第11話 8/16 計画


 今日は計画を立てましょう! 栞はそう言った。今日で彼女と出会って、十六日目。かなり濃い夏休みを僕は送っていた。十七年間の人生で確実にトップになるくらい濃い毎日を過ごしている。毎日何かしらの予定があって、忙しない。充実していると言っても、差し支えないだろう。

 

 本日は僕の家で、ある計画を立てるために座り込んで、栞と話している。そんなテロを起こすとか、犯罪の片棒を担ぐとか、そんな物騒なことではなくて、遊園地に行く計画を立てている。当たり前だけれど、僕から遊園地に行こう、と誘ったのではなく、彼女が行きたい、と言ったから行くことになった。僕も満更ではないけど。

 家族仲があまり良くなかったため、小さい頃に遊園地に連れて行ってもらった記憶がない。もしかしたら、あったのかもしれないけれど、思い出せないということは、その程度の思い出だったのだろう。


 どうやら、栞も遊園地に行ったことはないらしく、ウキウキしながら、僕のパソコンで検索をかけている。行ったことない同士、上手くいくのかな。


「ここがいいです!」


 栞が振り返り、ディスプレイを指した。僕が覗き込むと、初めて見る遊園地のホームページが表示されていた。


「楽しそうだけど、ちょっと遠くない?」


 遊園地の所在は、確実に数時間はかかる場所にあった。気軽に行ける距離ではなかった。多分、朝から向かっても、着くのはお昼前になりそうだ。


「じゃあ、一泊しない?」

「え」


 僕の戸惑いはいたって正常なものだと思う。それなのに彼女は小首を傾げ、僕がおかしな態度をとったかのような目で見てくる。


「さすがに泊まるのは......」

「えー、いーじゃん。だって恋人と旅行って憧れなんだよ!」


 普段は見せない、顔だ。甘えるようなその目は、餌をおねだりする子犬のようだ。


「君の言い分もわかるけど、怖くないの? 僕をそもそも異性として認識してないのかもしれないけど、一応男なんだよ。まだ出会って数週間の僕と二人で、旅行っていうのは......」

「私にとっては、『もう』、数週間経ったけどね。リミットまで半分切っちゃったんだから、もう、って言った方が正しいと思うなぁ」


 そんな言い方をされるとまいる。栞の言う通り、残り期間は着々と少なくなっている。僕と彼女の八月が終わるまでの期間の感じ方は、絶対に違う。僕には来年も訪れる八月を彼女は経験できない。

 

 どうやら、僕に残った選択肢は一つしかないようだ。


「......わかった。行くよ」


 僕が了承すると、彼女は目をキラキラさせて、あふれんばかりの笑顔で「ありがと!」とまるで子供のように元気よく言った。彼女は心の底から湧き出てくる喜びを体内に留めておくことなんてできずに、僕と違って全て外に出してしまうようだ。


「あとね、さっきの怖くないの? って質問だけど、全然怖くないよ。優しい秋太くんだから、信頼できる」

「買いかぶりすぎだよ。僕は君が思っているほど、素晴らしい人間じゃない」

「人って、自分で評価するんじゃなくて、誰かに評価される生き物だと思うんだよね。だから、私が秋太くんに高い評価を下したんだから、それを受け入れてください!」


 何か言い返そうとしたが、上手く言葉が思いつかない。なんだか言いくるめられたような気がして、ちょっと悔しい。僕は小さく、「わかった」とだけ言った。


「ふふっ。じゃあ、色々決めていきましょう! ホテルは一部屋でいいよね?」

「いや、さすがにそれは......」


 今日の栞はとんでもないことを言い出す率が高すぎる。一部屋でいいわけないだろ。いくら僕が人畜無害な人間だとしても、出会って数週間の高校生の男女が同じ部屋で寝泊まりというのは、いかがなものか。


 僕の方が彼女のことを変に意識してしまっているのか?


「二部屋もとったら、お金かかるよ?」

「返ってくるお金だろ......」

「そうだけど、夏休み最終日までお金もつ?」


 痛いところを突かれた。最近金遣いが荒くなっていた。後で返ってくるし、いいか、と思い少々使い過ぎていた。

 正直、金銭面を考慮すると、一部屋にしてもらった方がありがたい。まだ十日以上あるのだから、残金が多いに越したことはない。けれど、一番の問題は彼女と二人部屋ということだ。彼女が平然としているのが、不思議だ。僕を信頼してくれているようだけど、それでも同じ部屋で寝るというのは......。


「悩んでるようだねぇ」


 彼女がニヤニヤしながら、言った。最近僕との距離感が違い気がする。これも信頼されていると捉えれば、プラスなのかもしれないけれど、僕はからかわれて高揚するような性癖はないので、もう少し距離感を考えて欲しいな、と思う。


「......わかった。一部屋でいい」


 僕は折れた。栞と同じ部屋で寝ることになっても、確実に間違いは起こらない。僕も自信を持って言える。


「よし! じゃあ次は何時に出るかだねぇ。いっぱい遊びたいし、早朝だよね」

「全部任せるよ」


 ドッと疲労が襲ってきた僕は、考えることを放棄した。なるようになる。きっと。


 彼女はふふっ、と笑って、ダイヤを調べ始めた。駅名を入れるだけで、最短ルートや最安のルートが出てくるのだから、便利な時代になった、と痛感させられる。

 すぐに検索は終わった。彼女が見せてくれたのは、最寄駅から数十分揺られ、新幹線に乗り換え、さらに一時間ほど乗るプランのようだ。僕の手持ちではおそらく足りないので、銀行に貯金してあったお年玉を引き出しておいた方が良さそうだ。


「あとなんか決めておくことあるかな?」

「どこに泊まるかじゃない?」

「そうでした! 泊まれればいいし、ビジネスホテルでいいよね?」 

「別にお金は気にしなくていいから、そこそこ高いとこでもいいけど」

「贅沢しすぎるのも、あんまり良くないかなーって思うので、ビジネスホテルにしよ!」

「栞がいいなら、僕は構わないけど」


 遊園地近くのホテルを彼女は検索し始めた。いくつか候補の中から値段の割に部屋が綺麗で、良さげなビジネスホテルを見つけたので、そこに決めた。夏休みだというのに、一部屋空いていたのは奇跡とも言える。

 明日は準備期間にして、明後日に出ることにした。一分一秒も惜しいので、可能な限り直近の方がいいだろう。

 

 よくよく考えれば、可愛い彼女と旅行なんて、そうそう体験できるものではない。夢のようだ。僕は喜ぶべきだ。それなのに、心の底から喜べていないような、そんな感覚に陥るのはなぜだろう。


「他には何か決めることありますかね?」


 きっと本当に夢のような、現実味のない体験をしているからではないだろうか。あと数週間もすれば、彼女が消えてしまうというありえないような出来事が実際に起こるのだ。夢はいつかさめる。その事実がつきまとっているから、僕は素直に喜べないのだと思う。


「秋太くん?」


 彼女が小首を傾げ、話しかけてきた。僕がぼーっとしていたからだろう。


「ごめんごめん。他にはないんじゃないかな。もし必要になったら、また考えればいいし」

「了解! 明後日が楽しみですね」


 彼女は嬉々とした気持ちを抑えられないようで、ふふっ、と笑っている。ただ遊園地に行くだけで、そんなに喜んでもらえるなら、付き添う僕もちょっぴり嬉しくなる。

 僕も笑みを浮かべながら、「うん」と言っておいた。

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