第21話 話を聞かせて 3
テテはちょぴり見た目が変わっているけれど、カトリーンの大事な友達だ。最近はちょっとばかし成長が著しいのだ。故郷でも家族には安物の亜種だとバカにされていたけれど、頭だってとってもいい。目の前で誹謗中傷するなんてひどいと思う。
「テテはワイバーンよ。ちょっと見た目が違うけど、私の友達なの」
「え? けど──」
戸惑ったような表情でなおも何かを言いかけたフリージを、カトリーンは睨みつけた。
フリージはカトリーンのそんな批判めいた視線に気が付いたようで、肩を竦めて見せる。
(もうっ! なんでよりによって居るのよ!)
今一番会いたくない人に期せずして会ってしまった。
思わずののしりたくなるけれど、よくよく考えればここは彼の別邸だ。立ち去るとすれば、カトリーンの方だろう。
「テテ、用事を思い出したから帰りましょ」
カトリーンはテテによじ登ろうとしたが、いかんせん最近のテテは大きい。背中に手すら届かなかった。そして、いつもならカトリーンが乗りやすいように背中を下げてくれるテテは一向にしゃがもうとしない。
暫く格闘していたカトリーンはついに諦めて後ろを振り返る。こちらを見つめるフリージと目が合った。
「カトリーン、気を悪くしたなら謝るよ」
「いえ、いいです」
「カトリーン?」
いつもと違う固い表情のカトリーンに戸惑ったような表情を見せたフリージは、思い出したようにポケットに手を入れた。
「そうだ。今日、これを貰ったからカトリーンにあげようと思って持ってきたんだ。もしかしたらここにいるかと思ってさ。ちょうどよかった」
差し出されたものは白いレースに包まれており、端がリボンで結ばれている。
「ショコラをシュガーコーティングしたお菓子なんだけど──」
「いらないです」
「カトリーン?」
フリージはカトリーンを見下ろし、眉をひそめる。カトリーンはその視線から逃げるように顔を横に向けた。
「何かあったのか?」
「なんでもないです」
暫く沈黙が包む。その沈黙を破ったのは、フリージだった。
「なんでもないなら、話して聞かせて?」
「はい?」
カトリーンは驚いてフリージを見上げる。目が合ったフリージはにこりと笑った。
「何か嫌なことがあったんだろ?」
「…………。やっぱりなんでもあります」
「なら、なおさら聞かないとだな」
唖然として見上げてしまった。それでは、結局カトリーンは何があったのかを話さなければならない。
「その理論、おかしいと思うわ」
「そう? カトリーンのことはなんでも聞きたいと思うよ。特に、今日みたいに悲しそうな顔をしていると」
「私が悲しそう?」
「そう。悲しそう」
フリージは困ったような顔をすると、片手を伸ばしてカトリーンの頬をなぞる。
「今来たばかりだし、空の籠を持っているから、本当は薬草を採りに来たんだろ? 何があったのか、話を聞かせて?」
「…………」
この人には敵わないな、と思った。どうしてこんなに、自分のことをわかってしまうのだろう。
「今日、大聖堂に行ったの。デニス様の結婚式をちらっとでも見たくって。…………。そこでフリージさんを見たわ」
「うん、招待されて参加していたからね」
「私、ちっとも知らなかった!」
「友人の結婚式に行くって言ってなかったかな?」
「だって、まさかあの結婚式だなんて思わないわ。すごくショックだったわ」
フリージは意表を突かれたような顔で、首を傾げる。
「ショック?」
「だって、フリージさんが想像よりずっとえらい人なのだもの!」
きっとそれなりの立場にある人だろうとは思っていたけれど、ここまでだとは思っていなかった。じわりと涙目になったカトリーンを見て、フリージは目を瞬くと呆けたような顔をした。
「俺が思ったより立場が高くてショックを受けたの?」
「そうよっ!」
半ばやけくそに断言すると、フリージは耐え切れない様子でくすくすと笑いだした。
「何がおかしいの?」
「いや。今まで、俺の肩書目当てに寄ってきたり、誰だか知って急に媚びを売ってくる子は多かったけど、怒り出す子なんて初めてだから」
カトリーンはハッとする。
今の何気ない言葉には、色々なことが詰まっている。きっと、目の前の彼はその身分ゆえにカトリーンが体験しようがないような嫌な思いをすることも多かったのだ。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。で、嫌なことは?」
「今ので終わりよ」
「今ので?」
つまり、カトリーンはフリージの想像以上に高い身分に、彼が遠い存在に感じてしまったのだ。
二人の間に沈黙が落ちる。
どこからか、鳥の甲高い鳴き声と木々のしなる音が聞こえてきた。
「……カトリーンはさ、友人を選ぶときに、身分や肩書で選ぶ? それに、肩書で態度を使い分ける?」
「そんなことはしないわ」
カトリーンはふるふると首を左右に振る。
「じゃあ、俺達はこれからも何も変わらないよね? お互いに対等だ」
そう言うと、フリージはカトリーンの金色の髪を撫でる。
「何かモヤモヤしたときは言って。カトリーンの話は、なんでも聞きたい」
そして、手元のレースの袋から一粒、可愛らしい楕円形のものを取り出した。カトリーンはそれをじっと見つめる。淡い水色は、まるで宝石のようだ。
「それは何? 石?」
「違うよ。さっき言った通り、ショコラをシュガーコーティングしたお菓子」
カトリーンの口許にそのお菓子が寄せられ、そっと指先で押し込まれる。
舌の上に、つるんとしたものが乗せられる感触がした。
「甘い……」
「砂糖の塊だからね。美味しいだろ? さあ、機嫌が直ったところで、薬草を採りに行こうか?」
フリージはにこりと笑ってこちらに手を差し出す。その笑顔を見て、トクンと胸が跳ねるのを感じ、胸に手を当てる。愚かなことだと分かっていても、気持ちが動き出すのは止められなかった。
──ああ、私は随分と身分違いの人に恋をしてしまったようです。
ここは教会ではないけれど、心の中で神様に語りかける。
引き返そうにも、もう遅すぎる。
落ちてしまったものはどうしようもない。
せめて、この関係が崩れる日まで、このまま好きでいてもいいだろうか。
カトリーンは自分の手を引き前を歩き始めたフリージの後ろ姿を見つめながら、そんなことを思う。触れ合った手からじんわりと熱が広がる。
ようやく溶けたシュガーコーティングからショコラが染み出し、また違った甘さが口いっぱいに広がった。
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