第8話 8/10 フードコート

 昼前だけれど、席はほとんど埋まっていた。なんとか二人がけのテーブル席を見つけたので、そこに座ることにした。


「荷物番お願いしていい? 僕が買ってくるから」


 席がとられる可能性があるので、どちらかは残っておく必要があった。


「私、荷物番の役目果たせないと思います......」


 どうして? と訊こうとしたが、栞が僕以外に見えていないことを思い出した。こうして普通に喋っていると、友達と話しているようで、彼女の置かれている状況を忘れそうになる。

 確かに誰からも認知されないのなら、荷物番として不適だろう。けれど、買ってきてもらうにしても、注文することがそもそもできないので、そっちもダメだ。


「ごめん」

「こちらこそ、役立たずでごめんなさい」


 彼女に変な気を遣わせてしまった。


「多分、これだけ人がいれば盗まれる心配はないだろうし、さっき買ったやつをテーブルに置いとこう。二人で買いに行こっか」

「はい!」


 白昼堂々と盗んでいくやつはいないだろう。監視カメラもあるだろうし。僕は財布だけ持って行くことにした。


 色んな店がある。牛丼屋だったり、ラーメン屋だったり、ハンバーガーショップなんかもある。これだけ多いと、何にするか迷うな。


「どれにするか決めた?」

「オムライス!」

 

 彼女は無邪気な子どものように言った。


「じゃあ僕もそうするよ。そんなに並んでなさそうだね」


 正直僕は何でも良かったので、彼女と同じ店にした。オムライスは嫌いではないし、それに手間が省ける。

 一人しか待っていなかったので、すぐに僕たちの番が来た。同じオムライスを二つ注文し、呼び出しベルを受け取った。出来上がったらまた取りに行かなければならない。


「ごめんね。また払ってもらっちゃって」

「それは気にしなくていいから」


 僕たちは一旦、テーブルに戻った。


「これで呼ばれるんですねー」

「そうだね。順番が来たら、音が鳴る感じ」


 徐々にフードコート内の人が増えてきた。客層は多種多様で、子連れや学生グループ、お年寄りまでいた。僕も二人で来ているわけだけど、周りから見れば一人客だ。カウンター席ではなく、二人がけのテーブルに一人で座っている僕は、あまり良いようには見られていないのかもしれない。まだ満席ではないけれど、満席になれば露骨に嫌悪感を帯びた視線を浴びる可能性がある。あまり長居はできなそうだ。


「ねえねえ」

「ん?」

「秋太くんってマジックとかできないの?」

「えらく急だね。昔はちょこっとやってたんだけど、今は全然」

「今度見せてよ!」

「そんな人様に見せられるレベルじゃないよ。本当に簡単なやつしかできない」


 僕がマジックにハマっていたのは、小学校低学年ぐらいまでだ。仲の良かった子に見せるために、練習していたけれど、会う機会が減ると、すっかりやらなくなってしまった。今は本当に簡単なやつしかできないと思う。


「それでもいいよー。私ね、マジック好きなの」

「初耳だ」

「そりゃあそうだよ。私言ってなかったから」


 彼女が微笑んだのとほぼ同時に、呼び出しベルが鳴った。


「うわっ、びっくりした。心臓止まるかと思った」


 たまに言う彼女の冗談はツッコミづらい。素なのか、冗談なのかもわからない。彼女の心臓って鼓動を刻んでるのかな。


「受け取るだけだし、行ってくるよ。待ってて」

「お言葉に甘えまーす」


 先ほど注文した店は僕らが並んだときよりも、並ぶ人が多くなっていた。出来上がった二つのオムライスを受け取り、僕は彼女が待つテーブルに向かった。

 片手で持つには、少々重たく一人で来たことを後悔した。


 僕が戻ると、テーブルの上が少し違う。でも、その違和感がなんなのかわからなかった。さっきと同じ席に座る彼女はニコニコしている。


「お水入れてきたよっ」


 水か。さっきまでなくて、今あるもの。違和感の正体がわかった僕は、すっきりした。


「ありがとう」

「こちらこそ、とってきてくれてありがとー」


 二つのトレーをテーブルに慎重に置き、僕も座った。腕ちょっとプルプルしてるけど、彼女にバレてないかな? 非力だと思われたら、恥ずかしい。実際、非力だけれど。


「いただきまーす」

「いただきます」


 一口食べる。


 旨い。薄い膜のような玉子だけど、ちゃんと食感があり、ふわふわだった。包まれているチキンライスには刻まれた玉ねぎや人参が入っており、こっちの食感も良かった。ケチャップの酸味は強すぎず程よい。それぞれの部分の味を殺さず、いい塩梅だ。


「んー! 美味しい」


 彼女も満足しているようで良かった。


「美味しいね」

「私、実は結構オムライス好きなんだよね」

「初耳」

「これも言ってなかったからね~」


 そう言いながら口に運ぶ彼女は、本当に至福の表情をしていた。こっちも自然と頰が緩む。


「さっきの続きなんですけど、簡単なやつでいいんでマジック見せてくださいねー」

「考えとくよ」


 マジック好きの人に見せたら、笑われるレベルかもしれないが、彼女がそれを望むのならやろう。少しは練習期間が欲しいので、数日後になると思うけれど。


 オムライスを完食した僕たちは、席を空けるため出ようとしていた。


「あれ? 佐竹か?」


 栞の声ではないし、僕は声のした方向を向いた。そこには同じクラスの友達が立っていた。


「なんだ、大井か」


 夏休み中に彼女以外と遊んだ唯一の人物だ。僕が一番仲の良いクラスメイトと言える。陽気なやつで、僕とは性格が真反対な気もするけれど、なぜか話が合うので一緒にいる。


「なんだ、ってひでーなー。お前こそ、何してんだよ。ん?」


 大井は僕ではなく、僕の前に座る栞の方を見た。


「どうしたの?」

「いや、まさかお前も見えてるのかと思ってな......」


 見えてる......? もしかして、栞のことだろうか? 大井も僕と同じで彼女のことが見えるのか? 

 彼女はとても驚いた表情をしている。どういうことだ。


「見えてる......とは?」

「見えてねえのか? 目の前にいる顔のでかい幽霊が」

「は?」


 目の前にいるのはとてもスタイルの良い美少女だ。彼女の方を見ると、「私......顔でかいかな」と言いながら、顔面を手でペタペタ触っている。そんなことないよ、と言いたかったが、大井がいるので口にはできなかった。


「はははっ! 冗談だよ、冗談」


 やっぱりそうだよな。彼女のことを認識できるのは、僕だけ。大井に見えるはずがない。彼女はホッと、胸をなで下ろしている。

 じゃあ、どうして大井はあんなことを言ったのだろうか?


「なんでそんな冗談を」

「だってお前、誰かと喋ってるみたいだったから。もしかしたら、霊感が強いお前は幽霊と対話できる能力にでも目覚めたのかと思ってな」


 見られてたのか......。フードコートは人が多いおかげで、声が届きづらく、一人で喋っているのがバレにくいと思ってたんだけどな。

 無関係な人からどんな目で見られようが気にしないが、知り合いだと気まずいな。誤魔化すのも大変だ。


「そんなわけないでしょ」

「じゃあ誰と喋ってたんだよ」


 彼女の名前を言うわけにはいかない。でも、いい誤魔化し方が思い浮かばない。


「......彼女」


 僕は言った。当然、僕にしか見えない彼女は、驚いている。そして、友達の大井も驚いている。自分でもどうしてそんなことを言ったのかわからない。この状況を回避できる方法が思い浮かばなかったとは言え、最悪の選択をしてしまったのではないだろうか。

 もっと考えて、発言するべきだった。後悔しても仕方ない。さっきよりも絶体絶命となった状況を回避する方法を考えなければならない。


「なるほどな......」


 大井は言った。なぜ納得したんだ。


「お前、彼女が欲しすぎるあまり、彼女がいると見立てて、デートするとかヤバいな。ヤバすぎて、逆に尊敬するわ」

「いや、そういうわけじゃ......」


 まずい。変な勘違いを起こされた。


「気にすんな。見たのが俺で良かったな。お前の名誉はちゃんと守ってやる。男二人の固い約束だ。あ、彼女も聞いてるから、三人の約束だな」


 栞は、笑いをこらえるのに必死だった。別に僕にしか見えないから、笑ってもいいのに。大井は「がはははっ」と笑っていた。


「さ、さんきゅー」

「邪魔しちゃ悪いし、俺行くわ。じゃあな!」


 そう言うと、大井は笑いながら、フードコートを去った。

 まあ、見られたのが大井で良かったと思う。不幸中の幸いと言ったところ。他のそんなに仲がいいわけでもないクラスメイトに見られた場合、影で色々言われるに決まっている。佐竹ってめちゃくちゃ独り言多いらしいよ、とか。大井は悪いやつではない。本当に誰かに言いふらしたりすることはないだろう。

 僕は安堵の息をついた。


「お友達?」

「ん、ああ。僕の一番の仲のいいやつかな」

「いいですねぇ。親友って感じがして」

「どうだろう。僕たちは親友って言っていいのかな。出会ったのは高校入ってからだし」

「期間なんて関係ないですよ。見てれば、仲がいいことが伝わってきました」

「なんか恥ずかしいな。ていうか、僕は栞って呼んでるのに、敬語抜けてないんじゃない?」

「誰に対しても敬語だったんで、抜けきらない、の!」


 彼女はむぅ、と頰を膨らませた。なんか僕が悪いみたいだ。責められる筋合いはないんだけどな。


 僕たちは今度こそトレーを持って立ち上がり、返却口に向かった。トレーを返却した後、フードコートを出た。彼女が見たいものは服ぐらいだったらしく、他に用があるお店はないようだ。適当にぶらつくだけでいい、と彼女は言ったので僕の意向で本屋に行くことにした。

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