第14話 8/18 ジェットコースター
腕時計を確認すると、八時四十分になろうとしていた。僕たちが今日行く遊園地まで徒歩十分くらいで着くらしい。九時開園なのでちょうど良い時間に着きそうだ。
スマホの地図アプリで遊園地の名前を入れ、ルート案内を開始した。栞は「すごー」と言って、驚いていた。
初めての土地なので、どの方角を見ても、面白い。見たことも聞いたこともない名前のスーパーだったり、会社だったり、学校だったり、新鮮さがあって非日常を味わっている。たまに僕もよく知るコンビニなんかもあって、こんなところにもあるんだな、と感慨深くなる。
「何か買っておく物とかない?」
遊園地まであと五分くらい。入園する前に買う物はないか、訊いておいた。
「んー。飲み物だけ欲しいかなぁ」
「了解」
僕らが信号が変わるのを待っている大きな交差点を渡った先に、コンビニを発見した。横断歩道を渡り、入店すると冷気が僕の肌に触れる。心地いい。
僕も持ってきていたお茶が残りわずかとなっていたので、麦茶を買うことにした。彼女はサイダーを選んでいた。二本分の会計を済ませ、店を出ると、太陽の熱を全身で感じることとなり、まるで天国から地獄へ落とされたような気持ちになった。
九時過ぎに到着した。途中でコンビニ寄ったのと、土地鑑がないため少し予定よりも時間がかかってしまった。すでに入口付近には大勢の人がいた。僕は一枚分のチケットを買い、列の最後尾で番が来るのを待った。
「家族連れが多いね」
「夏休みだしね」
お盆は過ぎているけれど、夏休みに変わりはないので当然人は多い。アトラクションもすんなり乗ることはできないだろう。
「秋太くんも行ったことないんだよね?」
どこに行ったことないのかを詳しく栞は言わなかったけれど、遊園地のことだと解釈して言うことにした。
「うん。僕の記憶が正しければだけど」
「ジェットコースターってどんな感じなのかなっ」
「怖いんじゃない? 知らないけど」
「ふふっ。楽しみだね」
僕たちの番がやって来て、入園した。彼女はまたまたスッと通り抜けた。その能力、僕も欲しいな。
「何から乗る!?」
「僕は何でもいいから、決めていいよ」
言うと、栞はパンフレットを見ながら考え始めた。こっちもいいとか、あっちもいいとか、そんなことを言いながら真剣に考えているようだった。もしかしたら、彼女と出会ってから一番と言ってもいいくらい真剣な眼差しで見ていた。
「決めた! まずはこれにしよ!」
彼女が指差したのはこの遊園地の目玉とも言えるジェットコースターだった。アトラクションの軽い説明文を読むと、高さ九十メートルから急降下するらしい。全長も二キロを超えており、読んだだけで寒気立つ。
僕たちはすでに何十人も待っている列に並んだ。現在の待ち時間は十五分ほどらしい。これがお昼を過ぎたあたりになれば、もっと待ち時間が伸びるんだろうな。今は開園したばかりなので、マシな方だろう。
栞からさっき貰ったイヤフォンを片耳につけた。
「おっ、早速活用してくれてるね」
「せっかくだしね」
「なんかあげたものを身につけてくれてると嬉しいものだねぇ」
「僕も前に買ってあげた服を着てもらえて嬉しいよ」
「最初気づかなかったけどねー」
「それは、マジでごめん」
話していると、あっという間に時間が過ぎた。今走っているコースターが帰ってきたら、僕らの番になる。遊園地に来た思い出がないので、当然ジェットコースターに乗るのも初だ。ちょっと緊張してきた。彼女の方は怖がるそぶりを一切見せていなかった。本当に楽しみにしていることが感じ取れた。
「さっきはありがとう」
コースターが上っている最中に栞は言った。
「彼女扱いしてくれて、嬉しかったよ」
僕はチケットを二枚分スタッフの人に出した。一枚は僕の、もう一枚は彼女の。僕の隣は空けてもらう必要があったので、僕以外に見えていない彼女のことをどう説明しようか迷った。ただチケットを二枚用意するだけじゃ断れると思い、少しずるいが、亡くなった彼女と来ている気分を味わいたい、という半分嘘で半分本当のことを言い、感情に訴えかけた。何とか上手くいき、僕の隣は空けてもらえることになった。
「一応今は彼氏ってことになってるし」
僕が言うと、彼女は微笑んだ。
「じゃあ一つ、彼氏らしいことをお願いしてもいいかな?」
「何を?」
「私今、めちゃくちゃ怖いから手握ってて欲しい」
笑顔は消え、震え声で彼女は言った。僕はいつも彼女が見せるような笑みを浮かべ、優しく手を重ねた。こんなにも早く手をつなぐ機会が訪れてしまうとはな。これを手をつないだとして、カウントしていいものなのかわからないけれど。
彼女の悲鳴と共に、コースターは頂上から降下した。
「無理無理無理無理!」
ジェットコースターから降車した僕たちは、近くのベンチで休憩していた。どうやら栞は絶叫系が苦手なタイプのようだ。今まで遊園地に来たことがなかったので、それもわからなかったのだろう。
水を飲みながら、「うぇっ」と彼女はしかめっ面をしながら言う。
「僕は結構楽しかったけどな」
「なんで? ありえないんだけど!」
恐怖からか普段の彼女の態度よりフランクになっている気がした。
「次はフリーフォールにでも乗る?」
「怒るよ?」
傍から見れば、カップルのように見えるやりとりをしているのかもしれない。見られることはないけれど。
「冗談だよ」
「怒ったので、次も私が行きたいところに付きあってもらいます」
「全然構わないよ」
おそらく、コーヒーカップやメリーゴーランドだろう。どのアトラクションでも僕は全く恐怖心はないはずなので、彼女の後をスタスタついていく。
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