第27話 拘束 3

 カトリーンは驚いた。

 テテはちょっぴり成長が著しいけれど、異形のワイバーンとして父が露店で通常の半額以下で買ってきたものだからワイバーンだと信じて疑っていなかった。


「でも、私の記憶のあるかぎり母はドラゴンには乗っていませんでした」

「確かに随分と古そうに見えるから、お母様も誰かから譲られたのかもしれないわね」


 リリアナは片手を伸ばし、カトリーンの胸元の鱗に触れる。


 本当にドラゴンだとすれば、一般人には到底手が届かない存在で、王族やごく限られた一握りの貴族しか手に入れることはできない。サジャール国の王太子殿下が使い魔で使っていると有名だが、カトリーン自身は実物を一度も見たことがなかった。


「あの子は露店で格安で売られていたんです」

「恐らく、それは露天商の方も拾ったその子がドラゴンだと気付かなかったのね。滅多にいないから、まさかいるとは思わなかったのでしょう。それと、あなたのご家族があの子を使い魔にできなかったのは、ドラゴンを使い魔にするのに十分な魔力がなかったからだわ」


 そして花茶を一口飲むとまた話を続ける。


「多分、あの子は他にドラゴンが一匹もいない状況で一人だけ自分の世話をしてくれる上に、ドラゴンの逆鱗を持っているあなたを見て、自分の仲間だと認識したんじゃないかしら」

「あの子はどうなるのですか?」

「野放しにしておくのは人々に恐怖を与える危険があるから、王宮で飼育します。大丈夫よ、安心して。悪いようにはしないから。あの子は使い魔ではないから、拘束はできない。あなたが呼べばいつでも会いに来てくれるはずよ。それに、王宮に会いに来てくれてもいいわ。あの子の名前はなんていうの?」

「テテです」

「テテ。いい名前ね」


 リリアナはカトリーンを安心させるように笑う。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。ねえ、それと提案なのだけど、カトリーンさんさえよければ、宮廷薬師にならない?」

「え? 私などでいいのですか?」


 カトリーンは戸惑った。

 『宮廷薬師』とは、宮殿に仕えることを許可され、主に皇族や要職者に何かが起きたときに呼ばれる薬師の総称だ。サジャール国にもいたが、薬師に与えられる称号としては、最高の名誉と言える。


「あなただからお願いしたの。魔法薬を扱える人は、この国ではとても貴重よ。私も一応魔法薬の知識はあるからフリージ様に一包だけお薬を見せてもらったのだけど、とてもよい調合具合だと思ったわ。子供が生まれれば怪我や病気もあり得ると思うのだけど、いつも私や侍女のナエラが治癒魔法を使えるとも限らないし、カトリーンさんになってもらえたらとても安心だわ」


 思いもよらない提案に、目の奥がツーンと痛くなるのを感じた。

 故郷では臭いとさげすまれ、図書館で借りた医学書、薬学書を見て独学で勉強して陰でこそこそと調合を続けてきた。


(ああ。いつも笑顔でいたら、本当にいいことがあったわ。ありがとうございます!)


 カトリーンは心の中で、いつも心の拠り所にしていた神様にお礼を言う。


「私でよければ、喜んで」

「本当? 嬉しいわ。詳しいことは、後日使いの者から連絡するわね」


 笑顔を見せたリリアナ妃は背もたれに背を預けると、少しだけ膨らみ始めたお腹を愛おしむようにさすった。そういえば、ご懐妊されたと新聞で読んだ気がする。


「あの、ご懐妊おめでとうございます」

「ふふっ。ありがとう」

「…………。今、お幸せですか?」


 リリアナ妃はきょとんとした顔をした後、花が綻ぶような笑顔を見せた。


「ええ、とても。大好きな人との子供だもの」

「……それはようございました」


 幸せを絵に描いたようなその笑顔を見て、カトリーンは思った。

 あの皇帝、こんなに可愛い嫁がいながら、城下に別の女を作るとは!

 許しがたいクズであると。

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