第7話 8/10 買い物

「栞は携帯とか持ってないの?」

「逆に私が契約できると思う?」

「思わない」


 僕たちが出会って十日目。大型のショッピングモールに向かっていた。歩いて行ける距離にはないので、電車を利用することにした。三十分ほど揺られると、そこにたどり着く。

 僕は最寄駅までの切符を購入したが、栞は改札をスッと通り抜けた。無賃乗車でも誰も咎めたりしないだろう。


「やっぱり不便だよね。連絡取り合えないのは」

「そうだねー。もしかして、私が帰った後もお話したくなった?」


 彼女はニヤニヤしながら、上目遣いで覗き込んでくる。やはり出会った頃と比べると、大分砕けたと思う。嬉しい変化だ。


「僕が当日に何か予定入ったときに困るからだよ」

「なーんだ。まあ、そのときは秋太くんの部屋に置き手紙でも残してもらえると、助かるかな」

「いい案だね。採用」

「ふふっ」


 最寄駅に着いたので、下車した。彼女の足取りは軽く、上機嫌であることが窺えた。


 僕たちがショッピングモールに向かう理由は、彼女がご所望だったからだ。昨日、「私、ショッピングモールに行ってみたいです!」と彼女は言った。行ってみたい、という言い方に違和感を覚えたが、まさか一度も行ったことがないなんてことないよな? 僕たちが住む町にないとは言え、一度もないなんてことがあるとは思えなかった。

 僕の偏見かもしれないが、女子高生と言えば、ショッピングモールのフードコートなんかで駄弁っているイメージがある。本当に僕の勝手な想像だけれど。


 僕もあまり行ったことがないけれど、スマホの地図アプリで確認しながら進むと、なんとかたどり着いた。視界に全く収まりきらないくらい広い。


 中に入ると、冷気を全身で感じ、とても気持ち良かった。外は熱された鉄板の上を歩いているような感覚になるくらい暑かった。今朝ニュースでやっていたけれど、どうやら今年一番の暑さらしい。これも温暖化の影響なのだろうか。冷房をガンガンに効かせると、温暖化を加速させてしまう。けれど、冷房がないと生きていける自信がないし、難しい話だ。


 隣を歩いていた彼女もさすがに暑かったのか、「暑いねぇ」と何度も口にしていた。入った瞬間、「すっずしー」と言っていたので、ちゃんと温度感覚があるようで安心した。


「まずはどこに行くの?」

「迷います。うーん」


 館内マップを見ながら、彼女は悩む。


「まずはここに行きましょう!」


 言った彼女が指差したのは、洋服屋だった。女子高生らしいチョイスだと思った。


「了解」


 エスカレーターで二階に上がった僕たちは、洋服屋を目指した。夏休みということもあり、かなり人が多かった。これだけ人が多いと、僕が独り言をつぶやいていてもあまり目立たないだろう。


「そういえば、いつも服が違うけど、盗んでるの?」

「ちょっと言い方ー。全部私の私物。生前に住んでいた家にまだ捨てられずにしまわれてるんだよねー。だから忍び込んで、貰ってきてます」


 そういうことだったのか。てっきり僕は、毎日どこかの服屋からとってきているのかと思っていた。それでも誰も咎めはしないだろうし、いいと思うけれど。


「秋太くんはファッションに興味ないの?」

「ないかな。僕が着飾ったとしても、周りからの反応は大して変わらないだろうし、そこにお金を投資するなら別のことに使う」

「もう少しおしゃれしたら、もっとモテると思うのになー」

「彼女がいる僕がモテてもいいの?」

「九月からなら全然いいよ。彼女認定してくれるの、なんだか嬉しいねっ」


 栞はずっとニコニコしている。ちょっとしたことでも喜んでくれる彼女の存在は、僕としてもありがたかった。


 彼女は試着室で着替えると、「どう?」と訊いてきて、僕は「似合ってる」と言う。そんなやり取りを三回ほど繰り返した。三着の中でどれが一番良かったか訊かれたので、二番目のやつ、と答えておいた。正直、どれもよく似合っていたし、甲乙つけがたかった。


「それ買うの?」

「買わないよー。お金ないし。でも、これ可愛いし欲しいなぁ」


 甘い声で僕の方を見る彼女。盗めば? とは言えなかった。僕は栞が持っていた白いワンピースを受け取り、レジに向かった。

 彼女は少し驚いた表情で、僕の後をついてきた。支払いを終え、店を出た。


「本当に買ってくれると思ってなかった......」

「これは買ってあげたって言っていいのかわからないけどね。九月になれば、僕の元にお金は返ってくるんだから」


 栞に使ったお金は全て彼女が消えたら、戻ってくる。


「それでも私は嬉しいよ。お金が返ってくるとかそういう話って私が消えた後の話だから、今は秋太くんにプレゼントを貰えた。私にはその記憶だけが残って、消えるまで生きていくので」

「そういうものか」

「そういうものだよ」


 僕たちは当てもなく歩いていた。涼しい館内を歩くのは、そんなに苦ではなかった。たまに面白そうな店があると、入る。そして数分後店を出て、またぶらつく。そんなことを繰り返していると、時刻は十一時半となっていた。


「そろそろご飯食べない? お腹すいた」

「あり! どこで食べる?」


 大型のショッピングモールということもあり、色んな種類のお店が入っている。お寿司や中華、ファーストフードなんかも。僕は財布を開く。さっき服を買ったことで、かなり寂しい中身となっていた。


「悪いんだけど、お金あんまり持ってきてなかったから、そんなに高くないところで......単独行動なら君はお寿司とか食べてきてくれても全然いいんだけど」


 言った僕を見て、栞は少し頰を膨らませた。怒らせるようなこと言ってしまったのかな。


「別々で食べる選択肢は絶対ないです!」

「でも、なんていうか、この世でいられる期間は残り少ないんだから、好きなもの食べた方がいいんじゃないかと思って。その足枷には、なりたくない」


 僕と違って、栞には期限がある。もしかしたら、僕も明日死ぬのかもしれない。けれど、それは決定事項ではなくて、可能性の低い話だ。僕がこれから数十年生きる可能性の方が高い。彼女の場合は違う。何かを食べたり、飲んだり、どこかへ行ったり、遊んだり、そんなことができるのは、あと数週間しかないのだ。

 彼女はもっと残りの人生を有意義に過ごすべきだと思う。僕が口出しするようなことでもないのかもしれないけれど。


「どうしてそうなるの」


 どうやら本当に怒らせてしまったようだ。冷たい声が僕の耳に入ってくる。


「どうしてって......」

「私は秋太くんと一緒に食べられたら、それで満足です。カップルで来て、別々に食事を済ますことってありますか?」

「ない......です」

「だよね? そういうことだよ。私は同じ物を食べたい」

「悪かった。じゃあ、とりあえずフードコートでいいかな?」


 彼女は数分前と同じ笑顔を浮かべ、大きく頷いた。

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