第2章 おかしい王子

01 巣立ち



 クランからなされた驚きの提案。


(部隊に入れ、ときたか)


 けれど、よくよく考えてみれば、悪い提案でもない気がした。


 ようするに「優秀な人材をスカウトした」って体面で、あたしが王子の部屋にいても不自然じゃない状況を作り出したのだろう。


 他にいい案は思いつかない。


 ただの友人として部屋に招かれたって言っても、下種な輩は勘ぐるものだ。

 悪い遊びに手を出した、女を連れ込んでいたなんて噂が流れては困る。


 だから、仕事のスカウトなら、それほどの悪影響は及ぼさないと考えたのだろう。


 元よりあたしに拒否権などない。


 孤児院の事を考えれば、始めから選択肢などないのだから、仕方なくその提案をのむことにした。


 けれど。


(相変わらずクランが何を考えてるのか分かんねぇ)


 ただの貴族、として孤児院に援助してきた頃もそうだったが、本心が分からない。


 根っこの部分で何を思っているか、推測できなかった。


 クランは、終止穏やかで、こちらに親切で、どこかひょうひょうとした態度だった。


(あたしは不法侵入した犯罪者で、盗賊だったっていうのに)


 普通ならそんな態度ではいられないはずなのに。


 解放されてからも、ずっともやもやする心境だった。


 それで、いったん孤児院に返してもらった後は、マザーに事情を説明。


 盗賊云々の事はふせて、スカウトの事だけ話した。


 それでも、マザーは喜んでくれた。


 王子から直々にスカウトされるなんて名誉な事だし、福利厚生はしっかりしてるだろうから。


 危険な仕事ではないか心配されたが、そこらへんは適当に言いくるめておいた。


 気がかりなのは、仕事によっては孤児院に顔を出せなくなると言う事。


 だから忘れずに、マザーにこれからのチビ達の事を頼んでおいた。


(捨て駒みたいに扱われて、ぽっくり死ぬ事もあるだろーしな)


 諸々の手続きが必要だとか言う話で、一週間の準備期間をもらったのちに、再び城へ顔を出すことになった。


(クランの奴、やっぱり気が変わったとかいって、牢屋にぶちこんだりしねーだろうな)






 それは、侵入者が二人もやってきた翌日の事。


 アメリアを解放した後、僕はひっそりと息を吐く。

 そして私室にあった宝箱を開いた。


 その中には、光に包まれた塊が、脈打つ心臓が一つ入っていた。


 どくどくと脈打ち動く様は、かなりグロテスクだ。


 本来なら、そのまま保管する事はできないのだが、魔道具の力によって体外にあっても変わりなく活動しつづけられている。


 この心臓の持ち主は、自分の大切な一部がなくなっている事に気が付いていないだろう。


 彼女の事を頭に思い浮かべると自然と、笑みが浮かんでくる。


 からかうと面白いと知ったのは、出会ってから少したってからの事だ。


 孤児院で一番の年上と言う事もあって、気丈に振る舞っているけれど、年相応な面も多いのだ。


 そんな僕の脳裏にほのぐらい欲望がちらつく。


(今は体の一部だけだけど、いつかは全部を手元に置いてしまいたい)


 しかし、そんな思考はすぐに消し去った。


 この心臓が僕の手元にある事は、彼女を支配するためではない。


 これ僕の罰のためだ。

 

 それなのに、目的を忘れ去ってしまいそうになる。


 気を抜くと自分の欲望が大きくなってしまいそうだ。


 彼女が真実を知った時の驚いた顔を思い浮かべて、欲望を沈めていく。


 例の影響は、一度闇に落ちた者には、とことこんついてまわるらしい。


 苦笑をもらすと、少しだけ冷静になれた。


 おそらく、真実が明らかになった後彼女には嫌われるだろう。


 それでいい。


 そうでなくてはならない。


 僕はこれかrなおやるべき事を頭の中に浮かべて、思考にけりをつけた。


「これからよろしく。アメリア」


 これからはあの時と同じように、一緒にいるのだから。







 孤児院


 あれから一週間が過ぎた。


「アメリアおねーちゃん。お城にいっちゃうの」

「やだ。もっとここにいてぇ」


 クランに伝えらえた通りの日、別れを告げると、予想通りチビ達が泣き出した。

 こちらを引き留めようと体にしがみついてくるものもいる。


 竜騎士部隊というのは、過酷な任務を与えられるところだ。

 城の兵士の中でもトップの実力を求められる。


 そんな部隊に組み込まれるのだから、簡単には帰ってこられない。


 だから、孤児院たちのチビは寂しがっているのだろう。


 涙ぐみながら、こちらを見上げるチビ達の顔を見つめていると、後ろ髪をひかれてくる。


 そんなチビ達をやんわりとたしなめるのはマザーだ。


「こらこら、駄目よあなた達」


 本名が分からない孤児院の経営者。


 見かけは、30代くらいに見えるけど、年齢も分からない。


 そんなマザーは、あたしシを育ててくれたことから見た目が全く変わらないびっくり人間だ。


 魔女かなんかじゃないかと、近所には噂されてる。


 けれど、あたしはマザーが悪い人じゃない事を知っている。

 なんどこの人のやさしさに救われた事か。


「アメリアが困っているでしょう?」


 マザーは一人一人の顔を見ながら説得して、チビ達をあたしから引きはがしていく。


「アメリアはこれから立派なお仕事に就くんだから、応援してあげなさい」

「そうそう、孤児院から竜騎士部隊に配属ってなったら、ちょっとはここの風当たりも悪くなくなるだろ」


 身元の分からない子供達を育てている施設。


 という事で、孤児院は一部の人間から白い目で見られている事もある。


 出自が明らかではない人間は非行に走りやすいとか、危険人物だとかそう信じてやまない人間が、よくない話を広めているのだ。


(そりゃそういう奴もいるかもしらねーけど、アタシらの事何もしらねーで無責任に言うなよな)


 けれどそんな話も、ここから城務めの人間が出ればよくなるだろう。


「給料、結構でるから。美味しいお菓子とか綺麗な服とかも買えるようになるぞ」

「やだぁ、おねーちゃんの方がいい」


 なおもごねる子供達をマザーがたしなめる。


(まったく、お給金がはずむ事は良いだてーのに)


 金銭面だけで言えば。これ以上ないくらい破格の職なのだから。


 孤児院出身の人間は、ロクな仕事につけない。

 まともな仕事についたとしても、もらえるお金は少ない。


 けれど、城務めならその点は心配いらなさそうだ。

 これまでよりもうんと楽な暮らしができるだろう。


「じゃあ、ちょっくら言って来るわ」

「気を付けてね」

「お姉ちゃん、いってらっしゃい」

「早めに戻ってきてね」

「休みに日になったら、孤児院に絶対顔出してね」


 あたしはマザーやチビ達に見送られながら、孤児院を出た。


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