第19話 話を聞かせて 1
それは実に爽やかな朝の始まりだった。
窓から差し込む陽の光を浴びて目を覚ませば、白い壁には一筋の線が浮き上がっている。窓を開ければ少し涼しい朝の風がカトリーンの淡い金髪を揺らし、寄り添う小鳥が歌声を添える。
「今日はとってもいい日ね」
カトリーンは雲一つない冴えわたる青空を仰ぎ笑みを漏らす。絶好の結婚式日和だ。
急いで朝食の準備をして食事を済ませると、いそいそと出掛ける準備をする。
別に招待されたわけでもない野次馬なのだから着飾る必要なんてないのだけど、なんとなく持っている中では一番お気に入りのワンピースを着て、髪にはピンク色のリボンを飾る。鏡の中の自分を見つめて「なかなかいい感じ!」と自分で自分を褒めてから家を出た。
目的の大聖堂に到着すると、まだ早朝にもかかわらず既に多くの人達が集まって人だかりができていた。皇帝夫妻も参列する式とあって、数えきれないほどの警備の兵士が等間隔に並び、野次馬の統率をとっていた。
そんな中、カトリーンはきょろきょろと辺りを見渡す。
「カトリーン!」
呼び声が聞こえてそちらを見ると、こちらを向いて片手を上げて手招きするガリエットと目が合った。前に言っていたとおり、取材のためにまだ太陽も上がる前から張り込んでいたのだろう。
人波を掻き分けてガリエットの元まで行くと、そこからは大聖堂の入り口がよく見えた。真っ白の建物には大きな木製の扉が付いており、その上には丸いステンドグラスが嵌っている。朝日を浴びたステンドグラスはキラキラと輝いていた。
「これ以上は近づけないけれど、ここからだとよく見えるだろ?」
「本当ね。楽しみだわ」
カトリーンははしゃいだような声を上げる。
フリージを誘えなかったのは残念だけれど、今日見たことを今度話してあげよう。そんなことを思いながら大聖堂の入り口を見つめる。そのとき、カトリーンはとなりにいるガリエットを見上げて、その目元に少しくまができていることに気が付いた。
「ガリエット、寝不足?」
「ちょっとな」
「今日も早起きだったものね」とカトリーンは眉尻を下げる。「じゃあ明日の朝、疲れに効くお薬を用意しておくわ」
「ああ、助かる」
そんな話をしている間にも続々と精緻な装飾が施された馬車が大聖堂に横付けされ、着飾った人々が次々に大聖堂の中に入ってゆく。ただ、全員が後ろ姿で顔を見ることはできなかった。
「正面から見たいわ」
「終わったときは正面から見られるよ」
ガリエットは不貞腐れるカトリーンを見下ろして苦笑する。そのときだ。ざわっと辺りがさざめき、ひと際大きな歓声が起きた。
先ほどまでとは比べ物にならないほど立派な馬車が次々に停まり、中から人が出てくる。そこに現れた人物の異形さにカトリーンは驚いた。全身黒ずくめの鎧姿だったのだ。肩に羽織った真紅のマントが風にはためいている。噂で『黒鋼の死神』との二つ名は知っていたし、姿絵で見たこともあるけれど、本当にその通りの姿だなんて!
「皇帝陛下だよ。今出てきたのがリリアナ妃」
黒い鎧姿の男が手を差し出すと、そこにほっそりとした白い手が重ねられる。輝くシルバーブロンドの髪をハーフアップに結った、艶やかな水色のドレス姿の女性の後ろ姿が見えた。
「それで、あの近くにいる三人が四天王のうち、デニス様を除いた人達」
ガリエットに耳打ちされ、カトリーンは目を凝らす。さすが記者を兼任しているだけあって、詳しい。
確かにそこには三人の男性がいたが、遠目な上に全員が後ろ姿なので顔は見えなかった。
じっと見ていると、一人だけ、一番背の高い式典用軍服姿の男性が周囲の警備を確認するように振り返った。見えたのは高い鼻梁と鋭い目つきの凛々しい男性だ。
「あれが? 想像よりもずっと若いわ」
カトリーンには二十代、どんなに上に見ても三十歳前に見えた。
「全員二十代半ばだよ。皇帝陛下もまだ二十三歳だし」
「へえ」
皇帝陛下が若いことは知っていたけれど、てっきり側近はもっと歳のいった人達なのだと思っていた。残る二人のうち一人は女性をエスコートしている。
「あの女性は?」
「サジャール国から来た、皇后陛下の筆頭侍女だよ。四天王の一人のカール様と今度結婚するらしいよ」
「ふうん」
カトリーンは大聖堂の中に消えてゆく後ろ姿を眺めながら相槌を打つ。同郷のサジャール国から来たとはいえ、皇后陛下の筆頭侍女ともなれば名門貴族の娘のはずだ。カトリーンには雲の上の存在で、当然知らない人だった。
三〇分近く待っただろうか。ようやく大聖堂の扉が開け放たれたとき、中から藍色に金の刺繍が施された豪華な礼服の男性と純白の花嫁衣装を着込んだ女性が現れた。二人はお互いに見つめ合うと輝かんばかりの笑顔でこちらに手を振る。
その場にいた全員が「わあっ」っと歓声を上げる。
辺りに花吹雪が散り、水色の空からピンク色の雪が舞うかのように見えた。
「……すごく素敵ね」
「カトリーンもこういうの憧れる?」
「それはそうよ。いつか私もあんな風に祝福されたいな」
カトリーンは胸の前で指を交差させるように手を組み、うっとりとその様子を見つめる。
元来夢見がちなカトリーンはこういう場面に憧れが強い。いつか大好きな人とみんなに祝福されながらこんなに素敵な結婚式を挙げられたなら、どんなに素敵だろう。
「あー。そうか。あのっ、まあここまで盛大なのは無理だけど、もうちょっとこじんまりとした──」
耳の後ろに手を当てたガリエットがもごもごと何かを喋り始めたとき、再び辺りに「わあっ」と歓声が起きる。先ほどの黒色の鎧姿の男性が大聖堂から出てきたのだ。
「あっ。皇帝陛下も出てきた」
そう言うとあっという間に仕事モードに入ったガリエットはそちらに集中する。釣られるようにそちらに視線を移したカトリーンは、そのすぐ近くにいた別の人物に目を奪われた。
「フリージさん?」
皇帝陛下のすぐ斜め後ろには、深緑色に銀糸で刺繡の施された鮮やかな衣装を身に纏った、フリージがいた。
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