第15話 8/18 お化け屋敷

「ごめん。さっきのことは謝るから、別のアトラクションにしない?」

「なにぃ? 怖いのぉ?」


 栞ついていくと、僕はお化け屋敷の前に立たされていた。お化け屋敷に入ったことはないけれど、僕は苦手な方だろう。ホラー映画が苦手なのだから、多分。

 できれば、避けたい。避けたいが、彼女はニヤニヤ笑って、そうさせてくれそうにない。今だけ彼女のことが悪魔に見える。


「うん。怖い。だから、やめよう」

「そこは見栄を張ってでも、先導するところじゃないの? 彼氏なら」

「普通はそうかもしれない。でも、僕たちの関係は普通じゃないだろ? だから今回の彼氏らしい行動に関しても、僕たちの場合、普通っていう言葉は適用されないと思うんだ。例外だよ、例外」

「つべこべ言わずに行こ」


 そう言って、栞は僕の手を掴んだ。渋々入ることになってしまった。絶叫しないように、頑張ろう......。


「楽しいねー」


 暗い中を彼女は怖がるそぶりを一切見せずに、歩いていく。僕はその後をつける。情けないとは思うけれど、怖いものは怖いのだから、仕方ない。用心深く、辺りを見渡しながら、進む。今のところ、大丈夫だ。


 目が一つしかないお化けや口から血を流した化け物が、僕らを驚かそうとしてくる。僕はびくっとしながらも、何とか進めている。あと少しで出口かな? こんなにも出口を待ち遠しく思ったのは、生まれて初めてかもしれない。


「ふふっ。かわいいー」


 驚かしてきたろくろ首に対して彼女はそんなことを言った。さすがに、『かわいい』は理解できない。彼女の頭の中がどうなっているのか、僕が見たいくらいだ。


 廊下の突き当たりに大きな扉が見える。そろそろ終わりかな、と思い、重量のある扉をゆっくりと開けた。


「ひぃっ」


 非常に情けない声を出した。扉の上の方から生首がぶら下がっている。怖いというか、びっくりさせられた。こういう驚かし方はずるい。驚かないはずないじゃないか! 僕が心の中で文句を垂れていると、彼女が静かなことに気がついた。さっきまで余裕ぶっていたけれど、とうとう怖くなってしまったのかと思い、振り向くと、複雑そうな表情をしていた。

 どうしてそんな顔をしているのかと思い、彼女の全身をよく見ると、彼女の腕が誰かに掴まれていた。僕は誰がそんなことを! と思い、辺りを見渡そうとしたところで、冷静になった。彼女のことを視認できるのは、この世に僕だけ。つまり、彼女の腕に触れている手は、僕の手。


「ご、ごめん。つい......」


 とりあえず、僕は手を離した。怖くなって咄嗟に彼女の腕を掴んでしまったようだ。セクハラで訴えられてもおかしくない。後悔の念に駆られる。


「い、いや、私もいきなりだったんで、ちょっとびっくりしただけです。うん。大丈夫!」


 大丈夫、そう言った彼女だったが、明らかに動揺しているのが目に見えてわかった。気まずい雰囲気の中お化け屋敷を出た。最後にも驚かされたけれど、僕の意識は完全に栞に向かっていたため、あまりびっくりせずに済んだ。

 ジェットコースターを乗り終えた後と同じように、近くにあったベンチに座った。先ほどとは違い、言葉が上手く出てこなかった。


「さっきはその......ごめん」


 謝って許してもらえるとは思っていないけれど、今の僕にできるのはこれくらいしかなかった。


「本当に大丈夫なんで......ただびっくりしただけです」

「それでも......君に悪いことをした」

「いやいや! 確かにいきなり掴まれたのはびっくりしたんですけど、嬉しくもあったんですよ、私」


 どこから『嬉しい』という感情が生まれてくるのかわからなかったので、先を促すように僕は頷いた。


「ここ数週間の私って、秋太くんに頼ってばっかりだったじゃないですか?」

「そんなことはないと思うけど......」


 たまに助けることはあったけれど、頼るというほどのことでもない気がする。誰だってできるような、簡単なことしか僕はしていない。だから、曖昧な反応になってしまった。


 彼女はこちらを向き、僕と目を合わせた。


「そんなことあるから!」


 彼女の語気は強かった。気圧され、僕は背後に手をついてしまった。


「今日だって私一人じゃ、来ることはできなかったし、この前のかき氷もそう。私一人じゃ、なーんにもできないの。秋太くんが不可能を可能にしてくれてるんだよ?」

「僕だって一人で遊園地には来ないよ。栞が行くから来ただけ」

「それは気持ちの問題でしょ? 私の場合はどう頑張っても、無理なの!」


 栞はいつになく、真剣な表情をしていた。最近少しは彼女のことをわかったつもりになっていたが、まだまだわからないことの方が多いようだ。


「だから、私ができないことをさせてくれる、秋太くんには感謝してるよ。多分まだまだ頼ると思う。頼ってばっかりだった私が、初めて頼られたような気持ちになったから、嬉しかったの」


 ああ、そういうことか。彼女はどこかで無力感みたいなものを抱いていたのかもしれない。つい先日まで会話すらしたことがなかった僕に、色々頼みごとをするのは、彼女も心苦しさを感じていたのだろう。感じながらも頼れる人は、彼女の世界に僕しかいないのだ。彼女からは見えるのに、誰も彼女のことを見ることはできない。マジックミラーを隔てているように。

 

 そんな彼女が初めて頼られたとなれば、嬉しいものなのだろう。でも、僕が頼った原因がお化け屋敷でびびって腕を掴むって、自然と頬が緩んでしまう。


「え! 何笑ってるの?」

「いやあ、それって頼ったうちに入るのかな? って思ってさ」

「もしかして......入らない?」


 彼女は不安そうな顔で見つめてきた。


「入ることにしとこうか。僕は君の腕を掴んだおかげで、お化け屋敷を全速力でかけて、出口に向かわずに済んだんだからね」

「良かったぁ」


 ホッと安堵の息をついたようだ。


「じゃあそろそろ次の乗りに行く?」

「そうだね」


 僕たちは立ち上がって、別のアトラクションを目指した。


 一つ言い忘れていたことがあった。


「そういやさっき頼ってばっかりって言ってたけど、僕も頼らせてもらってるよ」

「え、嘘!?」

「本当だけど」

「いついつ?」

「いつか教えるよ、いつか」


 栞は「ケチー」と言って膨れたが、不快感が全く表情から出ていなかった。


 僕一人では絶対にできない体験をさせてもらってるという意味では、彼女と出会ってからずっと頼りっぱなしと捉えることもできる。

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