第26話 拘束 2

 差し出された花茶を一口飲むと、口の中には今まで味わったことがないような上品な香りが広がった。安物にありがちな苦みが全くなく、すっきりとした──。


「お口には合いましたか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 カトリーンはカップを置くと目の前の美女──リリアナ妃にお礼を言う。

 とは言っても、周りを見渡せば精巧な木工細工の調度品に艶やかな刺繡の壁掛け、つやつやに光る重厚なテーブル。見たことがないような豪華な部屋に、はっきり言うと落ち着かない。

 しかも、目の前にはこの国の皇后で、故郷の元王女殿下がいるのだ。せっかく解れてきた気持ちもいやが上に緊張してしまう。


「報せてくれて、助かりました。調査が一気に進んだのよ」


 そう言われ、カトリーンは眉尻を下げた。


「いえ、私は大したことは……」


 先日、テテの盛大な破壊行為のため、チティック薬局は大きく壊れ、建物の一部が焼失した。  

 焼け残った建物の中からは、鎖に繋がれたまだ幼いワイバーンが見つかった。隠すために地下室に繋がれていたのが幸いしたのだ。

 更には、カトリーンの証言を元に調査された店の前の井戸の片方からは飲むと呪いに侵される成分が発見された。宮殿に勤めるサジャール国から派遣された魔導師がその後片付けに当たることになっている。


 そして、魔法薬を作っていたのは高額報酬に目が眩んだ流れ者の魔導士で、宮殿のワイバーンを傷つけていたのはチティック薬局に金を摑まされたワイバーンのお世話係りの一人だった。相次いで怪我をするワイバーンに不審に思った上層部が夜間警備を強化したため生き血を取ることができなくなり、生きたワイバーンを密輸入したようだ。

 カトリーンがポケットに入れていた薬も調査され、予想通り呪いの中和剤であることが確認された。


 皇帝であるベルンハルトや、フリージを始めとする側近達は今、その対応で大忙しのようだ。


 しかし、カトリーンがしたことと言えば、チティック薬局の薬を不審に思って無謀にもたった一人で正面突撃して監禁されたことくらいだ。しかも、フリージに知らせようとして、宮殿の、こともあろうか皇帝陛下の執務室の窓ガラスを一部破壊した。


「いいえ。王都の国民が多く苦しんでいるのを終わらせる、きっかけを作ってくれました。深く感謝いたします」


 恐縮するカトリーンの手に、リリアナの手が重なる。

 真っ白でしみ一つなく、作り物のように美しい手だった。こちらを見つめる長い睫毛に縁どられた大きな瞳はアメジストを思わせる淡い紫色。すっきりとした鼻梁に薄ピンク色の唇、少し薔薇色に染まった頬。

 こんなに美しい人を見たのは初めてで、同性のカトリーンですら直視できずに思わず目を逸らしてしまったほどだ。


「あなたはドラゴンの逆鱗の持ち主なのね」

「逆鱗?」

「それ、ドラゴンの逆鱗でしょう? 昨日もドラゴンに乗っていたし」


 リリアナがカトリーンがいつも身に付けているネックレスを指さす。それは母の唯一の形見で、ワイバーンの鱗を模した作り物だ。


「これは安物ですわ。それに、テテはワイバーンです。ちょっと異形なんです」


 それを聞いたリリアナは小首を傾げる。


「ワイバーン? 違うわよ。あれはファイヤードラゴンの幼生ね。だいぶ大きくなってきているけど、まだ子供だわ。あの倍ぐらいの大きさになるはずよ。それに、これは作り物ではないわ。ドラゴンの逆鱗と言って、心を許した唯一の存在に渡す貴重な鱗よ? 首の下辺りに、一枚だけあるの。逆鱗の持ち主とそのドラゴンは、使い魔以上に強い絆で結ばれるのよ。あの子はまだ幼生で自分の逆鱗もついたままだったから、これはあの子の血縁関係にあるドラゴンのものではないかしら?」


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