第13話 8/18 遊園地へ向かう

「おっはよーっ!」

「おはよ。朝から元気だね」

「逆に旅行当日の朝にそのテンションでいられる秋太くんの頭の中を覗いてみたいよ」


 朝はどうも気分が上がらない。理由は単純で朝が得意でないから。特に今日は夏休みに入ってから、一番早く起きた。もっと健康的な生活をすべきなんだろうけど、夏休みという期間だけは許して欲しい。また九月からは早寝早起きの毎日が待っているのだから。たった一ヶ月の間だけ、不健康でもいいじゃないか。そんな風に誰に言うともなく、心の中でつぶやく。


「もしかして、人の頭の中を見れる能力も備わっているのか......?」


 僕は少し怯えながら、言った。


「さすがにないよ! 私が使えるのは壁をすり抜けるだけだって!」


 栞は百点満点の笑顔で、言った。


 朝から彼女のテンションは本当に高かった。終始話が途切れることはなく、ある話題が終わったと思えば、すぐに次の話題へ目紛しく変化した。最初の方は眠いせいもあり、相槌を打ち続けて終わった話もあったけれど、彼女のトークを聞いていると徐々に眠気は消えていき、新幹線に乗車した頃には完全に僕も目が冴え、笑い合っていた。


 一応、新幹線は指定席で二席取っておいた。僕の分だけでも良かったのかもしれないけれど、栞が座ったシートがどういう扱いになるのかわからなかったので、念には念を、だ。

 もしかしたら、見知らぬ人が栞の上に座る可能性だってある。僕にしか見えていないのだから、気づかなくて当然だ。きっとすり抜けて、その人は座るのだろうけど、僕が隣に向かって話しかけると、その人が反応するに決まっている。さすがに周りをあまり気にしない僕でも、隣に座る人に変な目を向けられながら、一時間以上新幹線に乗り続けるほどのメンタルは持ち合わせていなかった。というか、そんなことをしていれば、乗務員さんに通報されかねない。そういった事態は避けなければいけなかった。


 窓側に彼女は座っている。基本的に僕の方を向いて喋っているのだけど、綺麗な景色が窓に映ると、無邪気な子どものように窓に張り付いていた。微笑ましかった。


「ねえねえ」


 顔を窓から剥がした栞は、こちらを向いた。なぜかわからないけれど、少しだけ、むっ、としているような気がした。


「どうしたの?」

「私のことよく見て欲しいの」


 栞が急に訳のわからないことを言い出したので、従って彼女ことを凝視することにした。今日も綺麗な顔をしている。見ているこっちが恥ずかしくなってきた。

 見つめ合っている時間が長くなるにつれて、彼女の表情は曇っていった。


「違う! 顔以外も見てよ!」

「え、ああ、わかった」


 しびれを切らしたように、栞が言ったので、僕は下から上へ彼女を見た。白いワンピースを着ていた。とてもよく似合っている。既視感があるな......。

 

「それって、この前買ってあげた服?」

「そう! 気づくの遅すぎるよ」


 朝一で会ったときはまだ脳が正常に働いていなかったので仕方ない。似合っているな、とぼんやりと思っただけだ。しかし、今の今まで気づかなかったのは、どうかと思う。自責の念にかられる。


「ごめん。すごく似合ってるよ。直接言うのは恥ずかしいけど、綺麗だよ」


 いつもなら心の中でつぶやくだけにするような柄にもないことを言ったのは、彼女に対して負い目があるからかもしれない。


「恥ずかしがりながらも言ってくれて、ありがとう。直接言われると、私も恥ずかしくなりました」

 

 僕たちは小さく笑った。


 もうあと十分ほどで到着するタイミングで、僕は彼女に渡しておきたいものがあったことを思い出した。

 カバンの中からそれを取り出し、前の座席についているテーブルを出して、そこに置いた。


「なにこれ? プレゼント?」

「プレゼントっていうほどの物でもないんだけど、スマホ」

「え!」

「まあさすがに契約とかは僕一人じゃできなかったから、中古のやつなんだけどね」

「電話できるの?」

「契約はしてないから外では使えないんだけど、Wi-Fi環境が整ってるところだったら、僕らが離れていても連絡が取り合えるよ」


 僕が言うと、彼女の表情はパッと明るくなった。


「どうして今まで思いつかなかったんだろ! 秋太くん天才!」

「今まで思いつかなかったことが申し訳ないくらいだよ。最近ならフリーWi-Fiスポットも増えてるし、使えるところ多いと思う」

「ありがと!」


 そう言った栞は、カバンを探り始めた。そして、僕がさっきしたように、テーブルの上に取り出した物を置いた。


「イヤフォン?」

「正解! イヤフォンだよ」


 僕が状況を理解できず、首を傾げていると彼女はピンク色のイヤフォンを手に取り、僕に手渡してきた。


「くれるの?」

「うん。アトラクションの待ち時間絶対喋るでしょ? でもさすがにずっと誰もいない場所を見ながら、話してたら周りの人を困惑させちゃうと思うの」

「確かに」

「だからイヤフォンで通話してるように見せかければ、いいんじゃないかと思って持ってきた!」


 スマホを手に持って話すのもありだけど、何時間も腕を上げた状態をキープするのは疲れるだろう。その点、イヤフォンであれば耳につけておけばいいだけなので、疲労することはないはずだ。


「......盗んだやつ?」

「違う! これはちゃんと私が家から持ってきたやつです! あ、ちゃんと綺麗にしてあるので、ご心配なく!」

「ごめんごめん。ありがたく、使わせてもらうよ」

「どうぞどうぞ」


 彼女の言う通り、何日も使っていないはずのイヤフォンらしかったが、新品かと思うくらい綺麗だった。昨日のうちに色々してくれたんだろうな。


 そんな話をしているうちに駅に到着した。僕たちは忘れ物がないかを確認し、降車した。

 新幹線が停まるくらいなのでそこそこ大きな駅で、一度離れれば再び会うことが叶わないようなそんな気がした。彼女は「うわぁー」と辺りを見渡している。突っ立ってても邪魔になるので、改札を目指して歩き始めた。


「迷子にならないように手でも繋いじゃう?」


 彼女はいたって普通に、平然と言った。対照的に僕は心を乱されるわけだけど。


「いやそこまでしなくても大丈夫でしょ。多分」

「なんか断られた気分です」


 彼女は前を向き、むすっとした。


「繋ぎたくないからそう言ったわけじゃなくて......なんていうか......」

「ふふっ。別にそんなことで怒ってないよ。まだ手を繋ぐのは早いかー。手繋ぎデートとか憧れるんだけどなぁ」


 笑顔に戻り、さっきのは僕をからかっただけだとわかった。


「もう少しだけ待って欲しい」

「もう少しって?」

「今月中」

「わかった。待つね」


 僕の前を歩く彼女は改札のドアをスッとすり抜けた。その後を切符を入れた僕は追った。

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