第22話 疑惑 1

 その日、いつものようにパオロから諸外国の情勢や国境付近の報告を受けていたフリージは、思いがけない話に話を止めた。


「ワイバーンが?」

「はい」

「生きたまま?」

「左様です」


 訝しげに問いかけるフリージに、パオロはその通りだと頷いてみせる。

 パオロからの報告は、国境付近で押収された不法持ち込み品の中に生きたワイバーンが混じっていたというものだった。

 

「そんなものを勝手に持ち込んで、ワイバーンに乗るつもりだったのか?」

「わかりません。ただ、我が国の普通の者には乗れないのではないかと」

「それもそうだ。レオナルドはなんと?」

「密輸人に誰に引き渡すつもりだったのか、直接尋問したいと、今朝国境に向かわれました」

「そう」


 フリージは報告用紙の一枚を指先ではねる。

 ワイバーンはハイランダ帝国一帯ではとても希少な生物であり、その全てが皇帝に近しい者と軍の要職者の使い魔となっている。勝手に持ち込まれて現政権の反対派などに引き渡されては大問題だ。


「そういえば、カトリーンの──」


 カトリーンも勝手にワイバーンもどきを持ち込んでいたなと思い出す。ただ、彼女の場合は『使い魔』ではなくて『友人』といっていたので、野性のワイバーンが勝手に飛んできたとも言えなくはない。


「陛下にご報告は?」

「まだのはずです」

「俺からしておこう」


 フリージは残った報告書の内容をざっと聞くと、すぐに立ち上がってベルンハルトの元へと向かった。執務室では、ベルンハルトはちょうど執務の休憩中で楽な姿でソファーに寛ぎ、リリアナ妃と歓談していた。


 ベルンハルトの執務室のソファーはいつも側近四人が集まったときに使っており、大人の男五人が座ってもゆとりがあるサイズだが、今日もほぼ一人分の範囲しか使わずに仲睦まじい様子だ。


「どうした?」

「陛下にご報告したいことが」


 リリアナが席を外すべきかとフリージとベルンハルトの顔を見比べたので、フリージはそこにいて問題ないと伝える。


「国境付近で生きたワイバーンが押収されました。レオナルドが直接調査に向かっています」

「生きたワイバーンが?」


 ベルンハルトのくつろいでいた表情が一気に険しくなる。恐らく、フリージと同様に政権への反対勢力にそれらが渡るのを懸念しているのだろう。


「どれくらいの頭数だ?」

「報告書では二匹と。共に、まだ幼生のようで小さいとのことです」

「わかった。レオナルドが既に向かっているということは、明日にはきっと戻る。その報告を受けてからどのように対処する必要があるかを考えよう」

「かしこまりました」


 フリージが下がろうとしたとき、黙って聞いていたリリアナがフリージを呼び止めた。


「フリージ様。城下は今どんな様子かしら?」

「城下? 特にいつもと変わりはありませんが?」

「この前、久しぶりに城下に行ったでしょう? デニス様とルリエーヌ様の結婚式で。そのとき、違和感を覚えたのよ」

「違和感と言うと?」

「なんだか、極めて弱いのだけど魔力の働きを感じたというか……。もう一度、実際に行って確認できればいいのだけど──」


 そう言いかけたリリアナの言葉を遮るように、ベルンハルトが「ダメだ」と言う。


「城下では今、おかしな病が流行っているという。リリアナの身に何かあったらどうする?」

「陛下……」


 ベルンハルトを見上げたリリアナの薔薇色の頬に、ベルンハルトが指を添わせる。お互いに見つめ合ってこれから口づけでもするのではないかと思うくらいに顔が近づいた二人の横で、フリージは「ううんっ!」と咳払いした。


 はっとしたように二人の顔が離れる。

 っていうか、側近がいるんだからもっと自重しろと言いたい。言えないけど。


 しかしながら、最近はこの砂糖攻撃にもだいぶ慣れてきた。カトリーンと出会ってからあの笑顔に癒されているというのもあるかもしれない。

 それに、皇帝夫婦が仲睦まじいのはよいことだ。


「病といえば、宮廷薬師と宮廷医師の調査結果はまだ出ないのですか?」

「カールに先ほど聞いたんだが、まだ調査中だと」


 ベルンハルトはゆったりとソファーに背を預け、首を振った。


「そうですか……。実は、最近サジャール国からきた魔法薬を作るのが得意という子と懇意にしているのですが、彼女が言うには魔法薬の効き目も悪いと」

「魔法薬?」


 リリアナがパッと顔を上げてフリージを見つめる。


「この辺りに魔法薬を作れる薬師がいるの? それで、その薬師が魔法薬の効き目が悪いと?」

「はい。ただ、チティック薬局の薬は効くらしいと」

「それはおかしいわね……。チティック薬局も魔法薬を扱っているのかしら? 調合の腕が上ということ?」


 リリアナは眉を寄せて、考え込むように口許に手を当てる。


 その一言は、フリージにとって目から鱗だった。プルダ薬局ではカトリーンが魔法薬を作って販売している。同様に、他の薬局でも魔法薬を扱える人がいても不思議ではないのだ。


(明日、カトリーンのところに行って話してみるか)


 フリージはちょうどそのとき、リリアナに聞きたいことがあったことを思い出した。リリアナは魔法の国であるサジャール国から嫁いできたので、魔法やワイバーンなどに詳しい。


「そう言えば、リリアナ妃。一つお聞きしても?」

「もちろんよ。なに?」

「我々はワイバーンに乗る前に使い魔として使えるように訓練を受けました。そういうことなしで、ワイバーンに乗れるものなのでしょうか?」

「使い魔にしないでワイバーンに乗るということ? 難しいでしょうね。大空を高速で飛ぶから、最悪、振り落とされるわ」

「友達でも?」

「ワイバーンと友達? そんな話、聞いたことがないわ。幼いころからずっと一緒に育ったとかであれば絶対にないとは言い切れないけど……どうして?」

「……いえ、なんでもございません」 


 フリージは言い淀むと、一礼してその場を後にした。 


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