」

「考えとくよ」

「やったねっ」


 残された期間は十日と少し、か。


 栞と仲良くなればなるほど、別れるときにどういう思いをするのか、僕自身はわかっているようでわかっていないのかもしれない。僕が人並みの心を持ち合わせているのであれば、きっと辛いのだろう。けれど、まだ彼女が九月になれば、いなくなるという実感が湧かないのだ。そして、彼女がいなくなった後の、悲しむ自分の姿を想像できないのだ。


 多分、想像できないのは、父さんがいなくなったときに何も感じなかったから。父さんとの関係は希薄だった。それでも、十年以上同じ家で暮らしてきた人だ。父さんがいなければ、僕はこうして彼女と出会うこともなかった。感謝している。

 彼女と出会ってまだ数週間。そんな僕がちゃんと悲しめるのかわからない。悲しめなかったときの自分が怖い。


 僕が一ヶ月後に消えるという彼女に付き合うことにしたのは、別れというものを知らないというのも一つの理由なのではないか、と思ってしまった。まだ僕は別れに恐怖心を持っていないのだろう。


「どうしたの?」


 サンドイッチを平らげた彼女が訊いてきた。


「いや、何でもないよ」

「最近、ぼーっとしてること多くない? もしかして、私が色んなところに付きあわせちゃってるから、疲れちゃった?」

「まあ、それもあるね。毎日疲労感が拭いきれないよ」

「もっとオブラートに包んでよ! 泣きそうです!」

「冗談だよ。ちゃんと楽しんでるし、疲れなんて全くない」

「イジワルですね」



 僕らはトレーを返却し、店を出た。彼女のことで考えることが最近多い。彼女の前ではあまり考えないようにしたいけれど、どうしても話していると、考え込んでしまうことが多かった。彼女に気を遣わせるわけにはいかないし、気をつけないと。


「次、どうする?」

「あれにしましょう!」


 彼女は僕を置いて、コーヒーカップの方へかけて行った。少し風が強い。熱気を帯びた向かい風に立ち向かいながら、僕はついていった。

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