09 トワイライト村決戦(後編)
裏切ったのか?
そう思ったあたしは、あいつの表情を見る。
目が合った一瞬だけ、おっさんがウインクをした。
「……」
あたしは何も言わずに周囲に視線を向けた。
なるほど、そういう事か。
目の前、敵の近くに立つおっさんは声を高らかにして喋り出した。
「アメリアちゃん、君の過去を教えてあげよう」
らしくもなく嗜虐的な笑みをうかべて、大仰な身振り手振りもつける。
「君の名前はリリス。幼い頃は別の孤児院にいて、クラン王子とヒューズ王子と幼馴染だったんだよ」
考えなければならない事は他にあるのに、その話の内容に思わず本気で聞き返していた。
「なんだって」
むかしのあたしの頭の中からふっとんだ、過去の記憶について話しだされては、耳を傾けずにはいられなくなった。
別に無理して思い出そうとはしていなかったけれど、やはり分かるもんなら知りたいものだったから。
「生きてるとは思わなかったさ。普通は死んでいるほどの、火の海だったから。あの悲劇は、ヒューズ王子が不審者を間違って孤児院にいんにつれてきてしまったせいで起きた。調査は念入りに行われたけれど、生存者はいない、それが公式の情報だ」
一応、あたしだって調べなかったわけじゃなかった。
記憶を失う前に、何か大きな事件がおきなかったか。色々調べたさ。
でも、全員死亡が確認されたって、そう記事にあったから。
関係ないと思っていた。
「クラン王子には脱走癖があったからね。きっとみんな手をやいていて、やきがまわっちまったのさ」
お偉いさんたちが、クランの行動をコントロールするために、情報をいじったって事かよ。
(そりゃぐれるわ。あたしだったら、ぶん殴ってる)
つまり、あたしが知った情報は、情報は改ざんされていたものだったって事か。
「悪魔教の手先になれば、過去をやり直す事ができる。今まで大変だっただろう。どうだい? 悪い話じゃないと思うけどね」
おっさんはあたしが、そんなに悲惨な過去を送って来たわけじゃないって知っているはずだ。
だから、あたしがやるべく事はここで、おっさんの言葉に合わせる事、か?
「それもいいかもな」
腹芸が苦手なあたしは視線をふせて、おっさんに同調するようなセリフを放つ。
仲間になるとみせかけて、油断して近づいてから、相手を倒すってのもありかもしれない。
けれど、やっぱりやめだ。
にあわねー事はできない。
「でも、いいや。あたしは竜騎士部隊の人間なんだ。嫌な奴もいるけど、散々世話になったんだ。仲間を裏切る事はできねー。不義理な真似はできねーんだよ」
「そうかい。それを聞いて安心したよ」
おっさんがにっこりと笑う。
雰囲気が急に変わった。
やはり演技だったんだな。
「シェフィお嬢ちゃん、やってくれ」
すると、いつの間にか背後に控えていたシェフィが魔法を行使した。
頭上から、巨大な熱源が接近。
真っ赤な穂に尾の塊だ。
その巨大な炎は、高みの見物を決め込んでいた親玉を吹き飛ばす。
これで障害はなくなった。
あたし達はいそいで門へとかけよった。
「うわっ、もうこんなに開いてんじゃねーか」
こどもひとりぶんなら通れそうな隙間だ。
ひらいた扉を覗き込むけれど、その先は光があって、よく見えない。
目を凝らそうとして、顔を近づけていたら。
「危ない!」
と言われて、腕をひかれた。
あたしがいた場所を、巨大な腕がつきだしたからだ。
「うわっ」
扉の中から確実に何か出てこようとしている。
巨大な腕は何かから逃れるようにこちらに向けて進もうとしていた。
あたしは自分の腕を引いた人間を振り返る。
「さんきゅー、クラン。今のはさすがにやばかった」
「君から素直に礼を言われるなんて、あしたは雪でも降るのかな」
減らず口をたたく腹黒王子を見て安心するときが来るとは。
(せっかく礼を言ったんだから、素直に言わせろよ、この馬鹿王子)
クランは「まずい事になったな」と呟く。
見ればタバサやヒューズ達も集合していた。
「この門、本物だったんですね」
「なんか気持ち悪い腕がはえてるよー」
門について冗談めかして言って来たクランの事、あとで皆でとっちめる事にしよう。
ともかくぶつくさ言ってられない。
なんとか門をしめないと。
なんとかすべく。とにかく扉に手をあててみるのだが。
(っていうか皆で押してみてもびくともしねぇ!)
「おもっ、うごかねー。なんだこれ!」
門のくぼみにはまってる石も、とろうとしても接着剤でつけたのかってくらいぴったりくっついてて、ぜんぜんとれなかった。
(どうすりゃいーんだよ)
このままだと、完全に開いちまうぞ。
門の隙間からは巨大な肩が出てこようとしていた。
そんな中クランが、シェフィの事を案じながら問いかける。
「この門はトワイライトの生き残りであるシェフィにしか閉ざせない。できるかい?」
「やってみます。最近は、だんだんと記憶はよみがえってきましたから。この門の事も、きっとなんとかする方法があると思います」
シェフィは扉にふれて呪文を口ずさもうとする。
けれど、その言葉を思い出せないようだ。
「もう少し、記憶を思い出す事ができれば」
頭をかかえるシェフィ。
こんな時に小さな子供一人に頼らなきゃいけないなんて、なさけない。
「こうなったら、仕方ないか」
そんな中で視線を伏せて、何かをつぶやいたクラン。
あたしがはなしかけようとしたら、その体が淡く光った。
光に包まれたクランの姿は、みるみる大きくなって形を変えていく。
その姿は、黄昏色のドラゴンだった。
「クラン、なのか?」
ドラゴンになったクランは、その巨体で扉を押し始めた。
開く一方だった扉が、その速度を遅くしていく。
これなら、だいぶ時間を稼げそうだ。
あたしは、シェフぃの方へ注目する。
この時間を無駄にしないために。
前にシェフィが記憶を思い出した時のことを考えていく。
シェフィにとって懐かしいものを見せれば、もしかしたら。
あたしはムースを呼んで、村の中を飛び回った。
そして、とある家からそれを持ちだす。
戻ってきたら、門はさらに開いていて、悪魔らしき生物の頭がでようとしていた。
悪魔教の連中があがめるだけあって、巨大な角がはえたその頭部はまさに悪魔って感じだった。
血の涙を流す、爬虫類のような大きな目が、こちらを睨みつけている。
出てきたら最初にこいつら殺そう、とか絶対考えてるだろう目だ。
冷や汗が噴き出た。
ドラゴンとなったクランが、その悪魔を抑えるように頭突きをかます。
悪魔は咆哮を挙げながら、それに対抗。
純粋な力と力の戦いに、扉がミシミシと音を立てる。
まずい、こっちに悪魔がでてこなくても、扉が壊れたりしたら。
焦る気持ちで村の一軒に入る。
不法侵入だが、気にしてられない。
あたりをみまわせば、ビンゴだ。
それをつかんで、急いで戻った。
「シェフィ、これを見てくれ!」
「あっ」
あたしはシェフィにその写真を見せる。
それは、家族の写真だ。
運がいいことに、先ほど入った家がシェフぃの家だったのだ。
記憶のないシェフィにこれを見せる事は酷な事かもしれない。
家族の安否だって、分かっていないのに。
けれど、シェフィは強かった。
きゅっと唇をむすんで、写真に落としていた視線をあげ、杖をにぎりしめる。
そして門に向かって呪文を唱え始めた。
「使命帯びし黄昏の一族が命じる、火の名を関した理よ、水の名を関した理よ、雷の名を関した理よ、氷の名を関した理よ。我が命令に添い、忠誠を示せ」
すると門全体を淡い光が包んだ。
開くばかりだった門は、ゆっくりととじていく。
こちらで出てこようとしていた悪魔は、何かに引っ張られるように向こうがわへ押し戻されていった。
そして、門が完全にしまった。
シェフィがよろけて、おっさんがそれをささえ、あたしが安堵の余りその場にしりもちをつこうとしたら、クランがその巨体を背後にすべりこませてささえてくれた。
タバサは「やったねー」と無邪気にヒューズに抱き着いて、顔を赤くさせている。
良かった、これで一件落着なんだよな。
ほっと息を吐いたら、人間の姿に戻ったクランが倒れて、巻き添えを食らってしまった。
「いって、おいこら急に戻んな」
「ごめん。ちょっと限界で」
ヒューズが心配している、駆け寄ってくる。
よろよろとした動きで立ち上がろうとするクランに手をさしのべた。
「まったく兄さんは色々黙っていすぎなんですよ。あとであの竜のこと聞かせてもらいますからね」
「そうだな」
クランは疲れた体で、おぼつかない手つきで剣をふる。
「でも、僕はおにいさんだから」
直後どこかに隠れてやり過ごしていたらしい敵が放った矢が、地面に落ちた。
おっさんが珍しくやる気を出して「野暮なことすんじゃないわよ」としまつしていっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます