07 トワイライト村決戦前



 苦労したけど、石はこっちで全部回収できた。


 雷の石はザーフィスがもっていったから、ない。


 土の石は、連中がもとから持っていたらしい。


 だから、あたし達の手元にあるのは火の石と水の石。


 これで、なんとか連中の弱みを握れねーかな、というわけであれこれ作戦出しあった後に、一週間後……悪魔教が占拠しているトワイライト村へ向かう事になった。


 その間、もちろんあたし達は入念な準備を行う。


 装備を点検したり、ドラゴンの調子を確かめたり。


 ムースもようやく人をのせて飛べるようになった。


 タバサの手作りのツバサをつけてだが。


 まだちょっとよたつくけど、一週間もすればちゃんと飛べるようになると思う。


 そんな中で、クランと話す時間があった。






 大きな仕事があるっていっても、たまに小さな仕事もまいこむのがこの竜騎士部隊。


 よくわからないペット探しなんてものを任されて、逃げ回るトカゲを探し出したりもした。


 要人のペットだからへたな連中に任せられないとかうんぬん聞いたが。


 傍から見たら、竜を乗り増してる奴が、小さなトカゲをおいかけてるのだから、なんだか間抜けな絵面だ。


 今はそれ関係で仕事の報告書を書いて、控室で肩をまわしていたのだが。

 そこにクランがやって来た。


「少し話せないかな」

「別にいーけどよ」


 それで、他のメンツがいる中では喋れない事なのか、部屋の外に出てクランの私室へと向かった。


「この後、数日後に大きな任務があるからね。何か聞きたい事があるなら、こちらが答えるよ」

「なら、あたしの心臓かえせ」

「それは聞きたい事じゃなくて要求だから却下だね」


 いい笑顔でむかついた。


(くそ、この見た目詐欺王子が!)


 イライラして地団太踏んでると、クランがにやにや笑ってくる。


 余計イライラしてきた。


 到着したクランの資質の部屋を乱暴にしめる。


(人と話す顔じゃないだろ。あたしを虐めて楽しいのかよ、えぇ?)


 このまま部屋を出て、いらだちを扉にぶつけて勢いよくしめてやってもいいが、貴重な時間だと思いなおす。


 あたしは、気になっていた事を聞くことにした。


「シェフィから聞いた事だけど、おまえ、償いってどういう事なんだ? 最後まで自分の事は何もはなさねーつもりかよ」


 すると、クランは視線をそらす。


「君が気にする事じゃないさ」

「それを決めるのはあたしだ。お前じゃねー。言っとくが、心臓人質にとっても無駄だからな」


 どうせこいつはあたしの心臓をどうこうできやしない。


 人のことを心配して、自分だけきついことやろうとするくらいなんだから。


 あたしの決意が固いのを見てか、クランは話し始めた。


「この世界は繰り返されている、って言ったら信じるかい?」

「はぁ?」


 けれど、それは予想外の内容だった。


「僕の私室に一つ杖があるだろう?」

「ああ、なんかきしょいやつ」


 クランの視線を追って、見つめるのはミイラがついた変な杖だ。

 部屋の内装の中で浮いてたから、前から気になっていたのだ。


「あれは悪魔教が使っていた、オーバーテクノロジーのつまった魔道具だ。詳しくは分からないが、おそらく機械、に近いものかな?」

「タバサが使ってる光線銃みたいなやつか?」

「そう、数は少ないけれど、この世界にはそういった品物があってね」


 それが、世界が繰り返されてる云々の話とどうつながる?


 クランは、遠い目をしながら語り始めた。


「繰り返される前の世界、その世界での僕は愚かだった。色々な人達を騙して利用していたんだ」


 珍しい方の、まじな顔した真面目なクランだったので、あたしは茶々をいれずに耳を傾ける。


「そしてみっともない姿をみせて、自滅した。死んだんだ」

「……」

「でも、何でか生きてて、この世界にいた。過去の世界に、だからそれでやり直そうと思ったんだ」


 あたしは話の流れを呼んで、きしょいミイラ杖の存在意義を推測した。


「ん、もしかしてひょっとしてあの杖の力って」

「ああ、時を戻す。いや過去に戻る効果があったようだ」


 繰り返す前の世界、とやらでクランは最後にその杖を持っていたのだろう。


 でも、雰囲気からして効果は知らなかったようだ。


 それで、知らないうちに効果が発動し、クランは過去の世界にいた、と言う事か。


「子供の頃の僕の体に、数十年後の僕の意識が入り込む形になるかな」

「それって、元のクランはどうなるんだ」


 クランは悲しげに首を振った。


「分からない。けれど、おそらく死んだんじゃないかな」

「死んだって」


 あたしは言葉を失う。


 どういう感情になればいいのかわからなかった。


(自分の事だろ、そんな簡単に言うなよ)


 話は続く。


 それで、クランは自分がやって来たことをなかったことにするため頑張って、自分が不幸にしてきた人たちに償って来たと言う。


「前の世界では、ヒューズとは仲直りできなかった。それどころか、ロクに口を聞く事はなかったよ。シェフィの村が大変な事になったのは僕のせいだった。それなのに彼女を保護して利用していたんだから笑えるよね。タバサには直接何かした事はないけれど、彼女はこの世界ではヒューズと仲が良いから。もしかしたら怒るかもしれないね。カイゼルには、申し訳ない事をした。責任を背負わせてしまった」


 クランは沈痛な面持ちで前の世界とやらの事を語りだす。


 それをあたしは確かめる事はできない。


 妄想だと断言することもできるが。


 けれど、嘘ではないのだと思った。


 だって、目の前にいるクランはすごく傷ついているように見えたからだ。


「否応なく背負わされた王子という重責が僕をゆがめた、なんて言い訳をするつもりはない。あれらはすべて僕のせいで起きた悲劇だ」


 今すぐにでも壊れて砕けてしまいそうなクランに、あたしは思わず手を伸ばそうとした。


 けれど、クランはその場から一歩下がる。


 まるで人の優しさを拒絶するように。


「アメリア、君にもひどい事をしたんだよ。あやまって許されることではないし、謝るべき彼女は、もうこの世界にはいないけれど。だからこそ、許されてはならないと思っている」

「……」


 そして、クランは「心臓は全てが終わったら返す」と言った。


「残念だけど、このメンバーが一番勝率が高いから、最後の戦いが終わるまでは解放できない。君たちを危険に遭わせたくはないけれど、悪魔教に勝てる人間は他では難しいからだ。もちろん僕は可能な限り君達をフォローするつもりだ、命にかえてもね」

「そんな事」


 簡単に言うなよ、と思った。


 まるで死にに行く人間みたいだぞ、と軽口をたたくつもりだった。


 でも、言えなかった。


 言葉が詰まった。


 クランの瞳が少しだけうるんでいた。


 泣かない。


 泣けないのだ。


 たぶん、こいつが泣ける場所は、どこにもなかったんだろう。


 繰り返す前の世界とやらにも、この世界とうやらにも。


「あたしは、心臓なんかなくても戦ってやるよ」


 だから、そう言ってやる。


「あたしがお前を死なせない」


 そう強くいって、手を伸ばす。


 泣きそうな馬鹿王子が逃げ出そうとするのを捕まえて。


 そして、腕をまわしてぎゅっと抱きしめた。


 幼い子供にするように。


「だって、お前は大事な……仲間だからな」


 王子じゃない。

 孤児院に親切にしてくれた援助者じゃない。


 そういう関係だから、と念を押しながら。


 クランは苦笑した。


「僕は仲間以上の感情を抱いているけどね」

「ばっ、お前このタイミングでそういう事いうかよ」

「あはは」


 腕の中でしめっぽい声を出すクランは「でも」と呟く。


(でも、何だよ。続き言えよな。臆病者)


 クランは口を閉ざして無言だった。


 そのまま、話すことを忘れたみたいに、ただそこにいる。


 結局その続きを聞く事はなかった。


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