第24話 疑惑 3
薬を受け取ったあと、カトリーンはすぐに薬包を開いて中を確認した。白い包み紙の真ん中には、黒い粉末が乗っている。指で触れると、細かな粉はさらりとした感触だった。紙ごと顔に寄せて匂いを確認すると、独特の生臭さが香る。そして、粉薬自体が魔力を帯びているのを感じた。
「これ、薬じゃないわ」
カトリーンは確信する。これは薬ではなく、掛けた呪いの効力を打ち消す中和剤だ。呪いをかけた術者であれば、それを解くための中和剤も簡単に作ることができる。生臭いのは、ワイバーンの血を混ぜているからだろう。
カトリーンは薬包を包みなおし、ポケットにしまうとすぐに踵を返して先ほどの店員に声を掛けた。
「すみません」
「お嬢さん、横入りはダメだ。ちゃんと並び直しな」
男性はカトリーンを適当にあしらい、シッシと手を振る。
「あなたの売っている薬のことだけど、これ、本当は薬じゃないわよね?」
なおもカトリーンが詰め寄ると、カウンターにいた男性は不機嫌そうに眉を寄せた。
「いちゃもんつけてると、保安隊員を呼ぶぞ」
「呼んだら困るのはそちらでしょう? 薬じゃないものを薬だって
ここで引き下がるわけにはいかないと、カトリーンは強気に出た。カウンターの男性の眉間の皺がさらに深いものになる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
「ちょっと中で話そうか?」
男性が顎でチティック薬局の奥を指す。カトリーンは望むところだと頷いた。
通された奥の部屋は、四人掛けの応接セットが部屋の真ん中に置かれ、木製の壁際にはサイドボードが置かれたさほど広くはない部屋だった。
その部屋で待っていると、先ほどの男性が現れ、お茶が二人分、ローテーブルに置かれた。まだ淹れたてのようで、白い湯気が上がっている。
「それで、お嬢さんは何が言いたかったのかな?」
男性は一口お茶を飲むと、ゆっくりと口を開いた。カトリーンもそれを見て、一口お茶を飲む。
「あの薬は薬じゃないわ。呪いの中和剤よ。あなた達、意図的に市民に呪いをかけてその中和剤を高額で売りつけることで儲けようとしているのね?」
「申し訳ないが、何をいっているのかわからないな」
「とぼけないで!」
興奮して立ち上がった瞬間、体がぐらりと揺れた。
「え?」
周囲がぐるぐると回るようなめまいがして立っていられない。
「お嬢さん、ここは薬屋だよ。迂闊だったね。なに、殺しはしないよ。毛色が珍しいから、奴隷商に売ればご主人様に可愛がってもらえるんじゃないか?」
目の前の男性がニヤリと笑う。
(逃げないと……)
そう思ったけれど、体は言うことを聞かない。
伸ばしかけた手は力なく落ち、意識は次第に闇に呑まれていった。
◇ ◇ ◇
冷たい石の床の感触に目を覚ますと、辺りは薄暗かった。壁の上部に付いた小さな通気口から差し込む月明かりで、なんとかここが部屋で、今は夜なのだと認識できた。
「今、何時かしら?」
カトリーンは辺りをぐるりと見まわし、自分自身をぎゅっと抱きしめる。真っ暗で、ほどんど何も見えない。手探りで、床や壁は石だと認識できた。壁の一部には棚があるようだ。
それに、独特のこの匂いは……。
「薬草の保管庫かしら?」
薬局には大抵、調合前の薬の材料を保管しておくための保管庫がある。気温が一定に保てるように地下に石造りの部屋を通気口を設けて作られることが多く、プルダ薬局にも同じような部屋があった。
カトリーンは物の試しに部屋の入り口のドアノブを回してみたが、鍵がかかっているせいで開かない。
「おばさんとおじさん、心配しているだろうな……」
カトリーンは部屋の端に座り込むと、両手で膝を抱えた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。もっと、下調べをしてから誰か信用できる人を同伴して来ればよかった。
じわりと涙が零れそうになり、カトリーンは慌てて涙を拭う。
教会の神父様も、辛いときこそ笑顔でいれば素敵なことがおこるといつも言っていた。
「笑って、カトリーン」
故郷で辛いことがあったときも、こうやって自分を励ましてきた。けれど、ここには友達もテテもいないし、心細くて寂しくてたまらない。
「誰か!」
カトリーンは小さな通気口に向かって叫ぶ。けれど、外までは届かないようで誰からも応答はなかった。
もう一度座り込んでいると、通気口の辺りから「ギャ」と僅かな鳴き声が聞こえた気がして、カトリーンはハッと顔を上げた。
「テテ? テテね?」
通気口の向こうから、また「ギャオ」と聞こえる。
「テテ。助けて!」
その声に反応するように、通気口の向こうからガシンっと叩くような大きな衝撃が走る。何回かそれを繰り返すと、石の壁が崩れ落ちた。
砂埃と共に、辺りに大きな音が響きわたる。更に、テテが吐いた炎が砕けた木材に燃え移り、黒煙を上げ始めた。
物音に気付いて家の外に出てきた人々がテテの姿に気が付いて悲鳴があちこちから聞こえ始めた。
(これは……早くどうにかしないと!)
誰か信用のおける人に事情を話してすぐになんとかしなければまずいことになる。
咄嗟に一人の顔が浮かび、カトリーンはテテに向かって叫んだ。
「お願いテテ。フリージさんのところに連れて行って!」
テテがカトリーンが乗りやすいようにしゃがんだのを見て、カトリーンはその背に飛び乗った。ぐわんと浮き上がる感覚。背後からは驚いた人々の悲鳴がひっきりなしに聞こえたが、カトリーンは振り返ることなくその場を後にした。
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