第2話 8/1 未練
「男の子の部屋って初めて」
僕の家に連れてきてしまった。誘った僕が言うのも何だけど、ホイホイついてきてしまうこの子は大丈夫だろうか?
誰もいない公園で話すのも一つの手ではあったが、暑さを全身で感じることになり、本屋の駐車場と何ら変わらないことに気づいた。なので僕の家にお招きした。
「何その女性アイドルが言いそうなセリフは」
「いや! 本当なんだって!」
彼女ほどの顔面偏差値があれば、世の男子たちが放っておくはずがないだろう。僕が知る男子の中に彼女に釣り合う人物は、誰一人思い当たらないけれど。
「それはどっちでもいいんだけど、会話に敬語が混ざるのはどうしてなの?」
僕も初めは彼女の美しさに目を奪われ、歳は近そうではあったけど自然と敬語になっていた。数分後には彼女はヤバい人であることに気づき、自然と敬語が消滅していた。
「だって、初めて会ったわけですし。年齢は同じくらいかもしれないですけど」
「歳は?」
「十七」
「僕もだ」
近いというか同じだったのか。彼女も僕と同じ高校生のようだ。
彼女の年齢は知ることができた。次は名前か。
「お名前は?」
「
「佐竹秋太」
お互いの情報を交換し終えた。ここから僕たちはどういう話を展開すればいいんだろう?
普通なら趣味は何だ? 部活は何をやっているの? そういったことを訊くのかもしれない。けれど、目の前にいるのはおそらく自称ではない僕以外には見えない人。特異すぎるのだ。
彼女は普通に当てはまらない。そういう人に対してはまず何から訊けばいいのだろう。
「えっと、こういう状況になった原因ってわかってるの?」
「まあ、よくある生前の未練を解消するやつですよ」
「よくあるってどこの世界線の話だよ......」
確かに漫画とか映画とか、そういった類の中では見たことはあるけれども、現実ではありえない話だ。
「フィクションの世界ですねー。実際に起こったので、ノンフィクションになっちゃいました」
彼女はおどけて言う。
彼女をどの角度から見ても、一度は死んだ人間だとは思えない。けれど、徐々にこの非現実的な状況を受け入れ始めてるのは、なぜだろう。彼女の陽気な性格がそうさせているのかもしれない。
僕の部屋のベッドの上に彼女は座っている。足をパタパタさせている。ちゃんと足もあるな......。
「柏木さんは生前の未練を解消したら、消えるわけ?」
「解消したら、というか、期限が来たら消えますね」
「そうなんだ。いつまで?」
「八月の終わりまでなんで、一ヶ月ですね」
今日は八月一日だ。九月になれば彼女の存在は消えてしまうのだろうか。
「たった一ヶ月?」
「ええ」
未練とやらの内容を知らないので一ヶ月という期間が充分なのかはわからなけど、決して長いことはないだろう。そんな簡単に未練を解消できるとは思えない。
でも僕が今死んで彼女のような状態になれば、何を未練とするのだろう。パッと思いつかないな。死にきれないほどの強いものでないと、彼女のようにはならないだろうし、僕が死んでも起こらない気がする。
「未練を訊いてもいいかな?」
「もちろん。秋太くんしか聞いてくれる人いないですしね」
いきなり名前で呼ばれ、ドキッとしてしまう。そこまで僕たちの仲は親密じゃないぞ。
「未練は何?」
「私の未練は、恋人を作る! です」
「つまり、彼氏が欲しいと?」
「そういうことです。ただ恋人を作るだけじゃなくて、ちゃんとデートとかしたいですね」
「今から失礼なこと言うね。生前の彼氏じゃ、遊び足りなかったということ?」
やはり彼女が男子の部屋に入ったことがないというのはにわかに信じがたい。
「今日はじめましての人に言うセリフじゃないよね?」
「だから前置きしたじゃないか。失礼なこと言うって」
「前置きしたら許されるわけじゃないからね?」
なんかさっきもこういう会話をした気がするな。その時は立場が逆だった気がするけど。
「でも恋人を作りたいってそういうことじゃないの?」
「違います! 一度もお付き合いした方がいなかったんです。だから最後の一ヶ月ぐらい彼氏が欲しいじゃないですか。やっぱり憧れるじゃないですか!」
一度も付き合ったことがない......だと? 彼女はまだその設定を通すつもりなのか? それとも本当に交際経験がゼロなのか?
容姿は抜群。性格も今のところ問題なさそうだ。初めはイタイ子なのかと思ったけど、どうやら本当に僕以外の人には見えていないらしいし。
あれ? 彼女の未練を解消してあげられるヒーローはどこにいるんだ?
「これからどうするの? 素敵な男性探しの旅にでも出るの?」
「ん? いるじゃないですか、ここに」
僕が見えていないだけで、もしかしてこの部屋に彼女に釣り合う男がいるのか?
僕がキョロキョロ部屋の隅々まで目線を飛ばしていると、彼女は口を開いた。
「ここですよ、ここ」
指差して、誰のことかわかりやすいように言った。
どうやら、僕のことらしい。
「僕?」
人差し指がこちらへ向いているので、わかってはいるけれど、一応訊いておいた。
「はい」
「どうして僕が?」
「だって他に私のこと見える人いないじゃないですか」
当然でしょ? というような口ぶりで彼女は言った。
確かに今のところ僕以外に彼女を認識できる人はいない。僕を選ぶ真っ当な理由だ。
「僕を選ぶ理由はわかった。わかったけど、僕が君を手助けする義理はないよね」
「まあ、そうですね。義理はないですけど、運命は感じてるんですよ」
「僕しか見えないからでしょ?」
「まあ、そうですね。でもでも、これを運命と呼ばずにはいられないでしょ?」
運命的なものを感じないと言えば、嘘になる。僕にしか見えてないなんて、何かあるんじゃないか、と考えるのが普通だ。残念ながら生前の彼女に見覚えはないし、関わった記憶もない。
絶対に見覚えがない、と自信を持っては言えない。もしかしたら、どこかで会ったことがあったのかもしれない。まさに本屋なんかで。けれど、彼女ほどの美貌を前に、僕の記憶から彼女の存在が完全に消滅しているのは、少し不思議だ。
おそらく出会っていなかったのだろう。会っていても、何年も前。彼女の美しさが未完成の状態。幼稚園とかそのくらいの年代。その頃なら覚えていないのは当然だし、それぐらいのことを接点とするなら、僕である必要は全くない。
僕はどういう基準で選ばれたのだろう。
「これが運命......なのかな」
「そうですよ! ぜひ! 私の彼氏に!」
ここまで彼氏になって欲しいとせがまれることは一生ないだろう。しかも、相手がとびきりの美人。来世にも訪れないような気がする。
「わかったよ。一ヶ月だよな」
「はい! よろしくお願いします。秋太くん」
「ああ。よろしく。柏木さん」
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