第25話 拘束 1

    ◇ ◇ ◇


 ときは少し遡り、その日の昼間のこと。

 約一週間ぶりにプルダ薬局を訪れたフリージは拍子抜けした。


「カトリーンはいないんですか?」

「ええ、さすがにもうそろそろ帰ってくるとは思うのだけど。どこに行っちゃったのかしら?」


 プルダ薬局の女主人──ステラは眉尻を下げて謝罪する。

 ステラによると、今朝起きるとカトリーンはひどく思い詰めた顔をしており、ちょっと出かけてくると言いのこして家を出た。その後、今の時間になっても戻ってこないという。


「遠くに薬草でも採りに行ったのかしら?」

「ああ。そこなら場所を知っているので寄ってみます」


 ぼやくステラにお礼を言うと、フリージはいつもの湖の畔へと向かった。しかし、そこにもカトリーンはいなかった。


「どこに行ったんだ? 明日、出直すか……」


 すでに太陽は沈みかけ、空は茜色に染まっている。

 昨日リリアナ妃が漏らした、チティック薬局でも魔法薬を作ってるのではないかという話をしようと思ったが、明日に仕切り直した方がよさそうだ。


 そのまま宮殿に戻ると、国境地帯に向かっていた副将軍のレオナルドが戻ったということで、ベルンハルトの部屋に招集された。フリージが向かうと、そこにはベルンハルトと側近三人、そしてリリアナ妃がいた。

 フリージが着席したことを確認すると、レオナルドが口を開く。


「問題のワイバーンですが、確かに二匹いました。まだ生まれて間もないものを木箱に入れて運んだせいでかなり衰弱が進んでいましたが、保護したので大丈夫かと」

「それで、何を目的に誰が誰に渡すつもりで持ち込もうとしていたんだ?」とベルンハルトが先を促す。

「持ち込もうとしていたのは、サジャール国のワイバーン販売業者です。依頼主はここ、ハイランダ帝国軍になっていました」

「なんだと?」


 ベルンハルトの眉間に深い皺が寄る。


「届け先は宮殿のワイバーン飼育小屋です。持ち込もうとした男によると、今回が二回目で、以前にも生まれてまだ間もないワイバーンを持ち込んだと。持っていた依頼状には確かにハイランダ帝国軍の使用する紋章が入っていました」

「どういうことだ?」

「陛下もご存知の通り、最近新しいワイバーンは増えていません。そこでもう少し調べたところ、一人の怪しい人物が浮上しました。ワイバーン管理課に勤める最近勤め始めたばかりの男が、一ヶ月ほど前に届いた大きな荷物を受け取った後に宛先間違いだったと別の場所に送り戻していたという証言がありまして──」

「どこに送り戻した?」


 ベルンハルトが重ねて問うたそのときだ。執務室にあるテラスのガラス扉が風に煽られてガタガタと音を立てた。


「なんだ? 嵐か?」


 ただならぬ揺れ方に全員がそちらに顔を向けた瞬間、誰しもが驚愕で目を見開いた。

 窓のすぐ外には、通常のワイバーンの一.五倍程の大きさの巨大な翼の生えた生き物が羽ばたいており、口からは真っ赤に燃え滾る炎を吐いていたのだから。


「敵襲か!? 衛兵! 衛兵! 陛下とリリアナ妃をお守りしろ!」


 レオナルドが叫び、室内の異常を知らせる銅鑼どらを鳴らす。外に控えていた近衛騎士が一気に執務室内になだれ込んできた。


「待って! あれはドラゴンだわ。サイズ的にまだ子供よ。誰か乗っているわ」


 リリアナが窓際に駆け寄ろうとしたが、「危ないから近づくな!」と叫ぶベルンハルトに止められた。


 レオナルドが剣と盾を構えたままテラスの扉を開け放つと、ドラゴンの羽ばたきで起こる突風が部屋の中を吹き荒れる。辺りに机の上に置かれていた書類が散らばり、吹雪のように舞った。

 ソファーに座っていたフリージは風を防ぐように片腕を顔の前にかざし、そちらを見つめる。


「あれは……もしやテテか?」


 角が大きく前足があるその姿に見覚えがあった。カトリーンが友達だと言った、異形のワイバーンだ。

 そして、その背に乗っていたのは──。


「フリージさん、助けて!」


 ドラゴンの背には泣きそうな顔のカトリーンがいた。


「カトリーン!」


 フリージはすぐに立ち上がり、テラスに駆け寄った。

 カトリーンの様子から、ただ事ではないことはすぐに予想がついた。


「カトリーン、おいで。受け止めるから」


 戸惑ったような表情をしたカトリーンは、自分を見上げて両手を広げるフリージを見つめて唇を引き結ぶ。

 次の瞬間、カトリーンの体が宙に浮き、ドンという衝撃と共に柔らかな感触が胸に飛び込んできた。


「フリージさん。お願い、助けて……」

「うん、助けるよ。何があったか、教えて? よく頑張ったね」


 そう言って金色の髪を優しく撫でると、カトリーンはすすり泣くように首元に顔を埋めた。


    ◇ ◇ ◇


 カトリーンから事情を聞いたフリージ達は、すぐに城下へと向かった。

 上空からは一部が燃え上がる建物が見え、人々が水を撒いて消火活動をしていた。


「あそこ?」 

「ええ」


 テテは大きすぎるとしてフリージのワイバーン──ショコラに同乗させて貰ったカトリーンは、しっかりと頷く。


 建物が突然壊れ、火災が起き、更には次々に舞い降りるワイバーンに辺りは混乱状態に陥っていた。レオナルド副将軍率いる保安隊員達がそれに対応する。


 チティック薬局の前にカトリーンが降り立つと、それに気付いた昼間の店主が血相を変えて走りよってきた。


「この女、毛色が珍しいから高く売れると思って生かしておいたら、とんでもない真似を──」


 興奮状態の店主に掴みかかられそうになり、カトリーンは恐怖でびくりと体を震わせた。しかし、その手はカトリーンを掴むことなく、直前で別の手に阻まれた。


「へえ。カトリーンを売ろうとしていたんだ? 面白いこと言うね?」

「なんだ、あんた。こっちの話だから邪魔するな! ぶん殴られたくなかったら、引っ込んでろ」

「俺を知らない? まあ、積極的に顔を出していたわけじゃないから仕方ないか」


 口許に笑みを浮かべたフリージは、掴んでいたその手を捻りあげ、男を地面に押さえつけた。そのまま近くにいた保安隊員に「連れていけ」と命じる。

 その途端、店主の両手が縛られ両脇を保安隊員が拘束して引きずられて行く。「離せっ!」と叫ぶ声が恐ろしくて両耳を塞ぐと、その手ごと抱きしめるように優しい温もりに包み込まれた。

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