08 ドラゴンの事情




 谷で遭遇する魔物はそこそこ強かった。


 シェフィが魔法の炎で焼いたり、おっさんがたまに弓で射たりして、クランとあたしが剣でとどめをさす。


 四人いてちょうどいい敵だな。


 逆を言うと、一人でくるような場所ではないと言う事だ。


 互いの隙をフォローできるようなメンバーがいないと、ここは辛い。


「アメリア、後ろだ」

「わーってるよ」


 今も背後にしのびよってきたやつ。芋虫みたいな魔物を倒す。


 気配を消すのがうまいから、背後からくるのが多くて困る。

 しかも暗いから見えづらいし。


「クラン、人の事ばっかみてねーで。自分の事もちゃんと気を付けていろよな」

「大丈夫だよ。僕は慣れてるから」

「慣れててたまるかよ」


 うそを言っていなさそうなふんいきがこわい。


(谷での戦闘になれてる王子ってなんだよ)


 いや、もうつっこみも疲れてきた。


 こいつに普通の王子像をあてはめるのは無理だろう。


 けど、慣れてる事と油断しない事ってのは別だ。


 人間なんだから、片時も意識をそらさないなんてできるわけないのだから。


「少しは自分を大事にしろよな。あぶなっかしーんだよ」

「なにか言ったかい?」

「別に、なんでもねーよ」


 隅の方でおっさんが「青春ねぇ」とか生あたたかい視線を送ってきてるのがムカついてきた。


(みんな。変な勘繰りすんなっつーの)





 そんな感じで進んで行くと、谷の奥深くでそれを見つけた。


 岩陰で、小さな紫のドラゴンが遊んでいるのが見える。


「あそこに、ドラゴンがいます。でも……」

「ん、一匹っぽいわねぇ。珍しい。普通の子竜は親と一緒にいるものなのにね」


 視線の先、ドラゴンは足元にある小さな岩を尻尾でぺしぺし転がしている。


 なんか、かわいかった。


 けれども、ドラゴンだけあって、そのサイズは、あたし達の背と同じくらいある。


 油断してはいけない。


 のは、分かっているけど。それはそれとして疑問がわいてきた。


(こんなところになんで一匹だけいるんだ?)


 疑問に思っているとクランがすたすたと前に進んでしまった。


 うおい、警戒しろよ!


「やあ、君は両親とはぐれたのかい?」


 クランはまるで、目の前の竜が自分を攻撃するはずがないと思っているかのようだった。


 友人に話しかけるような気安い態度が信じられない。


 竜が人と話せないのは、周知の事実。


 傍から見たら、おかしくなったと思われても不思議ではない光景だ。


 仕方なしにあたし達も前に出る。


「おい、お前。なんでこんなところに一匹でいるんだ。っていうか、人の言葉分かるのか」

「きゅ?」


 子供ドラゴンは、あたし達を見つめて首をかしげる。


 興味深そうにまんまるな目になって、こちらを見つめ続けている。


 なんか、初めて見る生き物、を見つけた、みたいな感じだ。


 やがて敵意がない事がわかったのか、子供ドラゴンはこっちにすりよってきた。


 人懐っこい。


「きゅっきゅ!」

「おい、やめろって」


 とりあえずすぐ敵対とかは なさそうだが。


 やはり言葉が通じないから、会話にならない。


 目の前のドラゴンはこちらの気も知らずに、すりすりをひたすら続行。


 ドラゴンだけあって力が強いから、ちょっところびそうだ。


 しかし、すげぇ懐いてくるなこいつ。


「あ、アメリアさんずるいです。私も仲良くしたいです」


 そんなことしてたらシェフぃが嫉妬してきた。


(いやちげーよ。あたしは別に仲良くしようとしてるわけじゃないんだからな!)


 子供ドラゴンを眺めるクランは訝しそうにしている。


「おかしいな、他のドラゴンの気配が感じられない」

「いないって事か? でもじゃあこのドラゴンだけなんでいるんだよ」


 クランは「もしかしてあれが原因かもね」と子供ドラゴンの羽を示した。


 よくみると怪我をしている。


 それが原因で飛べないみたいだ。


 そこでピンときた。


 もしかして、置いてかれたのだろうか。


「何か事情があって、ほかの者たちは移動せざるを得なかったんだろうね。でも、その子はとべないから」

「何だよそれ、飛べないならくわえたり、背中にのせたりして運んできゃあいいだろ」

「生物の世界は、厳しい。自分で生き残れないなら、この先も生き残れないと判断したんじゃないだろうか」

「だからって。こいつはまだ子供だぞ」


 目の前の子供ドラゴンは、自分がどうしておいてかれたのか理解してないような感じだった。


 その光景が痛々しく感じられてしまう。


 目の前のドラゴンからは、悲壮感や悲しみとかは感じない。

 寂しさ、みたいなのはたぶん感じてると思うけど、たぶん自分の状況をよく分かってないんだろう。


 その様子が余計に現実の非常さをうったえていた。


「とにかく、その子を保護しよう。予定とはちがったけれど、これで食料問題はどうにかなりそうだ」


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